親友の告白

マンドラ

友達以上恋人未満

「告白されたんだ、親友に」


 幼馴染のミチコは、幼稚園のころから活発なやつだった。

 小学生時代は僕や同年代の男子とよく一緒に遊んでいたし、スカート姿は中学の制服を着るまで見たことがなかった。髪の毛もいつも短く切っていて、ジャージを着ている時なんかは、よく男子と間違えられていたものだ。

 僕とは同じアパートのお隣さんで家族ぐるみの付き合いもあり、母はよく「みっちゃんはホント頼りになるわよねぇ。アンタもあの子を見習って、もう少し男らしくなりなさいよ」と言っていた。

 男らしさなんていう前時代的バイアスで我が子を見ないで欲しいとは思うが、そもそもどちらに対しても失礼な言い草ではあるまいか。


 そんな彼女が僕に色恋の話をしてきたのは、高校二年の一学期が終わってすぐだった。

 夏休みの宿題というタイムシンクは出来る限り最小限に抑えるのが信条である僕、カケルは、その言葉を額面通りに受け取るのにやや時間を要した。そして自由工作のペン立てを作るためにこねていた紙粘土が十分に柔らかくなった所で、ようやく口を開いた


「……親友ってさ、マコトの事?」


 ミチコは計算ドリルに顔を落として難しい顔をしながら、小さく頷いた。


 彼女の部屋の中央にあるローテーブルに顔を突き合わせ、こうして二人で宿題を片付けるのも、小学一年から数えて十一年目になる。いつもであれば成績表の話だとか、秋の文化祭の話でもしている所だったが、この日は違った。


「マコちゃんは親友だし、もちろんアタシだって好きだよ?

 二人で遊びに行くのも今までに何度もあったし……。

 ほら、こないだ話題になってる『花と雪の女王』が観たいって話、したでしょ?

 それで先週の土曜日に観に行こうって誘われて、ご飯食べて映画館に行ったの。

 そしたら――」


 ミチコは少し躊躇とまどい、言った。


「そしたら、映画の途中で手を握ってきたから……ビックリしたよ」


「ありのままの姿を見せてきたのか。ていうか、あいつそんなに積極的なやつだったの? 知らなかったなあ」


「……そういう問題じゃないよね?」


「……そういう問題じゃないね」


 マコトとは中学校からの同級生で、印象としては至って真面目なやつだ。

 スポーツは少々苦手だが、勉強は出来るし顔もいい。

 あまり話したことはないが、悪い噂は聞いたことがないし、陰口を叩いている姿も見たことはない。読書部に所属していて、前に一度図書の本を乱雑に扱うクラスメイトに文句を言っている所を見たことはあるが、それだって正当な要求の仕方だった。

 率直に言っていいやつだ、と僕は思う。

 人間的な問題は全くない。

 問題があるとすれば、それは一点。


 マコトがであるということだ。


 彼女は活発なミチコと対照的に大人しい性格で、浮薄ふはくな男子共が放課後、不定期に開催している『学年女子・美人ランキング』では、清楚系部門のベスト四には常に食い込む存在だ。

 長い髪にはいつも綺麗な天使の輪が浮かび、メガネ越しの穏やかな瞳は、同じ高校二年生ではあるが、大人の佇まいをも感じさせる。いいやつという言葉には語弊があった。クラスのマドンナ的存在とでも言い換えておく。

 うろ覚えだが、女性の敵は女性という話を耳にしたことがある。

 教室にいると嫌でも耳の端に聞こえてくる、女子達の何気ない陰口を聞いてると、当たらずとも遠からずといった所だろう。

 それが理由かどうかは別としても、大人しい性格のマコトは一人でいる事も多かった。

 しかし僕の幼馴染は人間関係の壁が極端に薄いやつなので、気が付いた時にはそんな彼女ともすぐに仲良くなり、勉強が苦手なミチコをマコトが助け、運動の苦手なマコトをミチコが助ける。そんな具合に二人はいつも一緒のグループで行動していた。

 友情のルームシェアとでも言おうか。その同棲相手が告白をしてきたというのだ。同棲ではなく同性のミチコに。


「どうせいっちゅうねん、ってところだね」


「ちょっと、ふざけないで聞いて欲しいんだけど?」


 そう言って彼女は項垂うなだれた。


「アタシは親友を一人失いかけてるんだからさぁ」


「いやいや、断ったからって友情まで失われる事はないだろ?

 ほら『いい友達でいましょう』って、その類のシチュエーションでは常套文句じゃないか」


 僕は数少ない恋愛のボキャブラリーを引き出してみた。恋愛小説は読まないし、ドラマも観ない。ちなみに現実でも、残念ながらその類のシチュエーションに遭遇したことはない。


「それってむしろ一番傷つくやつでしょ。

 マコちゃんは真面目だし、いい子だから傷つけたくないんだよ。

 マコちゃんが平気でも、アタシが意識しちゃう気がするしさぁ」


「それなら受け入れて、付き合っちゃえばいいじゃないか。

 親友から恋人って名前に変わるだけで、今まで通りにすればいいだろ」


「あ~……恋人になるってさぁ」


 言った彼女の頬に赤みがさす。

 そして小さく呟いた。


「あ、あるんでしょ? ほら、恋のABCみたいなのが……知らないけど」


「あるらしいね、恋のABC。知らないけど」


 自分で言っていて悲しくなるが、現実は認めなければならない。そう、僕にもミチコにも恋人がいたことがない。良く言えば恋愛ビギナー、悪く言えばねんねちゃんだ。

 そこに同姓からの告白という圧倒的にレベルの高い問題が舞い降りたというワケだ。

 恋の相談なんで僕にするなよ、と思ったがあまり人に話せる問題でもない。この不毛極まりない恋愛机上空論会議には早々に終止符を打ち、幼馴染の僕がひと肌ぬいでやるしかないだろう。図画工作の評価は2だったが、創意工夫には〇が付いているのが僕である。


「まあ、経験値は足りないけど」


 芸術的センス溢れるペン立てを見事に完成させ、未だに計算ドリルの一問目で苦戦している彼女に言った。


「経験者なら知ってるよ」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 次の日、僕とミチコは電車に乗り、隣町で叔父さんが経営している美容室に向かった。

 叔父さんはお母さんのひと回り上の兄で、僕らが小学生の時、毎年夏休みになるとキャンプに連れて行ってもらっていた。

 中学に上がって以降会っていなかったが、昨日連絡したらすぐに予定を空けてくれたのは嬉しかった。

 そろそろ五十代に差し掛かろうという叔父さん。

 いや、正確には元・叔父さんになるのだが。ここではユウキさんとしておこう。

 出迎えてくれたユウキさんは、キャンプ当時の記憶しかないミチコにとっては別人だった。

 真っ黒な短髪は肩まで伸びた金色のソバージュに。日焼けして浅黒かった肌はミチコよりも白く。男らしかった太眉は揖保乃糸いぼのいとのように細くなっていた。


「あら!みっちゃん久しぶりぃ~、元気にしてたぁ? 小学生の時以来じゃない?

 背ぇ伸びたわね~……ムネはあんまり変わらないわね。

 カケルもお・ひ・さ!お母さんは元気?

 まあいいから入って! 話は聞いたわよ、みっちゃんモテモテねぇ。

 あたしに出来ることなら協力するから、なんでも言ってねぇ」


 満面の笑顔でミチコの手を握りブンブンと振っている。その胸元にはボリュームのある『何か』が入っているようで、ユサユサと上下に揺れていた。昔と変わらぬガタイのいい腕に振り回されているミチコの表情は豆鉄砲を喰らったハトのようだった。


「ユウキ……叔父……さん?」


 大きい目をパチクリさせて言った。


「そうよ、今は叔母さんだけどねぇ」


 と言って、元・叔父さんはガハハハと笑う。


 ユウキさんは数年前に突如、結婚すると告げて海外に旅立っていった。

 もともと無軌道な人だったからお母さんも親戚の人もあまり気にもとめていなかったが、性別を変えて戻ってきた時には流石に色々とゴタゴタがあったらしい。

 詳しくは知らないが、実家からは勘当に限りなく近い処遇を受けたと聞いている。

 まあ、実家に居つくような人ではないから関係ないんだろうけど。


「それでね、結婚するって約束してた人が浮気したからそのまま置いて帰ってきたのよ。

 あんな男に騙されてたなんて、あたしもバカよねぇ」


 ゴツゴツした指に細いタバコを挟み、ため息と煙を吐き出しながらそう呟いた。

 美容室の休憩室に通され、僕とミチコはユウキさんの話を聞いていた。


「いい人だったのよ。知り合ったのは日本なんだけどね。

 やっぱり日本って、付き合ってても世間の目ってあるじゃない?

