第14話
(その14)
眼光の鋭さがミライの眼を捉える。ランプの明かりが揺らぐ鋭さを逃さない。それは真っ直ぐにミライの心を捉えている。
若者と似た一重の切れ長の瞼に移ろいゆく儚さを見て来た年老いた者の責任が浮かんでいるようにミライには思えた。
その責任とは何か?
ミライはその問いを言葉にして聞いてみたいと思ったが、それを打ち消すように老貴人が話し出した。
「貴殿が、アイマールの具師、ミライ殿か・・・・」
ミライの名を口に出した後、暫く長い嘆息があった。
その嘆息に深い感慨深さがあった。それは待ち望んでいた希望に対する感情か、それともこれから老貴人が背負わなければならない
(足は左が不自由のようだ)
ミライは眼を動かす。
(ローと同じだ)
脇に抱えられた杖を見る。その杖は木でできていたが、長年使用していた為か至る箇所に傷があった。
若者が父とミライとの間に立つ。ミライが見つめる二人の相貌は年齢の違いこそあるがよく似てる。それで親子であるというのは誰でもわかるだろう。
切れ長の美しい睫毛が揺れて父に言う。
「父上、こちらが具師ミライ殿です。ご命令通り御連れ致しました」
それに応えるように軽く顎を引く。ミライが言った。
「アイマールの具師トネリの孫、ミライ。ご子息の依頼を受け、ここに訪問致しました。夜分の訪問となりましたこと、心よりお詫びします」
ミライの丁寧な挨拶に老貴人の瞼の端に微笑が浮かぶ。
「アイマールは山岳の王国と聞く。さぞ山野を行く武骨なものばかりであろうかと思ったが、貴殿の慇懃な挨拶をお受けいたし、私は非常に光栄だ」
若者と寸分変わらないミライへの敬意を含んだ返事だった。
ミライは若者を見た。
若者が頷く。
おそらく今からミライが話すことについて同意したのだろう。
若者も知らないのだ、父の願いのその先を。だからミライが代わりに問いかけることになることは当然ともいえば当然だった。
具師の定めだ、その目的を聞かなければ真にその人物の人生を達成できる装具などできないからだ。
そんなことは互いに話したわけではないが、この瞬間、それが何故か互いに分かった。
「伺いますが、左足がもし以前よりも機能が戻れば何をなされるおつもりでしょうか?」
老貴人の瞼が薄く閉じられる。それは何を探しているのだろう。
ミライに対する答えだろうか?
それとも何か異なるものへの言葉だろうか?
老貴人の口元がゆっくりと動き出す。
「決着」
一言、そう呟いた。
ミライの目が揺れ動く。
――それはどこかで誰かが囁いた言葉。
その言葉の余韻に引きずられるようにミライと微動だにしない若者の心が・・何かを探り寄せようとしている。
(その言葉の響き・・)
ミライはローが発した言葉を思い出した。生き続ける意味を探し続ける年老いた者が発するその言葉の意味をミライは本当に理解していただろうか?
迷い事、戯言として自分は余計なことを考えていなかっただろうか。自責する問いが若者へ自分を振り返させた。
見れば若者はミライ以上の衝撃を受けたようだ。
恐れおののく様に肩を震わせて、面前の父親を顧みる。
その目の底に憤怒の炎を
「父上・・」
若者は父の言葉に衝撃を受けているようだった。
「それは真でしょうか?」
息子の問いに父はどこか嘲るような眼差しを向ける。
――お前ごときが何を言うのか?
眼差しに若者の心を凍らすほどの時間と噴霧が波のように押し寄せている。
「もし父上が・・今おっしゃったことがわたくしの幼き頃より知り得る・・・あの事であれば・・・・わたくしはミライ殿に礼を失したことになります!!」
「ベルドル!!」
激しい叱責が飛ぶ。老貴人の眼は燃えるように炎が舞いあがる。その炎の中にミライは飛び上がる獣を見た。それは誇りある神々しいまでの翼を得た獣。
対峙した二人の眼差しが互いの誇りの炎を焚きつけている。
ミライは互いの動かぬ眼差しに手を添えた。
――それはただ一言。
「何事であれ、私は仕事をするだけです」
その言葉に対峙する二つの炎が揺れた。
「ミライ殿・・」
若者が言葉を発した。年老いた父を思う優しさにやりきれないもどかしさが浮かんでは消えていく、それは温かい心の籠った問いかけだった。
その若者の言葉に背を向けるように老貴人が歩き出す。
ミライは顔を向けると老貴人の背に向かって言った。
「失礼ですが、ご尊名を伺っても?」
老貴人が振り返り、一瞬だがミライから視線を外すと再びミライを見つめ、誇りと威厳を兼ね備えた口調で言った。
「我が名はベルドルン。また明日にでもお会いしよう、アイマールの具師殿。今宵は小さい我が館だがゆっくり休まれよ」
やがてコツコツと小さな音を立てて老貴人の背は消えて行った。
ベルドルン、あの暴れ竜と同じ名か・・・
ミライは振り返った間際の老貴人の視線を追わなかった。それがどこを見る為に動いたかを図り知るにはあまりにも簡単すぎたからだ。
それを追えば自分が謎に深入りすることになるだろうと瞬時に思ったのだ。
――そう、老貴人が動かした視線はあの肖像画だったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます