ハンデなしで対等に勝負できる物? そりゃあ、釣りしかねぇだろ!

 それは、エレナの言葉に端を発した。


 仕事を全うし、休日にはダンジョン攻略に精を出す。そして食のメッカ、タールカールの町パーチェで、食事を楽しむ。

 そんな休日の過ごし方が、最近の流行りになっていた。


 ただし、中には不満を口にする者も存在する。それは、挑戦する度に罠にかかり、深部へと進む事が出来ないエレナであった。

 ズマの都合が合えば、一緒に挑戦している。だがズマは議員であり、それなりに多忙である。

 では、別の賢い知り合いと、挑戦すればいいのではないか?

 

 それでは、エレナ的に駄目なのだ。

 モーリスやサムウェルは、もっと先の深部を攻略している。彼らと一緒に行けば、連れて行って貰った気になり、とても癪に障るのだ。


 では、レイピアやソニアを誘えばいいのでは?

 その場合、彼女たちに断られるのだ。


「切った張ったには、興味がありません。師匠だけで楽しまれたら良いかと思います」

「私も姉さんと一緒です。休暇は、読書がしていたいです」


 無論、しょっちゅうダンジョンに入り浸っているアルキエルに、声をかける気には到底なれない。


「あぁ? てめぇ、俺を頼るんじゃねぇ! 冬也といい、てめぇといい、ちっとは頭を使えよ!」

 

 そんな事を言われるに決まっているのだ。

 では、勇大を誘ったら、どう答えるだろう。

 恐らく勇大は、二つ返事で承諾してくれるはずだ。しかし、頑張って己を鍛えている、勇大の邪魔はしたくない。

 だからと言って、自分の失敗動画を見て笑っている、他の神々を誘う気にもなれない。

 そうして、単独でダンジョンに挑戦し、途中で失敗し外に転送させられる。


 この日エレナは、ペスカ邸を訪れて、たまたま居合わせた冬也へ、食事を作る様に強請っていた。

 

「駄目ニャ。私には向かないニャ」

「本当は頭が良いのにね。なんで、勘ばっか頼るんだろうね」

「ペスカ。仕方ないニャ。本能が叫んでるニャ」

「あぁ? 意味がわかんねぇよ。本能的に危険を察するってんなら、わからなかねぇけどよ」

「冬也は馬鹿ニャ。多少の危険が有った方が、楽しいニャ」

「はぁ、ったく。脳筋組には、五十階層辺りが限度かもね。もっと下には、面白いギミックを用意してあるのにさ」

「ですがペスカ様。六十五階層のあれは、酷かった」

「何よ勇大! 面白かったでしょ?」

「確かに面白くは有りました。ですが、五分で城の中に有る百個の爆弾を処理し、逃げ回る人達を救出しろなんて、そもそも無理ですよ。城の中は迷路になってますし。時間内に爆弾を全部解除しても、五分を経過したら、ミサイルが雨の様に降ってきますし」

「でもあんたは、アルキエルみたいに裏技を使わずに、ちゃんとクリアしたんでしょ?」

「えぇ、まぁ。何度失敗したか、わかりませんけど」

「因みに、アルキエルはどうやって攻略したニャ?」

「魔法で時間を止めたのよ。迷路は破壊して進んだの」

「ずるニャ」

「あの階層はね、入り口にヒントが隠されてるの。そのヒントさえ解ければ、爆弾と出口の位置がわかるの。迷路なんて通らずに、爆弾の場所に転移すれば楽勝で解除出来るの。それに、途中でアイテムを拾えば、逃げ回る人達が勝手に出口へ集まって来るの」

「なんだよ。ネタを聞けば、ヌルゲーじゃねぇか」

「今更、何言ってんの? お兄ちゃんのIQは、低くないんだよ! お兄ちゃんでも、ちゃんと考えれば、解ける様に作ってあるのに!」

「そんな事は、どうでも良いニャ! 何層まで攻略したって聞かれるのが、もう嫌なのニャ! 特にサムウェルがムカつくニャ! 頭脳とか、運とか、腕力とかで勝敗がつかない勝負がしたいニャ! あいつらに、ギャフンって言わせたいニャ!」

「それは、ナニか? ハンデなしの一本勝負って事か?」

「そういう事ニャ!」

「なら、釣りしかねぇだろ」

「何言ってるニャ、冬也」

「だから、釣果で競うんだよ。それなら、お前も参加するだろブル?」

「キャッチアンドリリース、なんだな」


 食事中の会話で、突如決定した釣り勝負。それは、意外な程に盛り上がりを見せる事になる。

 冬也の提案に乗り、名だたる面々が参加を表明する。

 それは既に、個人的な勝負の枠を超え、大会の様相を呈していた。そして、大会の運営には議会が名乗りを上げ、参加者を発表した。


 食の神冬也。その眷属、戦いの神アルキエル、農業の神ブル、大空の守護神スール、大空の守護神ミューモ。

 女神ラアルフィーネ。その眷属、女神エレナ。女神エレナの弟子、レイビアとソニア。

 女神ミュールの眷属、神ズマ。山の神ベオログ。

 女神レオーネの眷属サムウェル。神レグリュードの眷属モーリス。神サイローグの眷属ケーリア。

 女神フィアーナの眷属ゼル。医療革命の母、空。勇敢な冒険者、勇大。

 特別ゲスト三名。

 