 あっちの国じゃ同性婚もオーケーだからって言われて付いて行ったんだけど」


 タバコがグシャリと灰皿に突き刺さる。


「あたしが手術してる間に他のオトコとねんごろしてやがったのよ! ホント最低!」


「ひどい! 最低ですよ、その人!」


 ミチコの拳に力が入る。


「ホント最低よね!  ……でもね、自分の生き方を変えるキッカケになったから、それでも良かったなって思うのよ。性別とか気にして生きるの、性に合わなかったし。

 私は今の生き方が好きだから戻るつもりもないわ。自分らしく生きたいって人を応援できる美容師って仕事にもつけたしねぇ」


「……で、今回応援してもらいたいのが彼女なんだけど」


 僕が切り出すと


「ほぇ!?」


 ミチコが変な声を出した


「まかせて! みっちゃんの為だものぉ、ひと肌もふた肌も脱ぐわよ!」


 そういって彼女の腕をむんずと掴み、なかば引きずる形で休憩室のドアをバタムッ!と閉めて出て行った。


「あらヤダ! 髪の毛パッサパサじゃない。ちゃんとケアーしてるの?

 どうせ髪が短いからって自然乾燥にしてるんでしょ?

 年頃なんだからお風呂上りのトリートメントもサボっちゃダメ!」

「え、だってめんどくさ」

「そういう所がダメなの! 髪の毛の美しさは重要なモテポイントなのよ?」

「モテとかそういうの」

「細かいポイントを一つずつ抑えていかないとダウンするの! 女子力も人生の士気も!

 いい? 容姿は減点式で見られるのよ? 加点されるのはフェチポイントだけ!

 髪だけじゃなくてコーディネートも気にしないとダメね! よし、終わったら服買いにいくわよ! 夏休みでしょ? 髪もいい感じに染めちゃうから覚悟しなさいよ!」


「カ、カケル! カケル助けて!」


 扉の向こうから助けを求める声が聞こえてくるような気がしたが、彼女の事はユウキさんに任せて、僕は待ち時間の間に持参した計算ドリルを片付けることにした。

 タイムシンクは最小限に抑えなければならない。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌週、ユウキさんの見立てた服と教え込まれたメイクで、彼女は出掛けて行った。

 マコトに告白の返事をするという名目で、また二人で遊びに行くという。

 その日の彼女は、普段なら絶対に着ないような可愛らしい服装で、かつ拒否反応をおこさないギリギリのラインを見事に見極め、コーディネートされていた。ミチコは馴れない格好に戸惑っていたが、僕は心の中でユウキさんを賞賛した。

 馬子にも衣装である。


 マコトが彼女を『男』として見て告白してきたなら、これで問題は解決するかもしれない。

 可愛らしい服装の彼女を見れば、恋愛対象のリスト落ちは確実だろう。

 我ながら素晴らしい作戦だ。創意工夫〇である。

 逆に『女』として見ているとすれば、事態を悪化させることになるかもしれない。が、それは杞憂だろう。

 ミチコは僕よりも男らしいのだから。


 夕方に帰ってきたミチコからの連絡で、夕食後にアパートの屋上で待ち合わせた。

 ここは簡易な門扉があるだけで、誰でも出入りができる場所である。昔から家で出来ない話をする時は、この場所を使っている。

 彼女は化粧を落とし、いつもの服装に着替えて待っていた。馬子である。


「で、首尾はどうだった?」


「お買い物は楽しかったよ。なんか悪くないね、ああいう服着るのも」


「いやいや、本題の恋のABCについて聞いてるんだけど?」


「ああ……えっとねぇ」


 彼女の視線が横に逸れた。


「その話は出来なかったんだ。ほら、別にキスしましょうとか言われたわけじゃないし、なんかいつもと同じように遊びに行った感じだったから。

 マコちゃんからも聞いてこなかったし、気まずくなるよりはいいかな~って……」


 あ、そうだ。とケータイを取り出す。


「ほら、プリクラ撮って来ちゃった」


 差し出された眩しいくらいにティーンエイジな写真を一瞥し、僕は眉をひそめた。

 目の大きさと可愛さが二割増しされた女子高生が二人仲良く手を繋いでいる。


「……なにまんざらでもない顔で手繋ぎピースしてんだよ?」


「だって、友達同士だって手つないだりするし…今までだって何枚か撮ってるよ?」


 僕は少し苛立ちを覚えた。何を能天気なことを言ってるんだ?

 困っていたから相談してきたんじゃなかったのか?


「あのさ、お前は男と女、どっちと付き合いたいワケ?

