決着がつかない勝負なんて、面白くないよね
「アルキエル。お前が望むなら、この世界を破壊してやる!」
「はっはぁ! そう来なくちゃなぁ、冬也ぁ!」
「お兄ちゃん! 私を相手に、思い通りに行くとは思わないでね!」
「冬也。破壊なんて、いけないんだな」
緊迫した雰囲気が、四柱の神を包む。アルキエルと冬也が手を組む、それに対峙するのはペスカとブル。ロイスマリアでも力の強い四柱の神が、真剣な表情で顔を突き合わせる。
そして、緊迫した雰囲気を増長させるように、大陸中に滝のような豪雨が降り注ぎ、止まる事の無い雷鳴が轟いていた。
タールカールで唯一の町、パーチェでは観光客を含めて、外出している者は誰一人としていない。全ての店が戸を堅く閉ざし、災害に備えていた。
「女将。この大陸じゃあ、こんなひどい雨が降るのか?」
「あ~、そんな事は。う~ん、たまに? たまにだよ。そうだよね、みんな?」
「あぁ、そうだな。心配しないでも、そのうち止むさ」
「その通りだぜ。あんちゃんは、タールカールは初めてかい?」
「えぇ。お金が溜まったので、ようやく来れました」
「そうかい。なら、安心おし。ペスカ様が、はしゃいでるだけさ」
「でもよぉ、女将。いつもより、少し長い気がするな」
「ペスカ様は、お忙しい方だからね。たまの休みには、はしゃぎたくもなるさ」
「流石は、神だな。はしゃぐだけで、街が壊れそうだ」
「はははっ! いつもなら、冬也さんが諫めて下さるんだよ。それにあの神様達は、この町を愛してらっしゃるからね。町が壊れる事は無いし、明日の漁にも影響は出ないさ」
初めてこの街を訪れた者は、天変地異でも起こっているのかと思うだろう。
しかし街に住む者、何度も街を訪れている者は、慣れているのだろうか。店内では、外の様子など気にも留めずに、酒を酌み交わしながら、ほのぼのとした会話が繰り広げられていた。
寧ろ慣れた観光客の中には、ペスカ邸に向かって手を合わせている者もいる。
忙しいペスカが、自宅に戻っている事が珍しいのだ。街から目と鼻の距離にペスカがいる、それだけでありがたみが湧いてくる。
そんな風に考える者も、存在するのだ。
神の力は、超常現象すら引き起こす。
それを受け入れながら生活をしている住民達、ペスカを崇める観光客達。そんな者達の優しさに支えられて、タールカールの社会は成り立っている。
その光景を優し気な眼差しで見つめつつも、ペスカ邸に向かってやや鋭いまなざしを送る少年がいた。
「おい、あんた! こんな雨の中、どこにいくんだい? 危ないから、落ち着くまで待ってなよ!」
「女将さん。雨宿りさせて頂き、ありがとうございます。ですが、僕は行かなければ」
「何言ってんだい! いいから、大人しく店の中にいな! 食事代は、冬也さんにつけておくからさ!」
「そういう訳には、まいりません。これ以上は、建物にも被害が出てしまう! 皆さんに、迷惑をかけるわけにはいきません!」
外は、一歩先すら見えない豪雨が降っている。店の主人が止めようとしているにも関わらず、少年は外に出ようと入り口へ向かう。
少年は入り口の前まで歩き、くるりと振り向くと、店の主人に向かって一礼をする。そして、少年は豪雨の中に消えていった。
「大丈夫かね?」
「大丈夫じゃねぇのか? あの兄ちゃんは、あれだろ? 外の世界から来たって例の」
「あぁ! 冬也さんとよく一緒にいる?」
「そうそう! だから女将。兄ちゃんの事は、気にしねぇで大丈夫だ。さぁ、もう一杯!」
「あいよ!」
少年はマナを全身に巡らせて、体を包む様に障壁を作り出す。