 計、二十名で競い合う釣り大会を見る為に、パーチェの町には観光客がどっと押し寄せる。

 そして武闘会の様に、各地へ放送が出来る様に、議会が主体となり会場を作り上げる。

 また、運営側に回ったロメリアは、深山の記憶から受け継いだ能力を、遺憾なく発揮していた。


「チケットが足りない? 設営状況を、ガロスとグラウに確認しなさい。まだ増やせる余裕があるなら、現地の観戦チケットを用意しなさい。それでも足りなければ、立ち見チケットを用意するんだ」

「ロメリア。各地の屋台出店リストです。一読しておいて下さい」

「レイピア。参加者なのに手伝わせて悪いね。それにしても、君は仕事が早い」

「それと報告が」

「良い報告かい?」

「えぇ。魚人漁協の協力を取り付けました。使用する船と釣果確認の同船は、漁協に任せられそうです。パーチェの漁協には、了承を得ています」

「パーチェの住民は、祭りの準備で忙しいだろう。それでも自分達の漁場を好き勝手にされるのは、嫌なはずだ。根回しは助かるよ」

「どういたしまして。そろそろ私も、参加の準備を致します」

「ありがとうレイピア。大会での活躍を期待しているよ」

「盛り上げてみせましょう。お任せ下さい」


 こうして着々と準備が整い、大会の日が迫ってくる。

 そして、大会の準備に伴い、招待した特別ゲストがロイスマリアに訪れる。


「ったく。本当に、もう一度来ることになるとはな」

「凄いですね、この街並み。近未来都市じゃないですか先輩」

「前に僕が来た時とは、だいぶ様子が変わってる。凄い進歩ですよ」

「それは、もう二十年前の事だろ? 東京だって随分と変わったじゃないか」

「いやいや。そういうレベルの話しじゃないですよ。二十年の間に、中世から現代まで進化したんですから」

「おい、いつまでも喋ってねぇで、挨拶に行くぞ。今回の俺達は、親善大使を兼ねてるんだからな。恥ずかしい真似すんじゃねぇぞ」


 一番年長の老人に促されて、男達は目の前にそびえ立つ、大きな建物に近づいていく。

 そして、入り口らしき場所まで歩みを進めると、男達に反応して扉が開いた。


「な、何です先輩! これって動力はどうなってるんです? 電気じゃないですよね」

「あぁ。覚えてるか? 俺の息子や娘が使ってた、奇妙な能力。それとガキが、荒れ地を再生させたやつだ」

「忘れる訳ないですよ先輩! 有り得ない現象のオンパレードでしたからね。まさか、あれが?」

「マナって言うんだ。地球じゃ限りなく薄いエネルギーだ。ここでは、そのエネルギーが循環して、世界を構築してんだ」

「はぁ。なんだか、全く次元が違いますね」

「まぁ、お前が驚くのは、今更な感じがするけどな」


 そして男達は、受付らしき場所へ向かい、訪問の理由を告げる。

 受付をしてくれた女性は、案内を買って出る。そして、女性の後について、エレベーターそっくりの乗り物まで、歩みを進めた。


「まさか先輩。これって、エレベーターですか? なんだか、ここが日本だと錯覚しますね」

「そりゃ、レイピアっていただろ。あいつが、詳しく色々調べてたらしいからな。日本と同じ様なもんが有っても不思議じゃねぇよ」

「因みに、これを動かす動力も、マナってやつですか?」

「その通りだ。ある意味では、電気よりよっぽど効率がいい。それに、自然に害を齎さない。その意味では、安全性も高い」

「まさに理想のエネルギーじゃないですか! 原子力や原油に頼る事の無い、安全なエネルギー。今の地球に一番必要なものだ」

「感動するのもいいが。そろそろ着くぞ」


 エレベーターに酷似した乗り物を降りると、そこは間仕切りされたフロアが並んでいた。そして、間仕切りの間に有る廊下を進むと、扉が見えてくる。案内の女性が、扉をノックすると、再びドアが自動で開く。