 このまま、なし崩し的にオーケーするつもりなのか?

 手握ってきたってことはプラトニックな関係を望んでるんじゃないんだろ?

 キスだなんだってのに発展していくの、お前も望んでるのか?」


「そ、そういうのは、好きな人としたいよ。

 マコちゃんは好きだけど、親友の好きっていうか、恋愛とは違うんだよ」


「だったらハッキリ断れよ。次はホテルにでも遊びに行くのか?

 いい子だから傷つけたくないって言って、されるがままになるのか?

 同性だからって、危機感なさすぎるんじゃないか?」


「……カケル、怒ってるの?」


 見ると彼女は心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。

 その時まで、自分が語気を荒げて話していることに気が付かなかった。

 何を熱くなってるんだ、らしくもない。そんな気持ちが胸の中で渦を巻いた。


「……怒ってないよ」


 怒る理由なんてない。ただ相談に乗っていただけだ。


「……解決の役に立てなくて悪いな」


 彼女の力になりたい。それだけのはずだった。


「謝らないでよ、アタシが相談したのに。親友だからって、断れないのが悪いんだから」


 彼女は一歩近づき、僕の手を取る。

 風呂上りなのか、せっけんの香りがした。


「友達として手を握るのと、恋人として手を握るのは違うよね」


 これは、どっちだろう。


 彼女はまっすぐ僕を見て、言った。


「断ってくる」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 あの夜以降、ミチコと会わないまま夏休みが終わった。

 こんなことは今まで一度だってない。夏休みの宿題を消化する為に家を尋ねても、外出中だの具合が悪いだのとのらりくらり躱され、次第に僕も家に足を向けなくなった。

 電話をしても出ないし、通話アプリにも既読が付かない。

 なにかあったんだろうか? 僕はなにか避けられるようなことをしたか?

 理由は判然とせず、やきもきした気持ちを抱えたまま二学期を迎えた。

 全校集会が終わり教室に戻り、クラスメイトと顔を合せる中で彼女の姿を見つける。

 話しかけようと近づいた僕の前に、遮るようにあいつが現れた。


 マコトだ。


「カケル君、放課後ちょっといいですか? 話したいことがあるんです」


 彼女はにっこり笑っていたが、メガネの奥にある真意は読み取れない。

 浮薄ふはくな級友達が色めき立ちっている。普段話さない男女が話をするだけでコレだ。

 僕が臆せずに「わかった」と答えると、ヒュゥッと黄色い口笛がどこかから飛んできた。


 マコトの肩越しにミチコと一瞬目があった。心配そうな顔をしている。

 だが、すぐに逸らされてしまった。


 一体なんなんだ……。

 

「それじゃあ、また」とだけ言って、マコトは席に戻る。

 チャイムがなり、授業が始まった。


 放課後に男女が二人で話す場所というのは、意外と限られている。

 公然と認められているカップルや、後ろめたさなど全くない人たちなら、どこだっていいだろう。だが僕とマコトの場合はそうはいかない。

 その点、部員数が片手で数えられる程度しかいない読書部に所属している彼女は、図書室に隣接する図書準備室が使えるので問題はなかった。


「みんなごめんね、ちょっと学級活動の件で話があるから」


 彼女が言うと、それが嘘であることなど疑いもせず、他の部員達は部屋を空けてくれた。

 図書室に入りきらない本や帳簿などが雑然と置かれた準備室は薄暗く、蛍光灯もついているのに、夕暮れのような雰囲気が漂っていた。


「さて」と彼女が切り出した。


「カケル君とこうやって二人で話すのって久しぶりですね。

 ……私がミチコに告白したこと、ご存じなんですよね?」


「ああ、彼女から聞いたよ。親友を失いそうで困ってるって」

「そうですか。家が隣ですもんね。

 いっぱい話ができて、羨ましいなあ」


「彼女の様子がおかしいんだけど、君は何か知ってるか?」


 「いいえ」と首を振る。

 白々しいくらいに平然と。


「君の告白を断ってくる、と言っていたんだ。

 それきり話が出来ないでいる。関係ないとは思えないんだけどね」


「ああ、そのことですか。断りませんでしたよ」


 マコトは笑った。先刻教室で見たのと同じように。


「断ったら、私死にますってミチコに言ったんです。だから、断られてないですよ」


 彼女は嬉しそうに言う。

 脅迫?

 それでミチコの様子が変だったのか?


