第3話

(その3)


 「ミライ!!来たか」

 

 ドアを開けて木杖を壁に立てかけて荷物を板床に下ろすとミライの背に向けて老人の太い声が飛んできた。

 振り返ると納戸の入り口に立つ影が見える。

 背に沈む行く夕陽を背負って立つ影が、ゆっくりとミライのほうへ歩き出す。板張りの床をコツコツと音が鳴り、やがてミライの側まで来ると止まり、彼の黒い瞳を見上げた。

「待ちかねたぞ。ミライ、手紙を呼び鳥に渡して三日かかった」

 それからミライの手を取って握手した。

 髪は短く刈られ、張り出した顎に沿って白髪交じりの髭が伸びている。眼光は鋭いが目じりは下がり、それがシリィと似た茶色の瞳で優しくミライを見ている。

「すまない、ロー。少し準備がかかって出発が遅れたんだ」

 ミライは老人をローと呼んだ。言って、頭を下げた。

「まぁいいさ。それよりもお前のとこの爺さんはどうだ?」

 ミライは首を横に振った。

 それで何かを察したのか、ローは何も言わず唯黙って頷いた。

「互いに寄るべき年波には勝てぬな」

 髭を撫でて、寂しそうに笑う。それからコツコツと部屋の中を歩き出して入り口の側に立ち沈みゆく夕陽を見つめる。

「昔、あの暴れ竜と戦ったころは互いに若かった。元々身体に不自由があった儂が軍に参加できたのもお前のとこの爺さんがこしらえてくれたこの装具があったからだ」

 そう言って、ズボンの下に隠れている左太ももから足元を支える物を触った。

「この装具は、竜を射抜くほどの火薬砲の振動にも耐え得るほどの素晴らしいものだ。儂はいつも思う、お前のとこの爺さんは素晴らしい具師だと」

 ミライは沈む夕陽に照らし出されて語る老人の姿に自分の祖父の姿を重ねた。実はローには言っていないが、出発が遅れたのは補装具の為の道具の準備に手間取ったのではなかった。祖父の葬儀と埋葬の為に遅れたのだ。このことをミライはまだ誰にも話していない。全てはローの仕事が終わり次第、まずはこの老人に話してからにしようと決めていた


 ――ローと亡くなった祖父は無二の親友だ。

 

 祖父からの遺言でもあった。


 ――自分の死はローに伝えた後に、全てを他の人々に伝えて欲しいと。


 ミライは脱いだフードのポケットから錆びた鏃を取り出した。

「ロー」と、名を呼んでから、振り返る老人に向かって鏃を投げた。腕を動かしてしっかりと取ると老人がそれを見る。

「何だ?鏃ではないか」

「ここに来るまでの荒れ道で見つけたんだ。恐らく先の竜との戦いの物だと思う」

 聞きながら目を細めて錆びを手で取ると、夕陽に照らしだした。

 錆びが剥げ、夕陽に輝く。


 懐かし気に見つめる老人の眼差しに何が去来するのか?


「ロー」

 ミライの声に老人が振り返る。

「今夜はその鏃を肴にして英雄ローの暴れ竜退治の話を聞かせてくれ」

 老人はそれに応えるよう頷いてミライに微笑むと、夕暮れに沈む世界へとコツコツと音を立てて歩き出して行った

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