第19話
(その19)
ミライの手が力強くリング状のものを締める。それでカチリ音がした。
「ベルドルン殿、これでいかがでしょうか?」
足の失われた部分から新しい足が見える。それは老貴人の動きに合わせて寸分の狂いもなく動いていく。老貴人は膝を曲げたりしながら新しい自分の足の感触を楽しんでいるように見える。その表情はどこか柔和で口元に微笑が浮かぶ。
「これほどのものとはな・・」
言ってからミライを振り返る。
「感嘆すべきというか。自分の足とは思えないほどの力があるようだ。魔導士・・そう言われるのも分かる」
老貴人は細い眼差しで息子を見る。それに合わせるように息子が手にしている剣を鞘ごと父に投げる。それを音もなく手に取ると、剣をゆっくりと抜いてゆく。
鞘は黒く細い。柄は鍔から伸びた曲線があり、何処か刀身自体が優雅に見えた。しかし鞘から伸びたその剣先は細く、錐のように先が細くなっている。
(見たことが無い直刀だ)
ミライは若者の長剣を思い出す。若者の長剣はどこかゆっくりとした弧を描いていた。それはシルファで儀式用の使われる長剣に似ていたが父親の剣は一切の弧が無く、その剣の目的は一撃で相手を突き殺すことであろう。
――派手な剣技ではない。一撃で敵を鋭く突き殺す、まるで蠍が尾を突きさすような一撃こそが相手に死を与える
(まさにその通りだ)
ミライは先の細くなった長剣の切っ先を天に向けてゆっくりと構える老貴人を見つめる。ミライの目線が剣先に向けられるのを感じて老貴人が言う。
「この剣は、レイピアという。息子の剣は弧を描くことでその間合いを図り攻撃することに適しているが、あいにく年老いた者にはそのような体力はない。故に・・」
いうや、空を裂くように跳ね上がる。
――それは今まで自分が居た場所の影さへも取り残して!!
(・・!!)
ミライは驚愕した。
老貴人が着地した、そう思った時には剣は既に鞘に収められていた。
それは瞬時であった。
(年老いた者だって・・)
その動きは俊敏さに溢れ、猛々しい猛禽類が獲物を襲う動きであった。
(この速さで在れば・・相手は自分が死を受けたことさえ分からぬのでは・・?)
ミライは唾を呑み込んだ。
老貴人は新しい足に触りながら言う。
「この新しい足は今までにない新しい力を授けてくれたようだ。まさに魔導士ともいえるな、貴殿は」
鞘に納めたレイピアを老貴人はミライに渡す。それを受け取ったミライは再び驚愕する。
(・・!!これは!!)
ずしりとした重さが腕に伝わる。外見だけ見れば細くて軽い剣かと思ったが、そんなことは無い。
(まるで一つの槍のような重さだ)
それをこうも易々と使いこなすその技量。
――いや、それほどの鍛錬を忘れないその源とは
ミライは老貴人を見る。その顔は細く引き締まり、眼差しは武人そのものだった。
年老いて尚、これほどの鍛錬を積む一人の老武人。
同じようなもう一人の老武人、ローの顔が浮かんだ。あの老人はミライの前で銃を構えて言ったのだ。
――過去よ、儂と彼奴(きゃつ)との過去を撃ち抜かねば決着はつかぬのよ
その思いの炎が老武人の心を滾らせ、肉体を燃え上がらせている。
太陽の下で竜と戦った若きあの日々のように。
この武人もそうであろうか?
ミライは初めて出会った時をこの老貴人は口に出した言葉を思い出した。
そう、
――「決着」
ミライは手にした重さが増していくの感じた。
(この重さは、いったい何だろう)
ミライは異なる二人の老武人の心の内を思った。
(そうか・・)
ミライは思った。
(この重さは、人生に対する自分が果たすべき思いへの熱量なのかもしれない)
見えぬ炎がミライの手から心に伝わって来る。
直線的に伸びて来る炎、それは老武人の心の葛藤なのか、澄んだ燃え上がる火の粉が舞い上がる。
今まさに老武人の思いがミライの手の中で燃え上がろうとしていた。
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