絶望と希望と、そして、絶望と
私は宣言しようとする。
「撤っ――」
撤退と口にしようとした瞬間、私の全身を悪寒のようなものが走った。それはまさに〝嫌な予感〟
そして、その不安は的中する。
――ザザザッ!――
頭上はるか遠く、斜面の頂の陰から大集団が姿を現した。敵である山賊たちの本隊だ。その数、ざっと40以上はあるだろうか?
それが横一列に並び武器を構えて一斉に横並びになっている。それはまさに悪夢のシルエット。あれを防ぎ切るほどの戦闘力は私たちにはない。
「そんなまさか? 私の〝探知〟にかからなかった?」
戦闘開始前に敵の総数を把握するために、精術武具の力で敵の〝重さ〟からその数を把握したのだが、その時に敵本体の存在は感知出来ていなかった。なぜ? どうして? そんな疑問が私の脳裏をよぎる。
「そうか、木に登ってやり過ごしたのか!」
質量分布探知は目標が自分自身の足で地面に立っていなければ察知できない。その体重の重みを読み取って位置を認識するからだ。
恐ろしく場数を踏んだ敵だ。
その間にも、敵が雪崩を打って襲いかかってくる。それはまさに〝山津波〟と呼ぶにふさわしい。
襲いかかってくる敵に対して、リマオンの火弾とフレーヌの矢が放たれるが焼け石に水でしかない。そればかりか――
――ダァアン!――
鋭い破裂音。視界の片隅にマッチロック式の短銃が見えていた。何人かが短銃を所持している。それで討ち取られたのは弓持ちのフレーヌだった。
「フレーヌ!」
私は彼女の名前を叫ぶ。左肩から血を流して崩れ落ちていく。致命傷にはなっていないが戦闘はもうできないだろう。
とっさの状況に。大杖持ちのキーファーが意地を見せる。
「精術駆動!」
気合に満ちた真剣な声が響く。
「ノームの
次の瞬間、山の斜面が大きく揺らいだ。斜面を駆け下りてくる敵の群れが足元を揺らされて大きく陣形を崩した。
これでわずかばかりの時間稼ぎが可能になる。
しかしながらこちらもノーダメージでは済まない。
「キーファー!?」
意識を失い彼女も崩れ落ちる。力が枯渇したかのように。
精術武具はその機能を発揮する際に使用者の精神力と生命力を消費する。当然それを使い切れば意識を失うか、最悪死ぬこともある。
目の前に分かりやすい形で力の総量が映し出されているわけではないので力の限界は自らの経験と養った勘で感じ取るしかない。経験が浅ければその限界を読み誤ることがある。キーファーが失神した理由はおそらくそれだ。
これでこちらの残り人数は5人。とてもではないが戦いにはならない。
これで万事休すか?
そう思った時だった。
「構え!」
力強い声が聞こえる。
――ガシャッ!――
重みのある金属仕立ての何かが構えられる音がする。
「撃て!」
その号令とともに〝引き金〟は引かれた。
――ダァン! ダンッ! ダンッ!――
さらに言葉は続く。
「第2射!」
――ガシャッ!――
「撃て!」
――ダァンッ!!――
2連続のマッチロック銃の一斉掃射に続いて聞こえてきたのは突撃号令。
「
その言葉と同時に100名以上の正規軍軍人たちが一斉に駆け上がって突撃を敢行した。マスケット銃の重心の先端には鋭利な
「かかれぇ! 山賊どもを根絶やしにしろ! 一切の遠慮は不要だ!」
正規軍の精鋭支援部隊、その指揮官の叫び声だ。
「おおっ!!」
怒涛のように〝鉄色〟と呼ばれるダスキーグリーンのフラックコート姿の男たちが一斉に駆け上がっていく。そして私たちを追い越していった。
「間に合った!」
聞こえてきたのは伝令を依頼したエアルの声だった。
「皆さん全員、無事ですよね?」
彼女の言葉に私は答える。
「えぇ、なんとか。負傷者1名、戦闘不能者1名、残り5名無事です」
その言葉に続いて正規軍の人の声が聞こえてきた。
「フェンデリオル正規軍の山賊討伐部隊です。かねてから準備をしていたのですが、こちらの伝令の方の報告を聞いて急いで駆けつけました。どうやら間に合ったようですね」
その言葉に私は両肩にこもった緊張が一気に抜けていくのを感じた。
「ありがとうございます! これで何とかなります」
「よく持ちこたえましたね。後のことはお任せください」
「はいお願いいたします。それと負傷者・戦闘不能者が3名ほどいます。回収と治療をお願いいたします」
「了解しました。その残り1名はどこに?」
正規軍軍人の彼が私に尋ねてきた時だった。正規軍が周辺展開している別動の偵察部隊からの伝令がやってきた。
「報告!」
声のトーンが緊張に満ちている。とてつもなく嫌な予感がする。
「ここより離れた時点で職業傭兵と思われる成人男性1名の〝遺体〟が発見されました! 今回の救援対象の森林警備部隊の隊長役と思われます!」
私は驚いて声を漏らした。
「オーバス準1級!」
私は唇を噛み締めた。部隊の仲間たちも悲痛な表情を浮かべている。
「やっぱり駄目だったか」
悔しさと共に言葉を漏らせば、正規軍の委任者と思しき人が私に尋ねてきた。
「負傷していたのですか?」
「はい。待ち伏せに遭い右脇腹に鉛弾をくらいました。位置的に言って肝臓を損傷したのだと思います」
「腹腔内大量出血か」
「間違いありません」
私がそう言えば彼は答える。
「その方の死は無駄にしません」
私はその言葉に救われる思いがした。最悪の状況下から私たちは生き残ったのだ。一人の犠牲に助けられて。
「よろしくお願いいたします」
私もそう答えるのが精一杯だったのだ。
山の山腹では戦いが続いていた。山賊たちは正規軍との圧倒的大差に一気に瓦解し逃走を図る者が続出していた。これを逃さず正規軍の追撃が行われる。
戦いは終わりへと向かおうとしていたのだ。そう、私たちは〝勝った〟のだ。
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