 その部屋で待っていたのは、かつての大戦の際に争った、異形の存在が待っていた。


「ようこそ、お三方。お待ちしておりました」

「よく言うぜ、てめぇから誘っといて、出迎えもしねぇ。いい度胸してるじゃねぇか」

「失礼しました。お三方には、こちらの技術を理解して頂きたかったのです。ご無礼をお詫び申し上げます」


 かつて、敵として命をかけて戦い、地球を滅亡寸前まで追い込んだ。その元凶が自分達の訪問に、頭を下げて歓迎の様子を示している。

 確かに思う所は有る。だが、目の前に居るのは、かつての存在とは全く別の存在としか思えない。

 紳士的な態度に、三者は返って緊張感が薄れるような、肩透かしを食らったような気分を味わっていた。


 目の前の存在が、果たして未だこちらを害する存在なのかどうか。それを見極める事も、重要な任務である。

 勧められるままに席へ着くが、三者は改めて気を引き締めなおしていた。


「深山の奴が、どうしてもって言うから、来てやったんだ。お前とあいつで、何か話し合いでも有ったのか?」

「えぇ。そろそろ、交流を深めてもいい頃合いだと思いましてね。ご存じだと思いますが、私は深山の中に巣くっていた存在です。その影響か、深山とは意志の疎通が出来る様になっています。度々連絡を取っては、互いの状況を確認し合っていたんですよ」

「初耳だな。てめぇがあの馬鹿に浄化されたからって、簡単に信用する訳にはいかねぇ。それは、理解してんだよな?」

「当然ですよ。だから、貴方をお呼びしたんです。かつてこの世界の神であり、地球に転生した貴方なら、公平な目でジャッジが出来るでしょ? それに地球の事しか知らない方の意見も必要だ」

「わかってると思うが、迂遠な言い回しは、好きじゃねぇんだ」

「親子の再会。夫婦の再会。古い友人との再会。これじゃあ、お呼びした理由には足りませんか?」

「はぁ、くそっ。てめぇに、含む所がねぇって事だけは、信用してやる」

「ありがとうございます。早速ですが、ご参加して頂く大会の期日が迫っています。お手数をおかけしますが、お三方には現地へ向かって頂きます。一先ず、親善大使の任務は忘れ、一時の休日をお楽しみ下さい」


 目の前の存在が指を鳴らすと、男達の足元が光りだす。

 眩い光に包まれ、その光が薄れた頃には、先ほどまで居た場所とは、明らかに違う場所へと移動させられていた。

 

 中年の男は、最早言葉が出ない様子で、口をあんぐりと開けて呆けている。

 直ぐに近づいて来た案内係らしき男から、色々と説明を受けていたが、中年の男は耳に入っていなかっただろう。


 そして、大会の日がやって来る。その日は晴天に恵まれ、町は朝からチケットを手にした者達で溢れかえっていた。

 三人の男達は、案内係に連れられ、大会本部へとやってくる。そこで、ルールの説明を受け、魚と人間が融合した様な、奇妙な存在と握手をさせられる。

 この世界に初めて訪れた中年の男は、驚きの連続で何が何だか理解出来ないとばかりの様子であった。


 しかし連れの老人は、いつになく闘志を燃やしている。三十半ば位の男性も、同じく闘志を燃やしていた。

 そして、アナウンスが流れて来る。その声は、聞き覚えの有る声で有った。


「レディースアンドジェントルメン、お楽しみの大会が始まるよ! 声援の準備はいいかな? 早速、参加者の紹介といこうかぁ!」


 アナウンスからは、知っている名前も告げられる。そして、最後に三人の男達が紹介された。


「さぁ、ここからはゲストの紹介だよ! わざわざ遠く離れた地球からやって来てくれたんだぁ! 大きな拍手で迎えてよね! 先ずは、かつて戦いの神であり、神の座を捨てて人間となった。最強の神冬也の実父、東郷遼太郎だぁ!」


 かつての武闘会で活躍した男の名で有る。知らない者は少なく、大きな拍手が送られる。


「次に控えしは、東郷遼太郎の後輩であり、弟子でもある。安西徹ぅ~!」


 これもまた。大きな拍手が送られ、紹介された安西は、少し照れながらも声援に対して手を振って応えた。


「そして最後のゲストは、この人だぁ! かつて、ラフィスフィア大陸を救った英雄の一人が、再びこの世界を訪れたぁ! 最高の声援で迎えてくれぇ! 工藤翔一ぃ!」

 

 煽る様なアナウンスに釣られ、今日一番の大声援が送られる。

 当の翔一は、顔を真っ赤にして、恨めしそうにアナウンス席を睨んでいた。


 そして制限時間が五時間という、長時間に渡る大会が始まる。

 参加者は、同船した魚人に船を任せ、釣りに集中し始める。一見、地味で盛り上がりに欠けそうな、釣り勝負ではある。

 しかし、そこには思いがけないデットヒートが、繰り広げられる事になる。

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