第13話
(その13)
静かな館だ。
ミライはそう思った。
何一つ、物音が立たない。
(誰もいないのだろうか?)
ミライは大きな広間に一人でいる。薄く灯った灯がガラス向こうに見える。
(ランプ・・というものだな)
それが間隔を置いて広間の壁一周に置かれて室内を照らしている。
(これはシルファでも最近使われはじめた油を灯すものだったな、それが無数ともいえるほど使われている)
アイマールでは明かりは油でガラスには灯さない。蝋燭を使い、それをガラスの中に入れ夜の明かりにしている。ガラスというが、これはアイマールでは作れない。シルファで作られたのを買うだけだ。それがこの広間には無数とも言えるほどある。アイマールとは格段に文明で差があるように感じた。
広間を見渡せば明かりに輝く調度品が見える。
近づいてそれらを見る。白い光沢を見てミライは思った。
(これはもしや白磁というものではないか・・?)
ミライは初めて白磁の工芸品や調度品を見た。
広間をもう一度大きく見回した。
ランプの輝きで白い光沢のある輝きが放たれる。
それらで飾られた広間は、シルファの貴族でも持たぬであろう素晴らしいものだった。
(凄いな、文明の度合いが違う。恐らくシルファを凌いでいるのではないか?)
そう思いながら、ミライはじっとランプの明かりを見詰めた。
――着きました、ミライ殿。
若者の声で地面に足を着けると、自分を背負って飛んでいた存在が消えた。
「瞼を開けても?」
ミライの言葉に若者が「どうぞ」と頷いた。
それで瞼を開けた。
視線の先に月が見え、次に門が見えた。
ミライは月夜に照らされた門の前に居た。目を凝らして門を見れば、それはアーチ形をしている。
「ミライ殿、こちらへ」
若者の声に顔を上げると背の荷物を整えながら杖を突いた。
門を潜ると石畳の道が続いた。馬車が一台程通れそうな幅の道が門から館の入り口まで続いていて、ミライは杖を突きながらその後を歩く。
やがて館の扉が見え、若者に続いて館に入った。
そして今この広間に居る。
(天井は明かりが届かぬほど広いな・・)
ミライは天井を見上げて明かりが届かぬ暗闇に目を凝らす。
(館とはいえ、十分な小城のような機能があるのではないか?)
ミライはゆっくりと視線を動かす。
その時、視線の先に何か明かり揺れて見えるものがあった。
(あれは・・?)
ミライは杖を突きながらその場所に歩く。
それは壁に掛かっている肖像画だった。
「これは・・・・」
ミライは思わず声を出した。
心に衝撃が走る。
(成程な・・)
ミライが声を呑み込んだ時、若者の声が聞こえた。
「母上です、ミライ殿。わたくしの」
その声にミライが振り返る。
若者が奥の通路からこちらに歩いてくるのが見えたが直ぐに視線を肖像画に戻した。ミライは肖像画に目を遣りながら若者が側に来るまで無言でいた。
心が肖像画を見た動揺で揺れているのを若者に知られたくなかったのかもしれない。
それ程、この肖像画はシリィに似ていた。
若者がミライの横に立つと視線を肖像画に向けた。
「似ているでしょう?ミライ殿。あのご婦人に・・」
ミライは無言で何も言わなかった。それが若者への答えとしては十分だと理解していた。
暫く二人を沈黙が覆う。
すると
コツ・・
コツ・・・・
と遠くでこちらへ向かってくる音がした。
その音にミライが振り返る。
「あれは・・?」
若者が首を縦に軽く振る。
「ええ、ミライ殿。父でございます。父がミライ殿へご挨拶に伺いたいと・・」
コツ・・
コツ・・・
段々とその音が広間で響いて大きくなり、やがて広間を照らすランプの明かりの中にその姿が現れた。
ミライはランプの揺れる明かりの中でその姿を凝視した。
それは脇に杖を抱えて歩く、鋭い眼光の老貴人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます