ペスカトーレ、おまけ集

東郷 珠

ダンジョンを造らないか?

 二十年の時が経ち、ペスカ邸の使用人も様変わりした。

 ペスカ邸で働けるのは、一種のステータスとなっている。応募者は数えきれない程に多く、それだけに優秀な者達を採用する事が出来た。


 それ故か、料理人が居るにも関わらず、家に居る時は自ら料理をしていた冬也も、料理人に任せる事が増えて来た。

 一部の者、特にアルキエルは不満を漏らしたが、ペスカの説得により溜飲を下げた。


「まぁ確かにな。極上の食い物は、たまに食うから旨いってもんだ」

「アルキエルって、居候の癖に生意気だよね」

「いいじゃねぇか。極上なんて言い方は、正しくねぇよ。ペスカの雇った料理人は、かなりの腕前だからな」

「言うじゃねぇか。料理の神がお墨付きを与えたんだ。期待してるぜ」

 

 ペスカ邸の変化というより、タールカールの変化といった方が正しいかもしれない。

 旧ライン帝国周辺に常駐していたブルが、タールカールに居を移した。

 ブルは旧帝国領で、長い年月に渡り、技術改革を進めて来た。大規模な農場、革新的な技術でそれを管理する人々、そこから派生した食品加工や各地への配送技術と、世界の食を支える地域にまで発展した。

 もう、そこでの役目を終えたと判断したブルは、未だ開墾中のタールカールで力を振るう事にしたのだ。


 そして変化と言えばもう一つ。

 冬也とアルキエルの訓練に、人間が一人増えた事だろう。

 冬也とアルキエルは、ロイスマリアで一二を争う猛者である。その訓練に着いて行ける者は、神の中でも一握りで有ろう。

 その訓練に、ただの人間が混じる事は、自殺行為に他ならない。

 しかしその人間は、決して互角と言えずとも、冬也達の訓練にしがみついていた。


 ペスカ邸の直ぐ裏に建てられた訓練場。それは、ドワーフとサイクロプスの技術、そして現代建築の粋を集めて造り上げられた。しかも使われた部材には、冬也とアルキエルの神気が多量に含まれている。

 言わばその訓練場は、冬也とアルキエルが存分に暴れられる為だけに造られた。

 そしてその訓練場で、一人の少年が肩で息をし、大量の汗を流し、四つん這いになっていた。


「シグルドぉ! まだまだあめぇぞ!」

「はぁ、はぁ、くそっ! もう少しで届きそうなのに」

「馬鹿かてめぇは、百年早えぞ!」

「アルキエル。シグルドじゃなくて、勇大だ。名前くらい、そろそろ覚えろよ」

「いいよ、冬也。呼び名は好きにしてくれ」

「馬鹿か勇大。お前の名前は、親から貰ったもんだろ。大事にしろ」

「ありがとう冬也。でも、今の僕はそれよりも、君達に一矢報いる事が大事なんだ」

「はぁ。相変わらず、真面目なのはいいけどよ。そもそも俺達とお前じゃ、決定的な違いがあんだろ?」

「マナと神気の違いって事かい? それは言い訳だよ。君は碌に神気を使えない状態で、ロメリアを追い詰めた。君に出来て、僕に出来ない事が許せない。僕はまだまだ、修行が足りてないんだ!」

「取り敢えず、飯にしようぜ。勇大、お前はちゃんとストレッチしとけよ」

「あぁ、わかってるよ」


 シグルドとして、勇敢にアルキエルへ立ち向かい、傷を負わせた。それはシグルドの魂魄を、虹色に輝かせるまでに至らせた。

 そしてシグルドは、勇大として才能という秘めた力を持って、日本に生まれた。また才能を開花させたのは、かつて戦いの神であった冬也の父、遼太郎である。

 十代前半にして、地球上では並ぶ者なし。ただ、それでも鍛え続けた冬也とアルキエルには、及ばなかった。

 

