二 白い喫茶店
ホームから続く階段を降り、繁華街に面した出入口から外に出ると、駅前の街並みにもやはり〝黒いもの〟は見当たらなかった。
黒っぽい色の建物はまるでないし、駅前の大通りを走る車もおもしろいように黒のものはない。客待ちをしているタクシーにいたってはなぜか皆、白い車体のものばかりである(※
それでも意識して見なければ、なんとなくその風景に違和感を覚えるだけで、この不可解な状況にも具体的に気づかないかもしれない。
全体の街並みとしてはそれほどまでにいたって平凡な、どこの地方都市でもよく見かけるようなごくごくありふれたものなのである。
「あそこに入ってみるか……」
そうして駅前の景色を眺めていると、一軒の喫茶店が目についたので、何か情報収集でもできればと立ち寄ってみることにした。
やはり真っ白い壁面の、エーゲ海にでもありそうな小洒落た感じの小さな店だ。
「いらっしゃいませー!」
カランカランと軽妙なベルの音を鳴らして入店すると、カウンターの向こうにいる白いエプロン姿のまだ若いマスターと、同じく白エプロンを着けたバイトらしきお姉さんが挨拶をした。
こちらも頭を下げながらそれとなく店内を覗ってみるが、外観同様、開店してまだ間もない様子の、真新しくスタイリッシュな造りである。
カウンター席の他、四人掛けのテーブルが六つほどのさほど広くない店内に、いるのは俺を除いて先客が三人だけである。
いずれも女性で、一人はノートPCを開いて黙々と仕事をしているスーツ姿のキャリアウーマン、あとの二人は女子大生風の若い子のペアだ。
「――かしこまりました。レモンティーにガトー・オ・ショコラ・ブロンですね」
今しがた挨拶をしたお姉さんは注文をとる最中だったらしく、キャリアウーマンの席のとなりでそんな言葉を復唱する。
「お待たせしました。こちらの席へどうぞ……ご注文はもうお決まりですか?」
「それじゃ、ブレンド・コーヒーを一つ。ブラックで」
続いて俺を席へ案内し、同じく注文を訊いてくる彼女に、俺は面白味も何もない、「とりあえずビール」的な発想で定番のコーヒーを一杯注文した。
もとよりお茶するのが本来の目的ではなく、例の都市伝説についての情報収集をするために立ち寄ったのだ。注文は別になんだってよい。
「あの~すいませーん」
そんな俺とは対照的に、いかにも若い女性らしく、ずいぶんと悩んだ末に注文を決めた女子大生ペアがお姉さんを呼んだ。
「ええと、キャラメル・マキアート一つとシナモン・ジンジャーティー・ラテを一つ、それからガトー・オ・ショコラ・ブロン二つお願いします」
そして、先客ではあるが俺と順番を入れ替わる形で、ようやく決まったそのなんだか舌のもつれそうな長い横文字の注文を、スラスラと一度も
お茶うけに選んだケーキは、どうやらキャリアウーマンと同じものだ。
そういえば、店の前に「当店の名物スイーツ」だと写真付きのチラシが貼ってあった……なんでも普通のガート・オ・ショコラと違い、ホワイトチョコレートを代わりに使っているので見た目はまさに真っ白いケーキらしいのだが……。
奇遇にもまた〝白〟である……いや、待てよ。これは奇遇でも偶然でもないのか……もしかしたら、そのケーキも初めから〝白〟にこだわって……。
そこで、はからずも俺の脳裏にある考えが忽然と思い浮かんだ。
この名物ケーキといい、街に溢れる白い色といい、ひょっとしてこの地域は街を上げて〝白〟にこだわっているんじゃないだろうか?
〝その街に、けして黒づくめの服装で行ってはならない〟――都市伝説に云うそれは、別に何か
なんとも肩透かしな真相ではあるが、そう考えればとてもしっくりくるような気もする。
ま、幽霊見たり枯れ尾花の例えの如く、都市伝説の真相なんて、往々にしてそんなものだったりするのが世の常というものであろう。
「――お待たせしました~。ご注文のホットミルクになります」
と、そうして俺が物思いに耽っている内にも、注文した品を銀盆に載せてお姉さんが戻ってきた。
「……え、ああ、ありがとうございます……ん? ホットミルク? いや、俺の注文したのはブラックコーヒーなんですが……」
だが、テーブルに置かれたそれは俺の注文したものとは明らかに違っている。
「いえ、お客様の注文なされたのはホットミルクですよ?」
しかし、その間違いを俺が指摘すると、お姉さんは怪訝な表情を浮かべてそう反論をする。
「ええ? だって、そんなわけあるはず……い、いえ、なんでもありません。どうもです……」
いくらなんだって、ブラックコーヒーとホットミルクを間違って注文するはずがない。当然、納得がいかず、こちらも反論し返そうとする俺だったが、口を開きかけたところで咄嗟にそれをやめた。
お姉さんは「何言ってんだろ? この人。変なの」と思っていることが如実に表れた眼で俺のことを見つめている……これ以上言うと、DQNなクレーマーか頭のおかしいやつだと認識されかねない。
向こうが聞き間違えるとも思えないのだが……何か勘違いでもしたのだろうか?
「い、いただきます……ズズ…あ、意外とホットミルクもいけるな……」
得心はいかないものの、小首を傾げながら去るお姉さんの背中を黙って見送ると、已む無く俺は久々に飲むホットミルクで喉を潤し、その喫茶店を後にすることにした――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます