お兄ちゃんが最強なんて、いつから勘違いしてた?

 ダンジョン、釣り大会を経ても、エレナの気が晴れる事は無かった。

 釣り大会に関しては、結果が出なくても構わない。ロメリアの思惑に乗った側面もある。ただ、エレナを腹立たせたのは、表彰式直後の事であった。


 優勝をしたレイピアを祝福しようと、エレナはお立ち台に近づいた。そして、レイピアに笑いかける。


「レイピア。優勝、おめでとうニャ。お前が優勝して、私まで誇らしいニャ」

「師匠は、残念でしたね。釣りに慣れてさえいれば、師匠なら優勝間違いなしだと思います」

「買いかぶりニャ。私は、不器用だから、結果は同じだったニャ」

「まぁ、師匠の短絡的な所は、否定致しません。出来れば、今後はお気をつけ頂けると」

「善処するニャ」


 ここまでは、師弟のほほえましい会話であった。

 あまり表情には出さないが、エレナに褒められたレイピアは、嬉しそうにしている。そして、エレナに続いて、ソニアからも賛辞が送られる。

 時間をかけて作り上げた、師と姉妹の関係は、間違いなく強い信頼が築き上げられていた。


 ただ、問題はここから始まる。

 同じく優勝となった遼太郎に向かって、エレナが賛辞を送ろうとした時だった。


「あぁ、てめぇ。誰だ?」

「はぁ? 誰って、話したことがあるニャ! 武闘会の事は、覚えてないニャ?」

「お前、その喋り方はキャットピープルか? どうも思い出せねぇんだよな」

「ミスラ様。その御方は、私達姉妹の師です。ミスラ様と同様、私達を救って頂いた恩人です」

「はぁ? マジかよ? こいつが、お前等の師匠? どう考えても、お前等の方が強そうだせ!」

「流石に、冬也のお父さんでも、その言葉は聞き捨てならないニャ」

「おいおい、なんだよ。やる気か?」

「お前がその気なら、少し痛い目に会うと良いニャ!」


 売り言葉に買い言葉なのだろう。しかし、一色触発の雰囲気となる。

 ただ、傍にいたレイピアとソニアは、向かい合う二名を止めようとしない。衆目を浴びながら、滅多な事をしないと考えていたのだろう。

 そして、エレナも決して本気ではなかった。相手は人間、そして老人である。ましてや、地球からの使者を痛めつけたとあれば、今後の交渉に差し支える。

 それ位の判断が出来ないエレナではない。ただ、寸止めで力の差を見せつければ、それで充分だった。


 しかし、相手が悪かった。

 エレナの繰り出した拳は、常人には捉えられない速さである。だが遼太郎は、左側に体を向けながら右の手でエレナの拳を軽々と往なす。そして裏拳の様に、返す拳をエレナの眼前に突きつけた。

 

 この瞬間エレナは、相手の力量を見計らう事を怠った自分を恥じた。そして直ぐに遼太郎との距離を取って構える。エレナが構えた瞬間、遼太郎の口角が吊り上がる。

 流石に、これ以上は不味いと感じたレイピアが、両者を止めようと動き出す。だが、レイピアが一歩を踏み出す前に、両者の後頭部に拳骨が降り注いだ。


「糞猫! ガキみてぇな事、してんじゃねぇ! 親父も妙な挑発すんな! 猫だって、ちょっかいかければ、引っ掻くんだぞ!」

「いてぇな、クソガキ! 久しぶりに会った父親に、暴力を振るうんじゃねぇ!」

「親父こそ、ジジイになったなら、少しは大人しくしろ!」

 

 遼太郎はエレナに興味が無くなったのか、冬也と口論をしている。

 ただこの時、エレナはショックを受けていた。遼太郎に拳を躱されたのは、己の不注意である。

 遼太郎が自分をからかってるだけなのは、エレナ自身も理解していた。だから意趣返しのつもりだったし、本気ではなかった。

 しかし、遼太郎と対峙していたとはいえ、後頭部に痛みを感じるまで、冬也の気配を感じる事が出来なかった。

 実力の差は、未だに埋まらないのか。そのショックで、エレナは言葉を失っていた。そして、最後に遼太郎からかけられた言葉は、エレナに更なるショックを与えた。


「よう、猫のねぇちゃん。あんたはそこそこ強いけど、神の世界じゃ中の下って所だ。修行を欠かすなよ。それと、冬也と自分を比べない方がいいぜ。あいつは、特別だ」


 ショックと共に、その言葉はエレナに火を付けた事は間違いない。

 その後、数週間に渡り、エレナはこれまで以上に過酷な修行を行った。そして、満を持してペスカ邸を訪れる。

 ただしエレナは、極めて運がない。訪れた日は、冬也が留守にしており、珍しくペスカが休日を満喫していた。


 ペスカはエレナをリビングに通す。そしてシェフに、エレナの食事を用意させた。

 欲を言えば、冬也の料理が食べたかった。しかし、出された料理に文句をつける程、エレナは不躾ではない。この家のシェフは、冬也に勝るとも劣らない料理の腕で有り、充分満足が出来る。

 

 料理を堪能しながら、他愛も無い話をしている時、修業を終えたアルキエルと勇大が、リビングの戸を開ける。直ぐにシェフは、二名分の料理を作り提供する。

 ただ、アルキエルの登場で、事態は思わぬ方向へと進んでいった。


「なんだ馬鹿猫。冬也と勝負がしたかったのか? だったら、久しぶりに俺が相手になってやるよ」

「アルじゃ駄目ニャ。冬也と勝負する為に、修業をしたニャ」

「まぁでも、冬也がいないんじゃ、話しにならないですよ。エレナさん。今日の所は、アルキエルと手合わせして、冬也とは後日で良いんじゃないですか?」

「なんだか、その気にならないニャ。勇大、お前が相手でも、駄目なのニャ」


 思惑が外れ、気が抜けた様子のエレナを、皆が励まそうとした。ただ、それだけの事であった。

 ただ、やけっぱちになっていたエレナは、口にしてはいけない言葉を口にしてしまった。


「エレナ。発散したいだけなら、私が相手になってあげようか?」

「ペスカじゃ、相手にならないニャ。私が相手にしたいのは、世界最強ニャ。それに挑戦する事が、私の目的ニャ」

「ほぉ、エレナ。私じゃ相手にならないと?」

「そうニャ。一瞬で方が付くニャ」

「へぇ。そうなんだ。エレナは、私の事を弱いと思ってるんだ。ふ~ん、わかったよ。なら、勝負してあげる、本気でね」

「何を言ってるニャ? 痛い思いをするだけニャ?」

「言っとくけどね、エレナ。お兄ちゃんが最強って、誰が決めたの? いつから勘違いしてたの? 最強は私だよ。最強に挑戦したいんでしょ? だったら、相手になってあげる」


 ペスカと死闘を繰り広げた事が有るアルキエルは、その実力をよくわかってる。その為、ニヤニヤと嘲笑にも似た笑みをうかべている。

 そして勇大は、事態の深刻さを察して、両名を止めようと試みた。


「エレナさん。冬也とアルキエルは、確かに強い。だけど、絶対に届かない強さじゃない。ペスカ様の強さは、次元が違う。無茶な事は止めた方がいい。ペスカ様も大人げない事は、どうかお止め下さい!」