だが雨の勢いは、少年の作り上げた障壁すら破らんとする勢いで、激しく降り注ぐ。
幾らドワーフ達が頑丈に造ったとはいえ、限度が有るだろう。こんな豪雨が長時間続けば、建物にも影響が出かねない。
それだけではない、繁華街や市街地、港や海それに森など、せっかく形を成してきたタールカールの自然と施設に、多大な影響を与えてしまう。
そもそも、この街を造り上げたのは、冬也とペスカだけではなく、この街に暮らす者達のはずだ。気まぐれに、壊して良いはずがない。
少年は、更にマナを籠めて、障壁を強固にする。時折、ぬかるみに足を取られながらも、一歩ずつ踏みして豪邸へと向かう。
少年の足なら数分もかからない距離を、数十分もかけて豪邸に到着する。そして、豪邸の周りをグルリと一周すると、ため息をつきながら玄関へと向かった。
そこから先は、勝手知ったるというやつだ。障壁を解除すると、豪華な玄関の戸を開る。焦った様に飛んでくる執事達に挨拶をし、リビングへと向かう。
そして、リビングの戸を勢いよく開け放つと、大声を上げた。
「ペスカ様! ……何をしてらっしゃるんです?」
リビングの中央には、机を挟んで冬也とアルキエル、ペスカとブルが顔を突き合わせている。四柱の神は真剣な眼差しで、机の上に並べられている何かを見つめている。
ドアが開け放たれた事に反応したのは、冬也だけであった。そして冬也は、暢気な声で少年に声をかける。
「勇大、何でかい声だしてんだよ!」
「はぁ? 冬也、君は外で何が起きているか、わかってないのかい?」
「外? 何のことだ?」
外の状況に、冬也が気が付いてない筈が無いのだ。そんな鈍感な男であれば、ここまで生き残って来れなかった筈だ。
勇大は少し怒気を籠めて、声を荒げる。
「君達は、いったい何をしてるんだ!」
「いや、何って。ボードゲームだよ。ボードゲーム」
「はぁ? ボードゲーム? ボードゲームと言ったか、冬也!」
冬也の反応に、勇大は顔を真っ赤にして、リビングの窓に近づく。そして、窓を勢いよく開け放った。
窓を開けた瞬間に、凄まじい量の雨が降りこんでくる。雨は窓辺の床を濡らし、そのまま中央へと向かう。
ただ無意識になのか、四柱の周りには障壁が張られており、雨をはじき飛ばした。
「これを見ろ冬也! 気が付いてないなんて、言わせないぞ! ペスカ様! たかがボードゲームで、外をこんな風にしたんですか?」
再度、障壁を展開する事をせず、ずぶ濡れになりながら、勇大は声を荒げる。ここまでされれば、流石にペスカも反応せざるを得ない。
「もう、勇大。雰囲気だよ、雰囲気。だって、勝負なんだよ! 雰囲気が大切でしょ?」
「だからって、こんな!」
「大丈夫だよ。それに、タールカールの人達は、みんな働き過ぎなの! たまには強制的にでも休ませないと、倒れちゃうかもしれないでしょ!」
「それは、そうかも知れませんが!」
「もう、うっさい! あんたは、心配し過ぎなの! 街の人達は、慌ててた? 違うでしょ? ちゃんと加減してるし、後の処理もするから、安心しなさい!」
勇大は諫めようとして、豪雨の中を歩いて来た。しかしペスカを目の前に、言葉を失った。
何か言えば、倍になって返って来る。だが、このまま放置する訳にはいかない。故に勇大は、最後の手段に打って出た。
ずぶ濡れのまま、勇大はソファーに近づく。そして、ブルの後ろで立ち止まると、ゆっくりと肩を叩く。
「ブルさんは、良いんですか? こんな雨が降っていたら、大切にしている農園が」
これまで反応を示さなかったブルが、勇大の言葉ではっとした様子で、窓の外を見る。そして、椅子から飛び降りると、無言で窓に走り寄った。
