大きなイベントになったのは、誰のせい?

 食事を楽しみ、歓談しながらモニターを眺める。観客席では、開始直後の盛り上がりとは、少し事なる雰囲気が漂っていた。

 飛ぶように売れる飲食物、そして汗を拭いながら声を上げる店主達。数千人を超える観光客達は、正に祭りの只中にいた。


 昼が訪れ三時間が経過した頃、入れ食い状態であった遼太郎、安西、翔一の三名は、当たりが止まる。一見すると、日本からの来賓が重量で勝ったかと思いきや、淡々と竿を振り続けていたレイピアが数を釣り、追い上げようとしている。

 またベテラン漁師のアドバイスを、素直に受け入れたブルとズマも、追い上げ姿勢を見せ始めた。

 しかし大会参加者の中には、勝負に拘らず、釣りを楽しんでいるだけの選手も存在した。


「フフ。なかなか、釣れないわね」

「そりゃそうですぜ。ラアルフィーネ様、もう少し沖の方に行かねぇと」

「あら、そう? でもここからなら、みんなの様子が見れて、楽しいわ」

「まあ、楽しんで貰えてるなら、結構なんですけどね」


 女神ラアルフィーネは、大型スクリーンの近くで、のんびりと釣り竿を垂らしている。どちらかと言えば、大会参加者というより、観客に近い感覚なのだろう。

 漁師と会話し、時折スクリーンを眺め、また観客席に向かって手を振る等、独自に楽しんでいる様だった。

 女神ラアルフィーネと同様に、釣果に興味を示さない者がもう一人。


「姉さん。頑張って下さい!」

「あんた、姉貴を応援してないで、自分でも釣れよ!」

「ええ。でも、私は姉さんを応援してます」

「いや、そうじゃなくてよ。これは大会なんだろ? せめて、糸くらい垂らせよ!」

「少し静かにして下さい。姉さんに声が届かなくなっちゃう」

「どのみち、ここからじゃ声なんて届かねぇよ。エルフよりも、キャットピープルの方が、耳は良いだろ?」


 漁師に愚痴を言われながらも、スクリーンに映る姉に手をふるレイピア。それは、端から釣果を諦めた者の姿と言えよう。ただ、参加者の楽しみ方は、それぞれである。決して、ソニアを否定は出来まい。

