ダンジョン攻略って、やっぱり男のロマンだよね
「はぁ、はぁ、はぁ。にしても、ここまで降りると、モンスターも強くなるな」
溢れ出るモンスターを駆逐し、勇大は肩で息をしていた。
冬也達と一緒に、ダンジョンに潜っては、己の修行にならない。そう考えた勇大は、常に単独でダンジョン攻略を行っていた。
ペスカが設計し、ロメリアがモンスターの管理を行うダンジョンは、極めて優秀に出来ていた。
ダンジョンに入る前には、腕時計に似たアイテムを付ける事を、義務付けられる。
そのアイテムは、身体の情報を読み取り、数値化して表示をする。所謂ゲームで言う所の、ステータスに似た情報が表示されるのだ。
体力やマナ残量の数値化、また怪我の状態も表示されている。著しい体力の減少や怪我の状態により、直ぐに治療を要するものだと判断された場合、強制的にダンジョン外に転移させられる。
安全面の考慮は、それだけでは無い。
ダンジョン内には宝箱が存在し、中には回復アイテムが入っている。これらの回復アイテムは、一定時間が経過すると補充される様になっており、体力の回復や怪我の治療を行いながら、ダンジョン攻略を進められる様になっている。
またダンジョンは降下式であり、各階層のボスを倒すと、次の階層への道が開く。階層を降りる毎に、モンスターの強さが増していく。また強さだけではなく、モンスターの出現率も、高くなっていく。
ただし階層によっては、攻略の鍵となるアイテムも存在する。単に戦うだけではなく、知恵を使って攻略するアミューズメント要素も、取り入れられていた。
実践訓練の中に、遊びの要素を含めたダンジョンは、オープン当初から人気を博し、参加者が長蛇の列を作った。
ダンジョンを攻略しても、宝物を手に入れられる訳でもなく、一攫千金を狙える訳でもない。寧ろ、入場料を支払わないと、ダンジョンへ挑戦する権利を得られない。
それにも関わらず、オープンから数か月が経過しても、客足が途絶える事はなかった。
冬也とアルキエルが、夢中でダンジョンを攻略している。それが、大きな宣伝効果になっている事は、間違いなかろう。
それだけではない、安全性を考慮した作りは、挑戦へのハードルを下げていた。その為、職業軍人でなくとも、遊び感覚でダンジョンへ挑戦する者が後を絶たない。
また、平和になったロイスマリアでも、魔獣や一部の亜人の様に戦闘を好む種族も存在する。それらの種族が、実力を試せる場としては、このダンジョンは有用性が高かった。
ただし、ダンジョンに入る前には、決まってパーティーを組んで挑戦する事を勧められる。単独での挑戦は、それなりの実力を証明出来るものがなければ、拒否される事が多い。
何故ならダンジョン内では、必ずしも正面にモンスターが出現する訳ではない。死角からモンスターが現れた時、戦闘経験の少ない者では、対処仕切れない場合がある。
勇大の場合、ゼルと互角に渡り合った経緯から、単独での挑戦が許された。
またダンジョンは、百の階層で出来ている。
十階層までは、多少喧嘩が強い程度で、クリアは可能だ。更に、モンスターには必ず弱点が幾つも存在している。弱点を一つでもを突けば、楽に倒す事が出来る。そして、ダンジョン内に用意されたギミックは、子供向けパズルくらいに楽に解ける。
十階層くらいの浅い階層は、初心者が戦いを覚えるステージとなっている。レジャー目的の挑戦者は、大体が十階層までの攻略を楽しんでいる。
十一から二十階層までは、モンスターの出現率が上がり、パーティーでないと攻略が難しい仕様になっている。
また、浅い階層を抜けた挑戦者の為に、モンスターの弱点が減っている。出現率の増加に伴い、素早く弱点を見極めて突く、そんな対応が必要になる。
更に、二十一階層から三十階層は、戦闘に慣れた者達に対する試練の場である。
モンスターに弱点は存在するが、動きが早く捉える事が難しい。また協力な技を繰り出し、モンスター同士でも連携をしてくる。
かなりの訓練を積んだ者でなければ、攻略がほぼ不可能な難易度である。
当然ながらそこまで到達すると、日帰りで帰る事は難しくなる。
必然的に、用意されてある安全地帯で休養を取りながら、次の階層へ挑戦せざるを得ない。
ただし、ダンジョン内には食料は用意されていない。空腹で倒れる様な事が有れば、腕時計型のアイテムが反応し、直ぐに地上へ転送させられる。
持って来た食料の配分なども考慮に入れないと、幾ら実力が有っても、深い階層への挑戦は難しくなる。
挑戦は誰でも可能である。ただし、階層が深くなる毎に、攻略の難易度が上がっていく。
言い換えれば、攻略難易度の高さ故、腕に自信の有る猛者の心に火を付けたのだろう。
これまでの最高到達記録は、地下七十二階層。記録の保持者は、アルキエルである。次点の記録保持者は二人、七十階層の記録を持つ、モーリスとサムウェルである。
尚、冬也は謎解きがクリア出来ず、五十階層が最高到達階層となっている。冬也は度々、腕時計型のアイテムに迷子だと不名誉な判断をされ、強制的に地上へ戻されている。
更にもう一柱、冬也と同じ階層で、迷子という不名誉な判断を下された神が存在する。
持ち前の本能と嗅覚を頼りに、それまでの階層を潜り抜けて来たエレナである。
一緒にダンジョンへ潜ったズマを振り回し、大暴れした挙句にギミックに引っ掛かり、攻略不能に陥る。そして、ズマに小言を言われるのだ。
「教官。突っ走らないで下さいと、何度も申し上げたではないですか」
「私の嗅覚が、こっちだって言ってたニャ!」
「この辺りのモンスターは、それほど強くないんです。なのに毎回罠にかかって終わるなんて、他の方々に何と言われるか」
「師匠に叱られますよ」
「困るニャ」
「冬也殿に呆れられますよ」
「駄目ニャ! あいつだって、いつも迷子ニャ!」
脱出困難な状態で、エレナはしょげたり怒ったりと、コロコロと表情を変える。
「エレナ。君は、もっと頭を使わないと駄目だ」
「腕輪からロメリアの声が聞こえるニャ。また、覗き見してたニャ。悪趣味ニャ」
「ペスカが、君の醜態を映像記録にしている。公開を楽しみにするといい」
「駄目ニャ! 絶対に許さないニャ! 後で覚えとくニャ! それより、攻略方法を教えるニャ!」
「アルキエルが、馬鹿猫と評する理由がよくわかる。ズマ、君に同情するよ」
「それには及びませんよ、ロメリア。これが、教官の良さでもありますから」
ロメリアは、嫌味を言っているのではなく、真面目に忠告をしているだけ。それを理解しているからこそ、ズマは穏やかな態度で返答する。
こんな光景も、ダンジョンの風物詩となりつつあった。
そして今、勇大は地下四十階層を抜けていた。
四十階を抜けると、モンスターの強さが格段に跳ねあがる。攻撃力の上昇もさることながら、皮膚が頑丈な装甲の様になり、ダメージを受け辛くなる。
より早く弱点を見つけ、攻撃を加え続け、ダメージを蓄積させなければ、倒せない仕様になっている。
ただし、この辺りの階層に現れるモンスターでは、日々冬也達を相手に訓練をして来た勇大を苦しめるには、まだ強さが足りないと言えるだろう。
背後から音も立てずに迫るモンスターを、回し蹴りで吹き飛ばす。
回し蹴りの隙を狙って、人型のモンスターが攻撃を仕掛けてくる、人型モンスターの攻撃を躱しながら腕を掴む。そして空いた手を、人型モンスターの肩に添え、力を籠めて押し込む。人型モンスターは腕を外されながら、崩れ落ちる。即座に背に有る弱点に、マナを溜めた渾身の一撃を見舞う。
吹き飛ばされたモンスターが、態勢を立て直した頃には、一体が始末されている。
すかさず、木に似た形のモンスターに近づき、拳を振りぬく。胴付近を拳で貫いた後、炎の魔法を使い、体内から一気に燃やす。
そして、最初に吹き飛ばしたモンスターの背後へ回り、弱点と思われる個所に連撃を加える。
一般人の感覚で言えば、一体でも攻略不能と思える程の強さである。
勇大は、瞬時に三体のモンスターを撃破した。それは勇大がここまで、ちゃんとダンジョンを攻略してきたからに相違あるまい。
攻撃パータンを的確に読んで躱す。どれだけのダメージを与えれば倒せるか、しっかりと計算して攻撃を加える。それにより無駄な体力や、マナの消耗を減らす。
一つ一つは、何て事のない技術かもしれない。だが、それぞれの精度を高めれば、技へと昇華する。
また何時、何処からどのように、モンスターが現れるかわからない。少しの油断で大きなダメージを受け、強制退場になり得る。