外の様子を確認したブルは、振り返ると走ってリビングの戸に向かおうとする。
だが、ブルの様子を見ていた勇大は、止めの言葉を放った。
「ブルさん。残念ながら作物は」
言葉を遮る様に勇大を見上げたブルは、足から崩れ落ちる様にして四つん這いになる。やがて激しい雨に打たれながら、ブルは泣き始める。
「野菜が、野菜が駄目に、なったんだな。ごめんなんだな、美味しく食べて、あげられないんだな」
「ブル。だから、収穫しておくように、言っといたじゃない」
「違うんだな、ペスカ。明日あたりが、食べごろ、だったんだな」
ぐすぐすと泣きながら、ブルはペスカに答えた。
人間体になったブルの容姿は、成長が止まったかの様に、幼い子供のままである。そんな小さな子供が涙を流している姿は、目を覆いたくなる。
冬也は深いため息をつくと、勇大に視線を向ける。勇大に窓を閉めさせると、次にペスカへ視線を向ける。
ペスカに雨を止めさせると、ゆっくりと立ち上がり、ブルに近づき優しく背中を撫でた。
「安心しろ、ブル。お前の育てた野菜は、そんなにヤワじゃねぇだろ! 畑は直ぐ元に戻る、俺が手伝う!」
「冬也。ありがとう、なんだな」
冬也がブルを慰める。ブルは泣き止み、冬也に笑顔を見せる。
そんな時であった。
「話しはついたかぁ? なら、勝負の続きだぁ! ブル、冬也ぁ。早く座れ!」
「よ~し、かかって来るのだ! アルキエル!」
これまで勇大が騒ぎ立て、しかも激しい雨がリビング内に入り込んでいた。それにも関わらず、それらに一瞥くれずに、アルキエルはボードゲームを見つめていた。
そのアルキエルが、鷹揚に言い放つ。そして対面のペスカは、やる気満々の様子で、腕まくりをする。
しかし次の瞬間には、アルキエルは頭を抱えて、机の上に突っ伏していた。対面では、ペスカも同じ様に、頭を抱えていた。
机の横には、冬也が腕を組んで立っている。間違いなく、冬也の鉄拳がアルキエル達の頭に、降り注いだのだろう。
それは勇大の目ですら、追う事が出来ない程の速さであった。
「お前等も、手伝うんだよ!」
「いったぁぁぁ! アルキエルはともかく! なんで、わたしまで」
「主にてめぇのせいだろ、ペスカぁ!」
「お兄ちゃんのば~か、ば~か、うんこ! ずるいよ! お兄ちゃんに、制裁はないの?」
「いつか俺が、嫌ってほど制裁してやる」
「アルには、無理なんだな」
「冬也。僕も手伝うよ」
「嵐の中を歩いて来たんだろ? それにずぶ濡れだ。勇大は、風呂に浸かってろ」
二柱の神は頭を押さえたまま、痛みを堪えながら席を立つ。そして四柱の神は、連れだって農園へ向かった。
残された勇大は、ずぶ濡れになったリビングを、魔法で乾かそうとする。声を荒げ、ペスカ達を動かしたからには、何かせずには居られない。
だがその行為は、途中で執事達に止められる。
「これは、私共の仕事ですので。勇大殿は、風呂で温まって下さい」
「いえ、乾かせば済みます」
「そういう訳にも、まいりません。冬也様のお言葉ですので」
そして勇大は湯に浸かり、風呂で冷えた体を温める。強張っていた体が、ほぐれていくのを感じる。それと共に、やや冷静になって来る。
冷静になって考えれば、今回の件におかしな点が多いと感じる。
少なくともペスカと冬也は、むやみやたらに災害を起こし、住民達に迷惑をかける事はしない。
それに、ブルが農園を大切にしているのは、皆がわかっているはず。だからペスカは、収穫しておけという、発言をしたのだろう。
行き違いがあったにせよ、ペスカはブルの農園の事もケアしていたのだ。
もしかすると、ペスカと冬也には、深い考えがあったのでは?