 その証拠に、レイピアを応援するソニア、そのソニアを応援する男達、そんな構図も出来上がっていた。

 その一方で、初心者なりに苦戦しながらも、楽しんでいる者がいた。


「うぉ! なんじゃ? 引っ張らなくなったぞ?」

「あっちゃぁ! 持ってかれちまったか。山さん、糸を引いてくんな」

「お主まで、あだ名で。まぁよい。どうせ、冬也のせいじゃろ」

「それより、山さん。糸、糸! 餌を付けなおすんだよ」

「わかった、わかった。そう急くでない。まったく漁師というのは、荒っぽいのぉ」

「ったりめぇだろ! こちとら、わざわざアンドロケインから来てるんだぜ! いい所みせねぇで、帰れやしねぇよ!」


 漁師に叱咤されつつ、山の神ベオログは、初めての釣り体験を楽しむ。恐らくベオログにとって、同船した漁師とのやり取りも、楽しみの一つなのだろう。

 そんなほのぼのとした光景が、スクリーンに映し出される中で、サムウェルに至っては、酒瓶を片手に竿を振っていた。


「あのよぉ、旦那。さっきから、引いてるぜ」

「かぁ~、しまったぁ! まった、食われちまったなぁ」

「旦那。言いたかねぇけど、釣る気はねぇだろ?」

「そんな事はないぜ。どうだこの目。やる気に満ち溢れてんだろ?」

「そりゃ旦那。酔っ払いの目だ」

「ははは、違いないな!」

「笑いごとじゃねぇんだよ、旦那。あっちの御仁を見てみなよ! すげぇやる気じゃねぇか」

「いいか。ああ言うのを、目くそ鼻くそって言うんだ」

「じゃあ旦那は、耳くそだな」

「ははは、面白いなそれ」

「だから、笑いごとじゃねぇんだよ」


 笑いながらサムウェルが指をさした先には、モーリスとケーリアが投げた糸を絡ませて、舌戦を繰り広げていた。


「ケーリア、ここは俺の釣り場だ! 向こうに行け!」

「馬鹿かモーリス、それは俺の台詞だ! うちの船長が言うんだ、ここで釣れば逆転も可能だ!」

「だったら、尚更だろう! こんな近くにお前がいるから、糸が絡まるんだ!」

「馬鹿な事を! お前が馬鹿力で、遠くまで飛ばさなければ、俺の糸には絡まない」

「旦那方、そろそろ糸を切って、別の場所に向かいましょう」

「そうですよ、旦那方。もっといい場所が有りますって」

「船長よ。男には譲れない時が有るのだ!」

「あぁ、モーリスの言う通り、譲ってはならない時が有る!」

「妙な所で、意気投合すんじゃねぇよ旦那方!」

「仲が良いのか悪いのか、よくわかんねぇ旦那方だぜ」


 そんな舌戦の横で、エレナの次に多く声援を受けている空は、舟釣りに苦戦していた。


「先生よぉ、あんた医者だろ? 名医って噂だぜ。なんで、船酔いなんてしてんだよ。昨日、飲み過ぎたのか?」

「私は、一滴もお酒は飲んでないです。ちょっと、あんまり揺らさないで」

「そんなこと言われてもなぁ。今は凪いでる方だぜ、時化の海はもっとひでぇ。それより、酔い止めの魔法をかけたらどうだい?」

「既にやってます」

「じゃあ、なんで利かねぇんだ? あんたやぶ医者か?」

「失礼ですね! 元々、船酔いする体質なんです!」

「じゃあもう、引き揚げようぜ。あんたには、向いてねぇんだよ」

「嫌! 冬也さんに、良い所を見せたいもん!」

「もん、じゃねぇよ。良い所は何もねぇ! 帰るぞ!」


 思惑が外れ、一番最初のリタイアとなった空は、涙ぐみながら船縁にしがみついている。そして空が乗る船が帰港する最中、爽やかな対決が繰り広げられていた。


「シグルド様。そちらの状況はどうですか?」

「どう呼んで頂いても構いませんけど、様は止めて下さい、ゼルさん。因みに僕は今、五匹です」

「おぉ、流石はシグルドさん。俺も負けてらんないですね」

「ゼルさんは、何匹ですか?」

「七匹です。どれも小さいので、重量では適わないかと。でも、負けませんよ!」

「あぁ、僕も負けないよ、ゼルさん」


 彼らの爽やかな戦いに、黄色い声援が飛ぶ。それは、和やかな昼食に花を添える、戦いなのだろう。

 だが、そんな和やかな雰囲気は、二柱の神によってかき消された。


「不味い! ミューモ、あれが見えるか?」

「あぁ、俺にも見えた。早くペスカ様に連絡を!」


 スールとミューモは、一番沖で船を停泊させていた。理由は簡単である、近海に潜む大物が、神気を頼りに寄って来る事を防ぐ為であった。

 観客達に万が一があってはいけないと、ロメリアが講じた安全策であった。

 そして、ミューモはスクリーン越しに、ペスカに伝える。超大型の魚、それが群れとなって押し寄せている事を。

 だが、ペスカはここぞとばかりに、声を張り上げた。


「お~と! 只今、緊急連絡が入りましたぁ! 超大物の群れが、港に襲来している様子! これはチャンス到来かぁ?」

 

 張り上げた声は、通信回線を渡って各船にも届く。そして連絡を入れたスールとミューモは、大きく手を振り危険を伝える。


「おおっと! スール選手とミューモ選手が慌ててますね。どんな大物が押し寄せてくるのでしょうか?」

「いやいやあれは、大会を中止しろって言いたいじゃないですかね?」

「スール選手とミューモ選手は、馬鹿ですね。ここには、どれだけの神がいると思ってるのでしょうか?」

「寧ろこれだけの神が集まってるから、そんな大物の大群がやって来るんでしょうね」


 司会のペスカは煽り立て、隣でクロノスが冷静に解説をする。二柱共に、全く慌てる様子が無い。

 そして小さなスクリーンには、全速力で沖へ向かう三隻の船の姿が映し出された。その三隻に乗るのは、言わずもがなであろう。

 

「おっとぉ! チャンスの匂いを、いち早く嗅ぎつけたのは、やはりこの選手! エレナだぁ!」

「猫だけあって、魚を嗅ぎ分ける力があるんでしょうね」

「続いてアルキエル選手が続く!」

「先ほどは、大物をバラシましたからね。逆転を狙ってるのでしょう」

「そして、大本命のお兄ちゃん!」

「冬也選手は、竿を握ってませんね。釣るというより、大物を狩る気でしょう。流石は脳筋です」 


 囃し立てる様なペスカの言葉に反応し、客席が騒めき立つ。

 食事そっちのけで、観客達は食い入る様にスクリーンを見つめ、三選手に声援を送った。


「見えたぁ、これは俺の獲物だぁ!」

「独り占めは駄目ニャ!」

「どいてろ、お前等!」


 水面は、巨大な影で埋め尽くされる。その光景が大型スクリーンに映ると、観客達からどよめきが起こる。

 そしてアルキエルとエレナが竿を投げようと構えた所で、冬也が船から飛び出した。

 