 ただしそれは、神を除いてである。

 冬也とアルキエルに師事し、訓練を重ねて来たゼルは、レイピアとソニアと対峙しても、互角に渡り合う程に成長した。

 そのレイピアとソニアは、エレナによって更に鍛えられている。そんな彼女らと渡り合うゼルと、勇大は互角の勝負をしてみせたのだ。

 それだけでも、勇大の強さは人間離れしていると言えよう。

 

 もしかすると、今の勇大であれば、かつて敗れた時のアルキエルに、勝利できるかもしれない。

 だが成長しているのは、勇大だけではない。冬也とアルキエルもまた、更なる実力をつけている。


 埋まらない差、それは技術云々だけではない。冬也の言う通り、根本的な違いが、勝敗を決定的なものにしている。

 冬也とアルキエルは、神気を使う事が出来る。無論、勇大を相手に、全力で神気を使う事はない。あくまでも体を動かす為、最低限の神気しか使用しない。

 全力を出せば、人間である勇大の肉体は、粉微塵に砕けてしまう可能性が高い。


 対する勇大は、人間離れした強大なマナを利用して、全力で冬也達に挑む。

 冬也とアルキエルは、出来るだけ条件を同じにする様に努めている。では何故、勇大では冬也達に適わないのか。

 一つには、鍛え上げられた技術が上げられる。そして一番大きな要素は、スタミナであろう。


 冬也達は、力を抑えている状態である。それに対して、勇大は常に全力で挑んでいる。

 そして、彼らを支えるスタミナの根源は、神気とマナ。余裕が有り、神気をスタミナの維持に回せる冬也達が、勇大を圧倒するのは極めて自然であると言えよう。


 ただ、それを負けた理由にする事は出来ない。それが、かつてシグルドを天才と言わしめ、現在の勇大を地球最強と言わしめた。

 勇大は、ストレッチを行いながらも、戦いを思い出し対抗策を想像する。

 その一方で、家に戻った冬也達を、来客が待ち受けていた。


「お前さぁ。実は暇なんだろ?」

「君は相変わらず馬鹿なのか? 僕は時間を作って、ここに来てるんだよ。それとも、僕がここに来るのは、迷惑とでも言うのか?」

「そんな事はねぇよ。いつだって来てくれて構わねぇ。それで、今日は何の用だ?」

「あぁ、フィアーナから聞いたんだよ。君の所の料理人は、最高の腕だってね」

「そういう事か。なぁ、アルキエル。俺より、お袋の方が食の神らしいじゃねぇの?」

「馬鹿か冬也ぁ。お前は作る側、フィアーナは食う側の神だ。勿論、俺とこいつも食う側だ」

「はぁ、君と一緒にしてほしくないんだけどね、アルキエル」

「んだと! ロメリアぁ!」

「うるせぇよ、アルキエル。騒ぐんじゃねぇ! ロメリア。丁度、これから飯にする所だ。一緒に食おうぜ」

「あぁ、そうさせてもらう」


 冬也達はロメリアを連れて、食堂へ向かう。そして、他愛もない会話をしながら、料理が運ばれてくるのを待つ。

 やがてストレッチを終えた勇大が、食堂の戸を開ける。また匂いにひかれて、ブルも食堂へ入って来る。

 更に何を嗅ぎつけたのか、ペスカが空間を移動して、食堂へ入って来た。


 皆が席に着いた頃、食事が運ばれてくる。

 流石にペスカが厳選し、冬也が技術指導を行い、舌の肥えた女神フィアーナやアルキエルに鍛えられた料理人である。

 超一流と言って過言ではない腕前に、一同が舌鼓を打つ。また、他愛も無い会話が、料理に花を添えているのだろう。

 そんな賑やかな食卓で、冬也が何気なく放った言葉に、ロメリアが大袈裟な反応を示した。


「はぁ? 君はそんな事を考えていたのかい?」

「それが、お兄ちゃんの夢だったからね」

「君もかペスカ。なら、何で早く言わない!」

「なんでお前に、言わなきゃなんねぇんだよ!」

「だから君は馬鹿だって言うんだ! いいかい! かつての僕が何をしたか、覚えてないのかい? そして、君が困っている原因を解決できるのは、ロイスマリアの中でも僕しかいないんだよ!」