 ただ、この勇大の言葉は、返ってエレナに火を付ける。


「そこまで言うなら、やってやるニャ! アル。ペスカに勝ったら、馬鹿猫って呼び方を止めるニャ!」

「はっはぁ! こりゃ面白れぇ! せいぜいやってみな、馬鹿猫!」

「おい、アルキエル! 挑発してないで、お前も止めろ!」

「こんな面白れぇ見世物は、久しぶりだぜ! 止めてたまるか! そもそも、こいつが本気で戦った事は、いやこれは止めとくか」


 アルキエルに煽られたエレナは、すっかりやる気になっている。そして、これまでにない程の、闘志を燃やしている。

 もう、止める事は出来ない。そう判断した勇大は、口を噤んだ。せめて、ペスカが手加減をしてくれる事を祈って。


 そして一同は、訓練場へ移動する。移動の途中で、ペスカはブルを呼んだ。当然、訓練場に張る結界の為である。

 訓練場に到着するや否や、アルキエルとブルは、訓練場の内部に強力な結界を張る。守護の長けたブルの結界は、冬也が本気を出しても、容易には破れない。


 準備が整った所で、ペスカとエレナは向かい合う。トントンと軽く撥ね、エレナは直ぐにでも戦える意志示す。

 そして、ペスカは無手で構えも取らずに、エレナを見据えていた。


 戦いの口火を切ったのはエレナであった。持ち前のスピードを活かして、真正面からペスカに迫る。

 たった一撃を加えるだけで、ペスカは吹き飛んで壁にぶつかり、決着がつく。エレナの頭には、明確なビジョンが描かれていた。

 

 しかし、エレナの拳はペスカに届く事は無かった。寧ろペスカは、エレナの拳を避ける事すらしなかった。

 

「ニャ! どういう事ニャ?」

「フフ。先ずはあんたの、速さを封じたんだよ」


 ペスカとの間合いに、半分ほど侵入した所で、エレナの動きは亀の様に鈍重となった。

 

「まぁ、これで決着なんだけどね。私に生意気な口を利いた罰だよ」


 ペスカが指を鳴らすと、拳を突き出した状態のエレナは、地面に叩きつけられる。そして、エレナの体を押し潰さんと、圧力がかかる。

 エレナは、ペスカの魔法で素早く動く事は出来ない。その上、体にかかる圧力は、エレナの骨を軋ませる。

 流石のエレナも、うめき声を漏らした。


 勝負を眺めるアルキエルは、如何にも楽しそうな笑みを浮かべる。そして勇大は、いつ止めようかと気が気ではないのか、落ち着かない様子であった。


「エレナ。今ごめんなさいって言えば、許してあげる」

「ば、馬鹿か、ニャ。これくらいで、諦めたら、冬也に、は、勝てない、ニャ」

「あっそ。じゃあ、心が折れるまで、やってあげる。ただし、エレナ。これ以上は、神気を全開にしないと、消滅するよ!」


 それは、ペスカの忠告を素直に受け入れたのではないのだろう。恐らく本能的な、危機察知能力が発動したのだ。

 エレナは、ありったけの神気を体内に巡らせ、全身に障壁を張る。次の瞬間、エレナの体は業火の中にあった。

 

 鉄さえ簡単に溶かす一万度の高温は、エレナの障壁を突き抜けて、体を焦がしていく。ペスカが炎の周囲に結界を張らなければ、如何にブルの結界が強力とはいえ、建物ごと燃え尽くされたかも知れない。


 更にペスカは、炎の魔法と共に、治療の魔法をエレナにかけていた。言わば、体を燃やされながら、瞬時に治療される。続くのは、永遠の苦痛。神気を張り巡らせて耐え続けたエレナも、苦痛の連続に意識を失う。


 ここまでペスカが、同時に使った魔法は五つ。魔法に長けたエルフでも、五つも同時に使用する事は難しい。そしてペスカは、一切本気を見せていない。

 勝負は、格の違いを嫌という程に見せつけた形になった。エレナは、訓練所の中央でぐったりと、力なく横たわっていた。

 

「まぁ、当然の結果だな」

「ペスカ様、やりすぎです。トラウマものですよ」

「シグルドぉ。こいつは、馬鹿だ。何日かすりゃ、けろっとしてるぜ。まぁ、それがこいつの長所だ」

「勇大。心配はいらないんだな。エレナは、凄いんだな。敗戦を糧に、もっと強くなるんだな」

「そんなもんですか?」

「そうそう。それがエレナの長所だよ。さて、帰ろう」


 そうして、自宅に戻ろうと振り向いた時、訓練所の入り口には冬也が立っていた。そして冬也に叱られたペスカは、久しぶりの拳骨をくらい、涙目になっていた。

 実力は間違いなく最強にふさわしいのかもしれない。しかし、冬也には頭の上がらないペスカであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る