 ボクシングのアッパーカットの如く、下から突き上げる様に振るった冬也の拳は、海を二つに割る。そして全長約五十メートル、地球上で言う巨大生物シロナガスクジラを、優に超える超巨大魚が次々と宙を舞う。


 冬也に負けじと、アルキエルが竿を振る。それは、竿を大剣に見立てた、攻撃に他ならない。竿の先から神気の刃が、超巨大魚に向かって、矢のように飛んでいく。神気の刃を受けた超巨大魚は、意識を失って海へと落ちていく。

 そしてエレナは大きくジャンプし、巨大な魚に向かって竿を叩きつけ失神させる。


「私の勝ちニャ!」

「いいや俺だ!」


 次々と、超巨大魚が意識を失い、水面を揺らす。いや、この場合は揺らすでは済まないのだ。そして、どちらがより多く倒したかで、勝負は決まらない。

 冬也が魚群を宙に打ち上げ、アルキエルとエレナが失神させる。超巨大魚襲来の危機は、三柱の手によって収まったかの様に見えた。

 しかし、超巨大魚が落ちた衝撃、そして割れた海が元に戻ろうとする力、この二つが相乗効果を成し、数十メートルはあろうかと思える程の、超大波を作り出す。

 言わば、二次災害の危機である。


 大波は、選手達の乗った小舟を呑み込もうとし、そのまま港へと向かおうと、鋭い牙を剥いた。


 ただし選手の中に、どれだけの神が存在しているのか。そこまで言えば、凡その結果も予測がつくだろう。そして、ペスカとクロノスが落ち着いていた理由も、理解が出来るはずだ。


 中継役の女神フィアーナ、そして女神ラアルフィーネ、二柱の大地母神。それに加えて山の神ベオログが、湾を包み込む程の大きな結界を張り、波を押し留める。

 そして大空の守護神スールとミューモ、ズマとブル、それにソニア、港に戻った空が息を合わせて、水面を静める。


 息の有った連携で、あっという間に危機は去る。そして、残されたのは、観客からの喝采であった。


 選手達の中には、超巨大魚との対決に参加できなかったと、悔し気にしている者達もいた。そして見事な連携に拍手を送る選手もいた。

 そんな中、極めて普通、言い換えれば一般人である安西は、終始呆気に取られていた。


「冬也君。あいつ、何なんです? いや、そうだ神か。はぁ、何だよこれ。先輩も、あんな事出来るんですか?」

「馬鹿か安西。俺にはもう、あんな力はねぇよ」

「それにしても東郷さん。これを見せれば、強硬派の連中を黙らせる事が出来ますよ」

「そうだな翔一。いい土産が出来た」


 波乱が収まると、穏やかな釣り勝負が、再開される。そして長丁場の戦いに決着が着く。レイピアと遼太郎の二名が優勝となった。

 また、冬也、アルキエル、エレナは釣果なし、所謂ボウズであった。

 レイピアと遼太郎は、お立ち台に乗り、二人で優勝カップを掲げる。そして、大きな拍手と声援が二名に送られた。

 

 そして、中継のモニターを見つめていた、ロメリアはある人物と連絡を取っていた。


「どうだい? これぐらいの映像なら、君の懸念を取り払えると思うけど」

「流石は、元邪神だ。あんな化け物を呼び寄せて、彼らに始末させるなんてね」

「これ位の事なら、造作もないよ」

「それにしても助かったよ。力を示して交渉を優位に運ぼうなんて、馬鹿な事を考える連中は、これで大人しくなるはずだ」

「君も大変だ。そんな連中を相手にしなくちゃならないなんて」

「わかってくれるかい?」

「そりゃね。僕は、君に巣くっていたんだよ」

「そう言えば、そうだな。有難く映像は使わせてもらう。これでようやく、そちらと落ち着いた国交の交渉が出来る」

「あぁ、互いの文化と技術を共有し合う。そんな夢は、もっと先の話だろうけどね」

「その頃まで、俺が生きていられたら」

「深山。君が生きていてくれないと、僕が困る。僕は誰を信用して、地球と交渉しなくちゃならない」

「神様にそこまで言われたら、頑張らなきゃな」


 一人と一柱は、通信越しに笑顔を浮かべた。

 これは、かつて地球を壊滅寸前まで追い込んだ者達が繋いだ、未来への第一歩である。

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