第4話
(その4)
月が輝く夜になった。
ミライは母屋を後にして、自分の寝床になる納屋へと戻った。月明かりは部屋の窓から降り注ぎ、特に油で灯を灯す必要がないくらいだった。
ローは上機嫌だった。戦いの話になると自分が足を撃ち落とした瞬間の話を何度も繰りし、その度に「仕損じた」とミライに言った。
ミライが知っているローの竜の撃墜の話はこうだった。
――砲撃手として与えられた弾丸は三発。
それを迫りくる竜へ向けて順に放ったが、二発は当たらず、ついに最後の一発になった。
そこでローは誰も寄せず、一人断崖の端まで行くと竜に向かって何かを叫んだ。
その叫んだ内容については誰も知らず、またローも戦後そのことについては誰にも語っていない。
今もそれは彼のみが知り得ることになっている。
竜はローの叫ぶ内容に気が付いたのか空で急旋回するとローの面前へと勢いよく迫って行った。
迫り来る竜に恐れることなく、面前迄引き寄せてローが弾丸を放つ。
激しい轟音と共に放たれた最後の弾丸は竜の左足を直撃し、バランスを失った竜は空を折れるような飛行を続け、やがて山の向うへと姿を消した。
ローの顔面はその時浴びた竜の血で朱に染まり、その場で大の字で倒れると、空を見て唯々周囲を憚らず大声で泣いた。
ミライは自分の寝床を整え、寝床に入ろうとした。その時、月明かりに揺れるような音を聞いた。
それは小さな音だった。音はやがて声になった。
「ミライ・・まだ起きてる?」
シリィだった。
壁に立てかけた杖を手に取ると声に向かって言った。
「まだ起きてるよ。シリィ」
ミライの声で扉が開き、月明かりを背にした影が動いてくる。
その顔はやがて部屋に注ぐ月明かりに照らし出され、厳しい労働に耐える乙女の顔ではなく、月の女神に愛される娘の顔をしていた。
彼女は静かにミライの側に腰を掛けた。
「シリィ?どうした」
月明かりに輝くミライの黒い瞳とシリィの茶色の瞳。それが月夜の静かな揺れ動く時間を見つめている。
「ミライ・・、やっぱり私、祖父の事が心配なのよ」
不安に震える彼女の声が月明かりを揺らす。
ミライはローが何度も言った言葉を思い出す。
―― 仕損じた、仕損じた・・
何度も何度もローは拳を握りしめ、吐き出すように言った。
暴れ竜はあれ以来シルファへの荷駄の一行を邪魔することは無かった。確かに仕留め損ねたことは当人にとっては大事なことかもしれないが、王国全体から見れば大きな成果であると言えた。
それを年老いた戦士が酒の席で呟くことは過ぎ去った若い時代の輝きへの恨みであり、また嫉妬でもあるのだとミライは思うだけで、ここに来る途中でシリィが言ったほどの心配事ではないと思った。
むしろシリィの考えすぎではないのかと思ったぐらいだった。
「考えすぎじゃない、シリィ」
しかし娘は首を振った。
「ミライ、実はね・・祖父は今新しい銃を作っているのよ。それは森に棲む動物達を追い払うための猟銃じゃない。あの大きな銃の口径は・・竜を仕留める為の銃よ、それだけじゃなくて・・沢山の火薬を皮袋に詰めているの。きっといつか私を残して・・竜を探しに行くつもりよ」
震える声は、悲しみの為か、それとも老人の気狂いに恐怖している為か。
ミライは首を振る。
彼女は優しい娘だ。きっと年老いた老人を思って優しさの為に老人に厳しいことが言えない自分を責めて震えているのだ。
そっと震える肩に手を置くと、彼女に言った。
「分かった。明日、僕が装具を修理する時にローに聞いてみよう。もしかしたら君の心配するような竜を仕留める為かもしれない。だけどそれは考えすぎで森を荒らす大きな獣を撃つためのもかもしれないしね」
月明かりに照らしされた彼女が小さく頷く。
——その時だった。
僅かな誰かが近く小さな音が外でした。
月明かりが見知らぬ音を照らし出し、それがミライの耳に届いた。
それはゆっくりと月明かりを消さぬように慎重な静かな音だった。
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