また、探索者を待ち受けるのは、モンスターだけではない。落とし穴程度なら、まだいい。死角から、弓矢が飛んでくる事もあれば、急に道幅が狭まり潰されそうになる事、地雷の様な爆発物が埋まっている事さえある。
常に周囲の状況を観察し、敏感に異変を感じ取る。そうした危機を察する能力は、実際の危険に身を晒さなければ、鍛える事は出来ないのだろう。
時に大胆に、時に慎重に、勇大は歩みを進めていく。そして、群がるモンスターを確実に倒していく。そして勇大の危機感地能力は、最大限に高まっていた。
そんな中、ダンジョンの中で、暢気な話声が聞こえた。
「あれ? この先は確か、冬也が強引に罠を破った場所じゃないか?」
独りごちながら、勇大は入り組んだ道の先を覗く。声は、突き当りの先から聞こえてくるようであった。
「こんな所まで来られるのは、相当の実力者だよな。でも何だろう、罠にでもかかったか?」
丁度、そんな事を呟いた時、声が響いて来た。
「そのマナは、勇大ニャ! 勇大! 助けるニャ!」
「その声は、エレナさん? 何やってるんです?」
「教官が突っ走ったせいで、閉じ込められたんですよ」
「えぇ? ズマさんも? いや、ズマさんが一緒なのに、なんで罠に?」
「そんな事は、どうでも良いニャ! あと五分くらいで時間切れになるニャ。また、最初からやり直しニャ! お前、何とかするニャ!」
「いや、何とかって。そこって、冬也が前に壊した場所ですよね」
「そうだ。丁度、その話しを聞かせてた所だ」
「えっ? ロメリアの声? 遠隔で監視してんのか?」
現在エレナは、小部屋に閉じ込められる罠に嵌っている。そして、罠を解除して外に出せと、喚くエレナに対して、ロメリアは淡々と説明をしていた。
その小部屋は当初、外側に存在する仕掛けを操作すれば、出口が開く様になっていた。
また、閉じ込められた際に発生する、大量のモンスターを含め、小部屋の中に存在する者がちょうど十になった時だけ、出口を開く仕掛けが内部に出現する様になっていた。
しかし以前に冬也は、その罠を強引にこじ開けて、小部屋の外に出た。方法は単純である、その小部屋をモンスターごと破壊したのだ。
それ以来、簡単には破壊出来ない様に、内壁を強化した。また、小部屋内部に出現する仕掛けも撤去された。その上、一定時間経過するとガスが噴き出し、眠らされるギミックが追加された。
「だから、なんでそんな事をするニャ!」
「全部、冬也のせいだよ! あいつはねぇ、こちらの意図を完全に無視して、力づくで解決しようとするんだ。そんなの許せると思うかい? 僕とペスカが、皆の成長を考えて、色んなギミックを用意したのに! あいつは、いつになったら、頭を使う事を覚えるんだ? それは君もだよ、エレナ!」
熱く語るロメリアに、言い返せる者はここには存在しないだろう。
そして、勇大といえば、呆れた様な表情を浮かべていた。
「ロメリアの言う事は、尤もだと思いますよ。次は、もう少し頭を使った方が、いいと思います。それか、ズマさんに頼るとか」
「勇大、ちょっと何言ってるニャ? まさか、助けないで行っちゃうのニャ?」
「まぁ。面倒なんで、先に行きますね。下の階層でお会い出来るのを、楽しみにしてます」
そして、勇大は踵を返し、元の道へと戻っていく。
後方からは、喧しい声が響いていたが、やがてそれも聞こえなくなる。恐らく、ダンジョンの外に強制転移させられたのだろう。
そしてダンジョンの外で待っていたのは、納得出来ない様子で、首を傾げている冬也であった。
「はぁ、何て言うか。ギミックと言っても、ちょっと慎重になれば、気が付く範囲だよね。これ以上先に進めば、もっと難解になるんだろうけど」
「勇大、君の言う通りだ。こんな所で、足止めを食うようじゃあ、先が思いやられる」
「ところで、ロメリア。このダンジョンを設計したのは、ペスカ様かい?」
「あぁ、基本的にはね。僕はアイディアを提供しただけだ」
「じゃあ、ここから先は、難易度が跳ね上がると考えても良さそうだね」
「その通りだ。怖じ気づいたかい?」
「いいや逆だよ。やっぱりダンジョンは、男のロマンだね」
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