そう思った瞬間、勇大は浴槽から飛び出していた。そして、体を拭い着替えると、リビングへと急ぐ。
勇大がリビングに戻ってきた頃には、四柱の神も戻っていた。
「おう、勇大。温まったか?」
「いや、あの、冬也。僕は、何か重大な勘違いを」
「あぁ? 何の事だ?」
「ペスカ様が降らせた雨の事だよ!」
勇大は、焦って口早になる。そんな勇大を落ち着かせるかの様に、冬也は視線で誘導し、ソファーに座らせる。
「別に勘違いって程のことじゃねぇ。ただなぁ、あの街の奴らは、みんな祭り好きなんだよ。それに、商売よりも、楽しませる事を優先しやがる。お前も釣りの大会に参加してたなら、わかんだろ?」
確かに冬也の言う通りなのだ。
パーチェの住民達にとって、あの様なイベントは、儲けのチャンスになるだろう。しかし単に儲けだけを考えるなら、大きなイベントは返って邪魔になるはずだ。
パーチェには、観光客が途絶える事が無い。その上、他に大きなイベントが重なれば、労働力が不足する。煩雑となり、作業が雑になれば、充分なサービスの提供は難しくなる。
極めつけは、労働過多の状況であろう。パーチェの住民達が、仕事を休んでいる所は、見た事がない。
「あいつらは、強制的にでも休ませなきゃいけねぇんだ。本当は明日の漁に、行かせねぇつもりだった。店の方は仕方ねぇよ。それでも外が大荒れなら、多少は楽になるだろ? だからペスカがたまに、ああやって強制的に休ませてるんだ」
「すみませんでした、ペスカ様。思慮が足りておりませんでした」
「気にしないでいいよ、勇大。でも、おにいちゃんには、お仕置きが必要だよ! すっごく痛かったんだから!」
「すみません、ペスカ様。それもこれも、僕が至らないばかりに」
「まぁ、勇大が言うなら、許してあげよう! 寛大な私に、感謝するといいよ、お兄ちゃん!」
「それよりペスカ様、なんでまたボードゲームを?」
「それはね。ソニアから頼まれたからだよ」
レイピアとソニアがロイスマリアに持ち込んだ物の一つに、ボードゲームが有った。持ち込んだ当初は、ペスカが仕掛けたVRを利用したゲームが話題だった為、誰も興味を示さなかった。
しかし近年、アンドロケイン大陸を中心に、じわじわとブームが広がりつつある。恐らく、仲間内や家族で簡単に盛り上がれる所が評価されたのだろう。
今回ソニアから依頼されたのは、職人が新しく作ったボードゲームのテストであった。
内容は、極めて単純な陣取りゲームである。将棋盤よりも大きなマス目が、描かれた板が有る。そのマス目を多く占領した方が、勝利となる。
先ずさいころを振り、カードを引く。兵士のカードが出れば、マス目を占領出来る。
ただしカードには、大砲や地雷の様な、トラップカードが有る。地雷が置かれたマス目は、兵士のカードを犠牲にする事で、開放する事が出来る。
また大砲を使って、兵士のカードを破壊し、マス目を開放する事が出来る。
それ以外にも、特殊なカードが存在する。
特殊なカードを四枚集めると、盤面に置かれたカードを全て破壊する事が出来る。言わば、窮地に追い込まれても、真っ新な状態まで戻す事が出来るのだ。
ただし、無造作に破壊のカードを出す事は出来ない。当然ながら、特殊なカードで破壊が出来る以上、それを阻止するカードも存在するからだ。それを相手側が所持していては、破壊できるカードを使用する意味が無い。
「丁度いい。俺が抜けるから、勇大が混ざれ!」
「冬也、僕がかい?」
「え~! お兄ちゃん、抜けちゃうの?」
「あぁ。勇大が入れば、少しは対等な勝負になるだろ? お前とブルのコンビを相手に、俺達が勝てるわけねぇだろ」
「俺は構わねぇぞ。シグルドぉ、足を引っ張るんじゃねぇぞ!」
「あぁ、勿論だ。ペスカ様、やるなら本気で挑ませて頂きますよ」
そうして勇大を咥えて、ゲームが再会される。ゲームは盛り上がり、夜通し続けられる。
翌日には、ソニアに感想が届けられ、発売が決定となる。
ペスカが夢中になった。そんな触れ込みで発売されたボードゲームは、発売開始から直ぐに品薄になる程の売れ行きで有った。
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