僕だけのあの子

平中なごん

一 河垂かすみという人間

「君と話すのはやはりおもしろいね。また、明日会えたら話の続きをしようじゃないか――」


 それが、あの子と交わした最後の言葉だった……。




 僕には好きな子…いや、恋愛感情があったかどうかはわからないが、とにかく気になる女の子がいた。


 彼女の名は河垂かわたれかすみ。クラスメイトでとなりの席に座っていた・・・・・子だ。


 僕のような凡人が席を同じくするなどおこがましいくらいの超絶美少女であり、加えて学業優秀・スポーツ万能の、まさに非の打ちどころのない優等生だった。


 だが、それ故に近づきがたいオーラを纏っているとでもいおうか、分不相応な男子はもちろん、クラスの女子達もあまり親しくは交わろうとしない、どこか浮いたところのある生徒でもあった。


 というより、アイドルやタピオカ、どうやれば自撮りで盛れるか? などという話題ばかりの他の女子達では、あの子の知性と対等に付き合うことができなかったのかもしれない。


 まあ、知性に関しては僕も他人のこと言えないが、そんな中、どういうわけか僕は彼女に気に入られ、なんの因果か親しい友人となった。


 いや、僕だって当初は口を利くどころか、その整い過ぎている美しい顔を直視することすらできなかった。


 きっかけは今年の春先、教室に忘れ物をしたことに気づき、放課後取りに戻った時のことだ――。




「――か、河垂! ……さん? ……そ、そんなとこで何してんの?」


 僕がなんの気なしに三階にある教室へ入ると、他には誰もいない夕闇の中、あの子は開け放った窓の縁へ横座りに腰を下ろし、暖かな春の夕風に吹かれながら、オレンジ色に染まるグランドの景色をじっと見下していた。


 スカートから覗く〝絶対領域〟も惜しげもなく披露し、超絶美少女が窓枠に独り腰掛けている……なんとも絵になるその光景に、思わず僕は率直な疑問を口にしてしまったのであるが……。


「ん? ……ああなに、ちょっと思索をしていたのさ。こうして高い所で考え事をするのが好きなんでね」


 すると、長い黒髪を優雅に揺らし、ゆっくりとこちらを振り向いた彼女は、なんとも耳障りのよい落ち着いた声でそう答えた。


「へ、へえ、そうなんだ……馬鹿だけじゃなく天才も高いとこ好きなんだねぇ……あ! いや、別に嫌味とかそういうんじゃなく……」


 非日常的なその絵面と超絶美少女とサシで会話するというこの特異なシチュエーション、自分で尋ねておいてなんだが、正常な思考能力を失っていた僕は返事に窮してまたも失言をしてしまう。


「……プっ…ぷはははは! おもしろいことを言うね君は。世に〝馬鹿と天才は紙一重〟ともいうから、案外、高い所との間には共通した因果関係があるかもしれないよ!」


 慌てる僕を尻目に、不意に彼女はさも愉しそうに笑いだすと、円らな瞳を夕陽にキラキラと輝かせながら、僕の失言に予想外の興味を示した――。




 これを機に、僕らはよく話すようになった。


 休み時間やお昼に一緒にお弁当を食べながら、また、放課後に話しながら一緒に帰ることすらあった。


 そうして、近寄りがたいまでに眉目秀麗なあの子となんの取り柄もない僕が親しく語り合っている様子に、クラスメイト達が驚きと奇異の目を向けたのは言うまでもない。


 無理もなかろう。僕自身、不思議でしょうがないくらいだ。


「――というのがまあ、この件に関するわたしの仮説だ。君はどう思うかね?」


 いつもそんなことを考えているのか? まるでホームズか明智小五郎のような口調で話す彼女の話は常に小難しく、哲学的とでもいおうか、この世界の内に秘められた謎や法則性に関する話題ばかりだった。


 その興味の対象は多岐にわたり、自然科学から歴史、政治、経済、犯罪やオカルトめいた都市伝説まで様々である。


 加えてIT技術にも精通しているらしく、ふと漏らしたところによると、どうやら官公庁や有名企業相手に夜な夜なハッキングもしていたりするらしい……その件に関してはあまり深く突っ込まないことにしたが……。


 ともかくも、そんな超インテリの話を僕のような凡人が半分も理解することはできなかったが、それでも例えるならばホームズとワトソンのように、僕らは良いコンビだった。


 お互い馬が合うとでもいおうか、とにかく一緒にいて楽しかったのである。


 ところが、別れは突然に訪れた……。


 あの子が……河垂かすみがいなくなったのだ。


 いや、転校したのだとか、行方不明になったのだとかいう意味ではない。


 それならまだ僕も納得しないまでも理解できたことだろう……だが、そうではなく、彼女は真の意味において消失・・してしまったのだ。


 現在ばかりでなく、過去にも遡ってその存在自体がこの世界から消えてなくなったのである。


 その異変はまさになんの予兆もなく、まるで何事もなかったかのように不意に起こった。


 それは、休み明けのある日の朝、普段通りに登校した時のことだった―ー。




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