第9話

 夜の店で働くことを躊躇したのは経験がなかったからではない。夜の仕事というものに対して自分の中に偏見があったからだ。


 その世界で働く人々は他人に言えない重たい何かを抱えていて、そんな人たちを雇う側も当然訳アリで、裏社会と通じたりしていそうな怖いイメージがあった。訳アリなところなら今の私にもたくさんあるが、夜の仕事は『最終地点』、つまり訳アリな人々が集う最期の拠り所だと思っていたのだ。


 そこに行くのはまだ早いのではないか・・・、という思いが私の行動にブレーキをかけていた。そしてもう一つ私は気にかけていたことがあった。それは成長していつか母娘の過去をいろいろ知る日が来るであろう桃香が、過去に母親が水商売をしていたということを知った時、どう思うかというところだった。


 生きていくためとはいえ、他の選択肢はなかったのかと責められ、馬鹿にされはしないだろうかと悩んだ。女同士だからこそ、見る目が厳しくなることがある。それは母娘の間でもありえることだと思うのだ。私自身も過去の自分の行いを悔いる日が来るかもしれない。


 今のことだけを考えて生きるか、先を見据えて慎重でいるか、悩みばかりが積み重なる毎日に辟易していた。

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