三 白い街

 それからぶらぶらと街を散策し、先程思いついた仮説が正しいのかどうかを検証してみる……。


 こうして意識して眺めてみると、黒いものが見当たらないばかりでなく、やはり白色をした物体が多いように思われる。


 今の喫茶店のように白い建物も多いし、白い看板や白い服装の人々も他の色のそれよりも目につくような気がする。


 それに、そうした芸術に理解のある土地柄なのか? 街には白い石膏像があちこちに立てられている。それも、服の皺なんかまで見事に再現された精巧で出来の良い代物だ。


 街中に銅像が立っているのは珍しくもないが、こうして白亜の人型像が置かれている風景は新鮮かもしれない。


 そこからしても、やはりこの街は〝白のイメージ〟で売ろうとしているのではないだろうか?


 そうこうして歩いていると、俺は街の中心にある公園に辿り着いた。


 まあ、ここもいたって普通のどこにでもある公園だが、同じく白い石膏像があちらこちらに立てられている。


 歩き回って少し疲れたので、俺は公園の白いベンチに座って休むことにした。


「そういや、あれはなんだったんだろうなあ……」


 ベンチの背もたれに身を任せ、白い雲の浮かぶ青空を見上げながら、俺は喫茶店での出来事を思い出す。


 都市伝説の真相は「住民達の取り決めが誤解されて伝わった」というのでおそらく間違いなさそうだが、どうにも先程の一件が引っかかる……。


 ま、普通に考えれば、ただ注文を間違えただけなのだろうが……何か、それ以上のことがあるように感じるのだ。


 なぜ、ブラックコーヒーがホットミルクになってしまったんだろうか? ……そういえば、ホットミルクも白だな……黒いコーヒーが白いミルクに……黒から白……。


「……ん?」


 潜在意識の奥底で何かが閃きかけたその時、前方でバサバサと羽音が聞えたので、俺は顔を下ろしてそちらの方を覗った。


 すると、誰かの撒いた餌でも残っているのか? 2、3m先に一羽のカラスが舞い降り、地面の上を黒光りする太い嘴で突いていた。


 カラスなどどこにでもいるので珍しくもないが、この街に限っては真っ黒い色をした鳥を見るのは稀なことである。


「なんか、ずいぶんと久しぶりに黒いもの見た気がするな……」


 そんな、なんの変哲もないカラスに感動すら覚えてスマホを向けていると、餌を目当てにハト達も飛んで来て、カラスを取り囲んで同様に地面を突き始めた。


 こちらは皆、この街のご多聞に漏れず、平和の象徴たる真っ白いハトである。


「……なっ!?」


 と、その時、信じられないことが目の前で起こった。


 どういうわけなのか? 先程まで真っ黒かったカラスが突然、真っ白い色に変わったのである。


 言葉の綾や大袈裟な表現ではなく、まるでアルビノのように本当に真っ白い色になったのだ。


「そ、そんなバカな……目の錯覚か?」


 たった今、実際にこの目で目撃したことであるが俄かには信じられず、俺はスマホで撮ってた動画を再生してみる……だが、その動画の中でもはっきりと、濡れ羽色をしていたカラスは白ハトの群れが舞い降りたその瞬間、一瞬にして世にも珍しい白亜のカラスに変化していた。


「マジかよ……どうして、黒いカラスが白いカラスに……」


 そして、無意識にもそんな言葉を口にするの同時に、俺の脳内で火花のようなものが迸り、ある一つの可能性が思い浮かぶ。


 いや、常識的に考えて、まさかそんなこと現実にあるわけないと思うんだが……もしかして、白いハトに囲まれたから、黒いカラスは白くなってしまったんじゃないだろうか?


 否、この場合、挟まれた・・・・というべきだろうか? つまり、まるでオセロの石の如く白いハトと白いハトの間に挟まれることで、黒いカラスは白色に変わってしまったというわけだ。


 常軌を逸した考えであることは重々わかっているし、言ってる自分でも信じられない理論ではあるのだが、もしもこの法則性が今のカラスばかりでなく、あらゆる黒いものに当てはまるのだとしたら……すべての疑問が今度こそ一気に解決する。


 思い返してみれば、先程の喫茶店で俺の前と後の客はガトー・オ・ショコラ・ブロン――即ち真っ白なチョコレートケーキを注文していた……そう。俺のブラックコーヒーという黒い・・注文は、前後を白い・・注文に挟まれたことになる。


 だから、今のカラス同様、黒いコーヒーは白いホットミルクに……。


「だとすれば……確かめてみるか……」


 もしもこの仮説が正しいならば、他にもこうした現象は起きているはずだ……。


 それを確認すべく、俺はベンチから跳ね上がると、驚いて飛び立つカラスやハト達を蹴散らすようにして公園の外へと向かった――。

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