誰よ、五時間なんて決めたのは? 場繋ぎする身にもなってよね!

 パーチェには、昨日からひっきりなしに船が到着し、客を降ろしていく。

 港には横幅十メートルにも及ぶ、大型スクリーンと観客席が設置され、客たちの興奮を高めている。また、大型スクリーンの左右には、小型スクリーンが十台ずつ据え付けられている。

 そして作業員達が、最終チェックを行っていた。


 港から宿へと続く道沿いには、屋台が並び香ばしい匂いを漂わせる。何度もパーチェへ訪れる客たちは、様変わりした町の光景に歓声を上げる。

 そして客たちは宿へ荷物を預けると、食事を楽しみに出掛けた。


 一晩明けると、客たちは町へと繰り出し、既に料理を作り上げている屋台で、腹を満たして港へ向かった。

 チケットを係員に渡すと、指定された席へと着く。そして、会話を楽しみながら、大会の開始を待ちわびた。


 合計二十の小型スクリーンは、大会に出場する各選手を映している。そして、大型スクリーン小型スクリーンに映る映像をスイッチし各選手の準備状況を映し出す。

 また、大型スクリーンに映る映像は、各都市に設置されたモニターにも投影されている。各都市でも、モニター前には屋台が並び、多くの客が詰めかけていた。


 そして、大会開始の時間が迫り、パーチェを始め、各都市で花火が上がる。それは、まさにロイスマリア全体を巻き込んだ、大きな祭りであった。

 やがて開始時間が訪れ、大型スクリーンに二柱の神が映る。二柱の登場に、観客たちは大きな声援をあげた。


「とうとうやってきました。第一回、誰が一番釣りが上手いか選手権! 司会は皆さんおなじみの、私こと天才美少女魔法使いペスカで~す! そして解説役にはなんと、クロノスさんが、来てくれました!」

「クロノスです。よろしくお願いします」

「さて事前の予想では、エレナ選手の人気が高い様ですが、どう思われますか? 解説のクロノスさん?」

「そうですね。エレナ選手は器用ですからね、焦れずに待つ事が出来るかで、勝敗の行方が変わるでしょうね」

「エレナ選手の課題は、我慢という事ですね。クロノスさんの予想は、どの選手ですか?」

「優勝候補としては、レイピア選手を推したい所ですね。彼女は、長らく森の中で生活をしていました。釣りにも長けております。また参加選手の中で、一番冷静な判断を下せるのは、彼女でしょうから。上位に食い込むのは、間違いないでしょうね」

「その意味では、ズマ選手も上位に食い込む可能性が高いのでは?」

「そうですね。ズマ選手は、冷静な状況判断が出来ます。如何に魚群を探し出せるかが、勝負の分かれ目になります。的確な情報分析と判断が出来るズマ選手は、確実に上位を狙えると思います」

「なるほど。これは知能を求められる勝負でもあるんですね? そうするとお兄ちゃん、いや、冬也選手はかなり不利ですね」

「彼の場合、下位争いが関の山でしょうね。それだけではありませよ。ベオログ選手は、釣りが初挑戦と聞いています。両選手共に、一匹でも釣る事が出来れば、御の字じゃないでしょうか」


 オープニングの会話が終わると、大音量の効果音と共に、荒々しい海とそれに挑む男達を演出したグラフィック映像が、大型スクリーンに流れる。

 そして、ペスカによる選手紹介が続いた。


 観客を煽る様な選手紹介、そしてお目当ての選手が紹介されると、観客席が湧きたつ。

 観客のボルテージが、最高潮に達した所で、大会開始の鐘が港に鳴り響く。それと同時に、各選手が乗った漁船は、競う様に港から離れる。


「さぁ、勝負の鐘が鳴り響き、選手達の船が、一斉にスタートをした! 勝負は五時間の長丁場、果たして勝利の栄冠は誰の手に渡るのかぁ!」

「そうですね。楽しみですね」

「やはり観客は、エレナ選手に期待が集まってますね。野太い声援から、黄色い声援まで、流石はドラグスメリアでも神と崇められるだけはありますね」

「いや、れっきとした神ですね」

「そして、地元アンドロケインでも、神として崇拝を集めている!」

「いや、だから神ですって」

「そして、エルラフィアでは、猫として愛される!」

「元はキャットピープルですからね、人間達に人気が高いのは頷けますね」

「ちょっと、何言ってるかわかりませんね」

「なんでわからないんだよ! せっかくフォローしてるのに! それと、ネタをパクるな!」

「それはさておき、開始早々に動きが有った模様です。中継のフィアーナさん!」


 ペスカが、大会のリポーターを務める女神フィアーナを呼び出すと、大型スクリーンの映像がスイッチされ、レイピアを映していた小型スクリーンの映像が映し出される。

 そして、柔らかな笑顔と共に、女神フィアーナがスクリーンへと登場した。


「はい。こちら中継のフィアーナです。レイピア選手ですが、開始から五分で二匹を吊り上げてます。いずれも重量は軽いですが、中々の好スタートです」

「ほぉ、流石レイピア選手ですね。また動きが有ったら、中継をお願いします」

「はい。ってちょっと! これで終わり?」

「なんだか、ロリババアが煩いですね。おっと、観客に媚びを売ってます。あざとい、実にあざといリポーターだぁ!」

「後で怒られますよ」


 大型スクリーンへ、颯爽と登場した割に、活躍の場をあっさりと切られた女神フィアーナは、少しムッとした表情を浮かべる。

 ただ、観客の目線を感じ、直ぐに笑顔を浮かべ、手を振り始めた。そして当のペスカは、何事も無かったかの様に、実況を続ける。


「さぁ、クロノスさんの予想通り。レイピア選手、飛ばしてますね」

「そうですね。この大会は、総重量で勝敗が決まります。恐らくレイピア選手は、数を釣る作戦ではないでしょうか。釣りになれた、レイピア選手ならではの、良い作戦ですね」


 クロノスの解説を聞き流しながら、ペスカは小型スクリーンに視線を移す。丁度その時、一つの小型スクリーンで、激しい動きをする選手が映し出された。

 ペスカは直ぐに、スタッフへハンドサインを送る。そして大型スクリーンの映像が切り替わり、アルキエルを映し出す。

 

