第10話

 そんな私の悩みを吹き飛ばしてその世界に飛び込むきっかけとなった出来事が起こった。


 母が怪我をしてしまったのだ。家の階段を踏み外し、咄嗟に体を庇おうと手をついたときに手首を骨折した。さらに臀部の打撲も影響して、歩くことも困難な状況になってしまい、ほぼ毎日出勤している近所のお菓子工場のパートに行けなくなってしまったのだ。母のパートの収入は家計に大きな影響を与える程大切なものだった。その収入源が絶たれるとなると、私が今よりもしっかり働かないと私たち母娘だけではなく、一家ごと潰れてしまう。決めるなら今だと思った。今こそあの高収入の仕事に就かなければ未来どころか明日さえ見えない人生になってしまう。

 

 「母さん、私今よりも稼げる仕事に就こうと思うんだ」

 

 目星をつけていた求人のことを話すと、母は露骨に顔を歪めた。


 母も私と同じように夜の仕事に良いイメージを持っていなかったのだろう。私にも母にも夜の世界は縁遠いもので、怪しげな印象を与える存在だった。それを分かった上で私は現状や昼間の仕事の収入だけでは自立できないという事情をしっかりと話した。


 話した理由は働くことを許してもらうためではない。これは自力で生きていくのだという私の覚悟を親に見せるためのパフォーマンスだった。ピンチをチャンスに変えて、私はこの苦境を誰にも迷惑をかけることなく乗り越えたいと思っていた。


 

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