「……親友のやることじゃあないと思うね。彼女の意思を尊重しろよ」


「尊重して得られるものなら、いくらでも尊重しますけど?」


「そんなんで彼女を束縛したって、幸せにはなれない」


「別に幸せになるのが目的じゃないんですよ。今、好きな人と一緒にいられたらいい。他の人にとられたくない。それが叶ってるんですから十分です。それに私は今、幸せですから」


 マコトはまた、にっこりと笑う。


「あの子は優しいから、他の男の子と連絡とったりしないでねってお願いも、律儀に守ってくれてるみたいですね。嬉しいなぁ、大切にされてるって実感できます」


 ――そういうことか。


「はい、そういうワケなので。カケル君、今後はミチコにあんまりチョッカイ出さないでくださいね? ほら、あの子も困っちゃいますから。」


 マコトが男だったら殴り掛かっていただろう。奥歯をかみしめ睨みつける。

 彼女は冷笑を浮かべている。自分の優位を分かってるんだ。


「ああ、でも――」


 彼女はくるりと後ろを向いた。

 長い髪がふわっと跳ねる。


「断られてないってだけで、別に告白にオーケーしてもらったわけじゃないんですよねぇ」


 そう言ってため息をついた。

 そしてまたくるりとこちらを向き直る。


「私って純愛主義なんですよ。手を繋ぐとか見つめ合うのはいいんですけどね。

 もしミチコが誰かとキスしたことがあったら、幻滅しちゃうって言うか……無理なんです。

 それで、幼馴染のカケル君ならミチコの恋愛経験を知ってるかなって思ってお話を――」


 僕は最後まで聞かずに、準備室を飛び出し脱兎の如く駆け出した。

 背後からマコトの視線をずっと感じていたが、振り払うように走った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 息を切らして階段を駆け上がり、家の前まで着いた。

 ミチコの家のドアに付いている郵便受けから、失礼を承知で中を覗く。

 よし、この時間はミチコのお母さんはパートに行っていて留守だ。

 彼女の靴がある。

 僕はさらに失礼を承知でドアを開けた。

 

 勢いがつきすぎてバァン!といい音が響いた。


「ほぇ!?」


 見ると廊下の先にあるキッチンで、まだ制服姿のままのミチコが麦茶のコップを持って固まっていた。


「お邪魔します!」


 靴を脱ぎ、答えを待たずにズンズン上がり込んだ。

 そして彼女に詰め寄り、肩を掴む。

 息を切らしたまま、言った。


「ミチコ! キスしてくれ!」


「ほぇえ!?」


「お前の為なんだ! 頼む!」


「え?えぇ!?」


「落ち着いて聞いてくれ、お前の意思を尊重したいんだ!」


「カ、カケルが落ち着いてよ! なんの話なの?」


「こうでもしないとマコトの束縛から逃れられないんだって! 分かれよ!」


「ふぇ!? ちょ、ちょっと待って、心の準備が……」


「ごめん待てない!」


「んっ! ……!!」


 ゴトン、とコップの落ちる音がしたことまでは覚えている。が、その先は真っ白だった。

 覚えているのは、彼女の唇が想像以上に柔らかかったことと、ミチコが僕よりも男らしいというのは、間違っていたということ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 それからの僕たちについては、あまり取り立てて書くことはない。

 子細しさいに書くと文章がふやけてしまうので、出来れば、触れないでもらえると助かる。

 ビギナーは失敗を経験して成長する。だからこれから先の失敗は必要悪ということになる。

 その失敗を笑うのは間違っている。僕らは今、歩き出そうとしているのだ。


 話は戻るが、あの日の夜、マコトから謝罪の電話がかかってきた。

 ミチコにはすでに謝罪の電話をしたこと。

 謝罪の為にミチコに電話番号を教えてもらったこと。

 告白から脅迫からなにから、全て演技だったこと。

 その理由は僕たち二人をくっつける為だったということ。

 走り去る僕の後ろ姿にエールを送っていたこと、などだ。

 なんでこんなことを、と言う僕の問いに彼女は「だって……」と切り出した


「私、タイムシンクって嫌いなんですよね」


「ほぇ!?」


 変な声が出た。


「幼馴染なのをいいことに、安心しきって気持ちを伝えない人っているじゃないですか?」


 僕はその言葉を額面通りに受け取るのにやや時間を要した。そしてミチコをデートに誘う計画を練るために書いていたメモがひと段落した所で、ようやく口を開いた。


「マコト、今後はミチコにあんまりチョッカイ出さないでくれ、僕が困る。」


 そして、二人で笑った。

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