「よくわかんねぇよ。どういう事だ?」


 冬也は以前から、ダンジョンを造りたいと語っていた。

 それは、自分が楽しみたいからだけではない。実践訓練が出来る場を設ける必要性を、感じていた。


 ペスカが設計した仮想空間での戦闘訓練は、非常に高い完成度を誇る。

 例えば、アルキエルとまともに対抗できるのは、冬也しか存在しない。

 しかし冬也は、タールカールの復興や、ロイスマリア各地で料理の技術指導を行っている為、いつも稽古の相手をしてくれる訳ではない。

 だから、アルキエルが暇を持て余した際は、仮想空間での戦闘訓練を行っている。アルキエルをして、ある程度の充足感を得られている。

 

 それは、仮想空間だから実現できる事でも有る。蓄積された戦闘データを基に、難易度を調整する事が出来るのだ。

 ただし、それを利用する事が多いアルキエルでさえ、暇つぶしとしか考えていない。


 仮想空間での戦闘は、経験として身に宿る。神気で肉体を具現化する神なら、それで充分だろう。しかし生物では、その限りでない。想像の中で理想の動きが出来たとしても、肉体を理想通りに動かすには至らない。結局は、肉体面の訓練も必要になるのだ。

 

 そこで冬也が考えた解決策は、ダンジョンを使った模擬戦闘体験であった。

 しかし、そこには大きな問題が有った。そもそも敵をどうやって用意するのか、仮に敵を手配出来たとして、死に至る程の危険性が有れば、議会では承認されない。

 またそこで、冬也やアルキエルが敵役として登場すれば、自分達がダンジョン攻略という、男子の夢を叶えられない。

 そんな根本的な問題を、一気に解決する事が出来るのは、何を隠そうロメリアであった。


 ロメリアが邪神と呼ばれていた頃、世界を蹂躙する為に、多くのモンスターを生み出した。即ち、モンスターを生み出し、それを操る事が出来るなら、敵役として持って来いであろう。

 

 ロメリアが説明を終えると、ペスカが要点を纏めていく。

 戦いに興味が無いブルだけは、話しに参加せず農園へと戻っていったが、冬也とアルキエルは前のめりになっていた。

 ロメリアとペスカの間で、企画内容がかたまっていく。そんな時、ふと思い立ったのか、アルキエルが口を開いた。

  

「あのよぉ、ロメリア。お前が作れるモンスターは、俺達よりも強いのか?」

「はぁ? 常識的に考えなよ、アルキエル。僕よりも強いモンスターは、生み出せないよ。君達の足元にも及ばない僕には、君達よりも強いモンスターは生み出せない」

「おい! ロメリア! それじゃ話が違うじゃねぇか!」

「落ち着きなよ、冬也。ロメリアの考えは、そんなに単純じゃないと思うよ」

「勇大の言う通りだ、冬也。ダンジョン探索をする際、君達の能力を極端に制限する。少なくとも君達は東京で、神気を使えずに苦労しただろう? それよりもっと制限すれば、君達の挑戦心を満足させる事が出来るはずだ」

「それと、安全性に関しては、私がプログラムを組むよ。ある程度ダメージを受けたら、強制的にダンジョンから排除する魔法をね」

「それなら、糞弱い野郎共も安心して使えるって事か。やるじゃねぇか、ペスカぁ!」

「あのねぇ、アルキエル。お兄ちゃんが言い出した時に、そんな魔法くらい考えてあったよ。あんまり馬鹿にすると、お仕置きするからね」

 

 企画を考えたのが、冬也とアルキエルなら、議会で承認される事は無かっただろう。しかし、その企画はペスカとロメリアが完成させた。議会が否認する理由がない。

 

 議会の承認後、ダンジョンの建設が始まる。それは、タールカールの新たな名所となる。

 そのダンジョンで、本来鍛えるべき人間や亜人、それに魔獣達を差し置いて、冬也とアルキエルが暴れまくるのは別の話し。

 それとは別に、ダンジョンを探索をし、冒険心を満たした勇大が居た事も、また別の話しである。

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