第12話
(その12)
月が輝く夜の草原で夜風に吹かれて草が靡いている。
その場所にミライは立ちながら、瞼を閉じた。
――ミライ殿、瞼を閉じて
若者はそう言って、暗闇に消えた。
若者が迎えではなかったのか?
疑念が浮かんだが、ミライは瞼を閉じた。
(ここでの思料は無用だ)
ミライは大きく息を吸った。
瞼を閉じれば鼓膜に響く音だけがこの世界の動きを伝えてくれる。風の靡く音、その中に誰かの悲しみが混じっていればそれが誰かの心に何かを届けるかもしれない。
夜風を思う気持ちの中で鼓膜が世界の変化を伝える。
ミライへ向かって何か風を切り裂くような音がすると、ゆっくりとミライの身体が浮いて行く。
おっ・・
小さな驚きで思わず声が出る。
それはふわりとミライの身体を持ち上げて行く。
「これは・・?」
心の動きに合わせて声が漏れた。
「ミライ殿、驚かして申し訳ありません」
若者の声が側でする。
「今、ミライ殿の身体を我が国へ運んでおります」
「運んでいる??」
予想もしない若者の声に顔を向ける。
「はい、いまミライ殿は空を飛ぶ獣に跨っております。どうか馬に乗るように股を積空強く締めてください。でなければ落ちますので」
「空飛ぶ獣だって?」
ミライはますます混乱した。
空飛ぶ獣と言えば、鳥以外に知らぬ。だが今は自分を運んでいるの。もしそれが事実なら巨大な鳥獣と言える。
ミライは股に力を入れて締める。それだけでなく手をゆっくりと下ろした。するとそこに羽毛があった。それを掴む。
その動作を見ているのか、若者が「そこを手綱に」と言った。
(確かにこれは鳥獣だ・・)
もしかしたらシルファであればその類が分かる諸本もあるだろうが、しかしこれはあまりにも尋常ではない体験だと言えた。
ミライの知識では人間を運ぶような巨大な空飛ぶ鳥獣については何も知識がない。
唯一、巨大な鳥としての知識があるとすれば、それはコカトリスという害鳥だけだ。これは鶏の姿をして、普段は山野の奥に棲む。
ただ時折、人里に降りて来ては畑類を荒らす。この害鳥はあまりに大きく老練な兵士ならともかくとして、普通の者には手が出せない。
その為、コカトリスが現れるときは駆除するために王国で軍を編成して、討伐に当たる。
ただこのコカトリスには眼に相手の神経を麻痺させる力があり、睨まれた相手は麻痺を起こすが、場合によっては皮膚を石化させ、その部分の機能を一生失わせる。
それも今握っている羽毛に似ていることもない。
思わず、苦笑いをした。
ミライの表情を見ているのか、夜風に乗って若者の声がした。
「ミライ殿、何かありましたか?」
若者の声にふふと笑う。
「いや、、なに、ベルドル殿。心配はご無用です。空飛ぶ鳥獣は何だろうと思って或る害鳥を思い出したのです」
「害鳥ですか?それは一体?」
「コカトリスという山野の奥に棲む害鳥です」
「コカトリスですか?」
若者が笑った。
「知っておられますか?」
「ええ、勿論。我が国でも時折、現れます。あの害鳥の眼は厄介です。睨んだ相手の神経を麻痺させ、酷い場合は麻痺した箇所が石化します」
ミライは頷いた。
「そのコカトリスと?」
「そうです?いえ、もしそれならば怖いものだと」
言ってからミライは笑った。その笑い声を追うように若者の笑い声が混じる。
「成程、もしコカトリスの背に乗っていれば恐ろしいことです」
若者の言葉が夜風に乗って届く。
その風が少し斜めに切り裂かれていくように感じ始めた。
「ミライ殿、今降下しています。我が王国に入りました。もうすぐ館に着きます」
ミライは瞼を閉じて耳で何かを聞こうと集中した。
風の中に何かが聞こえぬか?
ミライの耳に中で鼓膜が震えて、何かを聞いた気がした。それはとても巨大な翼が震えるような音だった。
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