四 白い法則
公園を出ると、好都合にも道路を挟んだ向こう側にコンビニが一軒ある。
車が途切れたところで道を横切り、さっそく店内に入って真っ直ぐ飲み物の陳列棚へと進む。
「黒と白だと、これと……これだな」
そして、冷蔵庫の中からコーラのペットボトルを一本取り出すと、某白い乳酸発酵飲料のボトルとボトルの間へそれを押し込んだ。
すると案の定、黒いコーラは白い某乳酸飲料へと一瞬にして変化する。なんとも突飛な考えながらも、俺の気づいた法則性は正しかったようだ。
「思ったとおりだな……いや、待てよ。となるともしかしたら……」
本来なら驚嘆の声を上げるべきところなのであろうが、カラスの一件ですでに確信めいたものを持っていた俺は、それよりもむしろ好奇心を掻き立てられ、さらなる可能性に思い至る。
そこで、次にレジ脇の新聞ラックへ向かった俺は、そこに刺さった各社の紙面を物色する……と、おあつらえ向きにも「某世界的企業CEOが特別背任容疑で有罪判決」という見出しの大手新聞と、「前場所休業の横綱が今場所で初白星」という記事のスポーツ新聞があった。
早々、大手新聞社のものを一部引き抜いてスポーツ新聞の束の間へ挟み込み、すぐにまた抜いてみる……すると摩訶不思議なことにも一部の記事だけが挿し変わり、「某CEO一審で無罪判決」というものに変わっている。
つまり、〝白星〟の記事に挟まれたその新聞の紙面上だけ、〝黒〟だった容疑者が〝白〟に変わったというわけだ。
どうやらこの法則性は物理的なものばかりでなく、そうした
ともかくも、こいつは予想以上の大収穫だ。この現象の動画をUPすれば、バズること間違いない。
だが、思わぬ収獲にほくそ笑む反面、俺はある心配事にも捉われる……仮に動画をUPしたとしても、手品か合成じゃないかと疑われるんじゃないだろうか?
もっとこう、絶対に小細工できないようなスケールのデカい証拠映像を撮影しなければ……。
「となれば、あれしかないな……」
今度のそれは運任せなので、ちゃんと目の前で起きてくれるかどうかも定かではなかったが、その低い可能性に一縷の望みを託し、俺は駅前の大通りへと戻った。
駅前の広場に立ち、大通りを行き来する自動車の群れにスマホを向ける……そう。俺が押さえようとしているのは〝黒い車が白い車に挟まれて白に変わる〟その瞬間だ。
それならば、ラスベガスのイリュージョニストでもない限りそんな芸当できるわけもないし、走行中に起これば画像加工も難しいのでみんな信じてくれるだろう。
だが、白い車が圧倒的に多い中、黒い車は高確率ですぐにも白くなってしまうため、当然のことながら黒い車はなかなか通ってはくれない。
「これはなかなか厳しいかな……」
と諦めかけたその時。
来た!
どっかの政治家か会社役員でも乗ってるのだろうか? この街の怖ろしい法則性を知らない黒塗りのベンツがのこのことやって来たのである。
そのピカピカに磨き上げられた黒塗りの前にはうまいことに白いタクシー……そして、駅前の丁字路で信号待ちをした後、タクシーともども右折したため、左折した対面の白い車がそのすぐ後に入り、ベンツは見事、白い車に挟まれる形となった。
瞬間、これまでの法則性に漏れず、黒いベンツは白いベンツへと変化する。
「よしっ! 撮ったどぉ~っ!」
その一瞬の奇蹟をスマホに収めた俺は、人目も憚らず思わず歓喜の叫びを上げてしまった。
これで、俄かには信じられぬ超常現象の動かぬ(動画だけど…)証拠を手に入れた……それは対外的にばかりでなく、多少なりと自分の頭を疑っていた自らへの確かな証でもある。
この小瀬路駅の界隈では「白いものに挟まれた黒いものは白になってしまう」のだ。
都市伝説で云われている「黒づくめの服装で行ってはならない」というのも、最初に思った街の取り決めなんかではなく、やはりそれは字面通りの警告だったのである。
もちろん人間だって例外ではなく、黒い格好で白いものに挟まれば白くなってしまうのだから……。
…………いや、ちょっと待て。人間の場合、白に挟まれたらどうなる?
今さらながらだが、そんな疑問が不意に俺の脳裏を過った。
……白くなる人間……白い石膏像……。
続けざま、なぜかあの街中に立てられたたくさんの石膏像が記憶の奥底から浮かんでくる……。
……みんな、服の皺なんかまで妙に精巧にできていたな……銅像ではなく、石膏像がこんなにあるってのもよくよく考えれば妙な話だ……もしも、あれが白に挟まれた黒づくめの人間の末路だったとしたら……。
「……ハッ!」
そこで、すっかり忘れ去っていたのだが、俺自身も黒づくめの服装であることを思い出した。
……マズイ。今までは奇跡的にその事態に陥ってこなかったが、俺だって白いものに挟まれれば、あの石膏像みたいになってしまうんじゃないのか? ……ならば長居は無用。こんなとこ早く退散しなくては……。
間抜けにも己の危機にようやく気づいた俺は、踵を返すと慌てて駅に戻ろうとする。
「なっ…!」
だが、タイミングの悪いことにも駅からは、ご出勤の時刻なのか、白服のホスト集団が気怠そうに出てくるところである。
「チッ…仕方ない。回り道するか…」
即座にそう判断し、右へ体を向ける俺だったが、するとそちらからも白いブレザーの学生達がぞろぞろとやって来ている。
「クソっ…ツイてないな。ならこっちに…」
と、前と右を塞がれた俺は左を向くが、こっちからも白いセーラー服の女学生達が歩いてくるではないか!
「んなのありかよ!? だったら道を渡って逃げるまでだ!」
三方を塞がれたとはいえ、まだ背後に逃げ道はある……その時、ちょうど横断歩道の信号が青に変わったので、俺は再び踵を返すと駅前の大通りへ向けて走り出そうとする。
「なっ…」
だが、振り返った横断歩道の対岸からは、白いジャージに身を包んだ運動部の一団が波のようにして押し寄せて来る。
「う、嘘だろ? なあ、来るなよ……こっちに来るんじゃない!」
負けの確定したオセロのように四方を完全に白に囲まれた俺は、じわじわと迫り来る各々の集団を交互に見回しながら、譫言のように大声で叫んで懇願する。
「……オセロ……そうか! ここの駅名は〝おぜじ〟って読むんじゃなく、本当は
極度の緊張と恐怖に意識の朦朧とする中、俺は最期にようやく、そのくだらない親父ギャグのような都市伝説の真相に辿り着いた――。
(すべてが白になる 了)
すべてが白になる 平中なごん @HiranakaNagon
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