 アルキエルが竿を引きながら、強引にリールを回す姿に、観客たちの声援が集まる。だが次の瞬間、それは落胆の声へと変わった。

 

「中継のフィアーナさん? アルキエル選手に何が有ったのでしょう?」 

「はい。こちら、フィアーナです。アルキエル選手ですが、先ほどヒットがありました。引きがかなり強い感じでしたので、大物だったと思われます。残念ながら、バラシてしまいました」

「そうですか。他の選手の動きは、どうでしょうか?」

「他の選手には、未だ釣果が有りません。ほとんどの選手が、技術指導を受けながら、竿を振っております」

「ありがとうございました、フィアーナさん。引き続き、選手の状況を追って下さい」

「わかりました、ペスカさん」


 画面に映る時間が、前回よりも長かったせいか、女神フィアーナは満面の笑みでリポートを行う。

 そしてリポートの最中は、大型スクリーンの端に、悔し気な表情を浮かべたアルキエルの姿が、そのまま映し出されていた。

 女神フィアーナのリポートが終わると、大型スクリーンの映像は、実況席に座るペスカとクロノスに変わる。


「さて、解説のクロノスさん。アルキエル選手の事ですから、力を入れ過ぎたんでしょうかね?」

「アルキエル選手の場合、性格から予想するに、合わせが上手く行ったのは偶然でしょうね。そもそもバラさない為には、コツが要りますから。先ずはラインテンションに、気を配るべきでしょうね」

 

 再び、専門的な解説を行うクロノスの言葉を聞き流し、ペスカは小型スクリーンを注視する。

 そして、スタッフへとサインを送り、大型スクリーンの映像を、小型スクリーンの映像とスイッチさせた。


「さあ、ここで開始から十分が経過しました。移動を始めた選手もいますね」

「そうですね。同船してるのは、魚人漁協のベテラン達ですからね。アドバイスを聞いて、釣り場を移動したのでしょう」

「その辺りの連携も、勝負に響いてきそうですね」 

 

 ベテラン漁師のアドバイスを受けて漁場を変える選手、意地になって同じ漁場で釣果を得ようを奮闘する選手、それぞれの様子が大型スクリーンに映し出されていく。

 

 そもそも、今大会は磯釣りではなく舟釣りの為、観客たちの肉眼では捉えられない距離に選手達が居る。その為に用意された、各選手の様子を映す小型スクリーンである。 

 それでも観客席では、小型スクリーンに映るお目当ての選手に、絶え間なく声援を送る。


 十分、二十分と経過し、釣果はレイピアの二匹。それ以外の選手には、未だ釣果が無い。

 そんな静かな戦いが繰り広げられる中、ペスカは司会者らしかぬボケをかまし、たまにリポーターの女神フィアーナを茶化す。そんなペスカに、ツッコミを入れながらも、専門的な解説を忘れないクロノス。

 二柱のやり取りは、地元の観客席だけでなく、各地でモニターを見つめる客たちの心を掴み始めていた。


 またペスカは、選手達の動きを見ながら合間を縫って、女神フィアーナに観客たちへのインタビューをさせる。

 解説者兼プロデューサーの役割を果たし、ペスカは釣りという静かな戦いを盛り上げる。

 そうして、一時間が過ぎようとした頃、再び選手に動きが出始めた。


「はい。こちら、フィアーナです。特別ゲストの東郷遼太郎選手ですが、爆釣モードに入っております。正に入れ食い状態! 流石はいぶし銀、遼太郎選手ですね」

「フィアーナさん、身内びいきはお止め下さい!」

「少し位は、いいじゃない!」

「本音が漏れてますよ、フィアーナさん?」

「おっと、いけない! 遼太郎選手と同じ漁場に移った安西徹選手、工藤翔一にも当たりが出始めている様です。流石は島国日本、日本男児の心意気ですね!」

「おぉ! 言葉の意味はわからないけど、とにかく凄い自信ですね!」

「ペスカさん、パクリは止めて下さい! 何処から苦情が来るかわかりませんよ!」

「クロノスチェックが入ったので、中継を切りま~す!」


 開始から二時間が経過し、中弛みを始める頃、大型スクリーンに映るペスカの前に、地元の料理が運ばれてくる。それと同時に、弁当売りのスタッフが、観客席を回る。

 食欲を掻き立てる映像の影響で、弁当と飲み物が飛ぶように売れる。そして、立ち見客の一部は、席を離れて屋台へと足を延ばす。

 そして観客は、各々食事や会話を楽しみながら、ゆったりと観戦を続けた。


 淡々と竿を振り、着実に釣り上げるレイピア。怒涛の追い上げを見せる、遼太郎、安西、正一。そして、釣りに慣れて来たのか、ズマとブルにも当たりが出始める。

 大会は、残り三時間。誰が栄冠を勝ち取るのか。優勝の行方は、未だ見えずにいた。

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