第9話
(その9)
「昨晩誰か来訪者が居たのか?納屋が騒々しかったようだが?」
ミライは老人の問いに僅かに手を止めたが、「いや…別に」と言って直ぐに仕事に向き直り装具の装着部分を大きなハサミみたいなものでネジ頭を締めてた。それがぱちりと音を立てた時、「出来た」と言って装具を高々と掲げた。
老人はそれ以上何も言わず、出来上がったもの見た。
それは傍から見れば人間の足と言えるものだ。
ミライは立ち上がりそれに軽く体重をかける。
負荷としてかかる体重に応じるようにそれは大きくくの字に曲がる、つまり膝の機能をミライは確かめているのだ。
それはある一定の所までくの字に曲がると今度は弾けるようにもとに戻ろうとミライを押し上げる。
「どうじゃ。儂の膝は?まだまだ丈夫なもんだろう?」
それににこりと笑うと装具を持ってローの所で跪いて左太腿の付け根の所にある強大なネジにゆっくりとそれを装着させ、先程使用した大きなハサミでぎゅぎゅと締めて行く。
「おいおい、ちょっときつく締めすぎじゃないか?」
ローが慌てふためくように言う。
「なぁに・・これぐらい締めないと年のせいで腿の筋肉が落ちてるんだ。するりとずれちまう」
ミライの声にローがほう?と言う。
「儂の筋肉が落ちているだと?」
「そうさ、畑仕事ばかりで山野の獣を追っていないんじゃないか?大分痩せちまってる」
言ってぴしゃりと音を立てて腿を叩く。それにおう!と叫んでローがゆっくりと立ち上がる。
立ち上がると装着した装具の感触を確かめるように膝を屈伸させたり、股を広げたりして補装具の機能を確認して、やがて満足そうにミライを見て頷く。
「中々、大したもんだ。爺さんにも負けぬ劣らぬ腕になったな」
ローの声にミライが頬に陰を浮かべた微笑で答える。
(今祖父の死のことを言うべきか・・)
ミライがそう思っていると、ローは歩き出して暖炉の側に立てかけてある銃を手に取り、それを窓へ向けた。
それからいきなり、
「ばぁん!!」
大きな声で引き金を引く。勿論、そこに弾倉は無い。
大声で言ってからミライを見てにやりと笑う。
「山野の獣を追っていないから身体がなまってるだと?」
銃身を立てに構えてミライに向き直る。
「阿保か、見てみろ。儂の身体の筋肉など落ちてはおらんわい。それより以前よりも一層肉付きは良くなっとるわ!!」
先程、腿を叩いた時それはミライには良く分かった。掌に弾けるような筋肉の弾力は以前より強さを増している。
――祖父はあの暴れ竜と戦うつもりなのよ
シリィの声が心の鼓膜に響いた。
今、彼女はアイマールの城下へ出かけている、夕暮れには戻って来る。
それまで家の留守と合わせてローの装具の修理をしていたのだ。
「なぁ・・ロー・・」
そう言いかけると老人は暖炉の下を潜り、その中から何か袋に包んだ大きなものを出した。それは数本の麻紐で巻かれていたが、それをほどくと中からいくつかに分解された銃・・が出て来た。
(これは獣を撃つような銃じゃない・・むしろ砲だ・・)
異常なまでに巨大な大きな砲身。
ミライが見てもそれは山野の獣を撃つようなものではなかった。
それはそれ以上の巨大な何かを確実に撃つための物だった。
老人はそれを手際よく組み立てて行く。
それが組み立てられていく程にミライにはそれがはっきりとしたある目的の物であることは分かった。
老人の身長を遥かに超える長さの砲身。
磨かれた分厚い鉄の輝き。
その中で爆発する火薬と放たれる砲とその煙を想像すれば、砲弾が届く距離で仕留める巨大な獲物となれば、それは・・
――暴れ竜
「ロー・・」
ミライは手慣れた手つきで巨大な銃を完成させて撃鉄を引き下ろそうとする老人に声をかける。
「そいつは‥一体」
「撃つのさ・・」
「撃つ?」
老人のはっきりとした鋼のような声に疑問を投げつける。
「何を?」
その問いに沈黙があった。
老人は片膝をついて、息を細く吐く。
しかし次の瞬間、
「どばぁん!!」
鼓膜を震わす大きな声が部屋中に響く。老人の眼差しは細く鋭く窓から見える何かを見ている。
――それは何か?
「ロー・・あんた・・」
ミライの声に老人は誇らしげに、しかし断定的な響き言った。
「ミライよ。儂はな、決着をつけねばならぬ」
シリィの言葉にミライが揺れて言った。
「ロー、それは一体、誰と・・?」
老人の構える砲身は微動だにしない。
「誰か?とかではない」
ミライは思いがけない老人の言葉に顔を上げた。
――強大な砲で撃つ、それはその標的ともいえる存在が居るのではないのか?
老人はじっと砲身を構えたまま動かなかった。
唯、唇だけが動いた。
「過去よ、儂と
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