接戦、ルストとナイフ男

「来る!」


 討ち取られなかった他の襲撃者たちがその姿を消した。姿を隠しての伏兵行動に移行したのだ。私は叫んだ。


「全周警戒! 敵が接近します!」


 今回の山賊連中の隠密行動能力は極めて高い。物影に潜む、遮蔽物を利用して気配を消しながら接近する、まさに厄介そのもの。正規軍の特殊部隊兵だってここまでには至らない。

 どこから来るのか全く見えない。


――ドクン、ドクン――


 鼓動の音が自分の耳に響いている。体が最高潮に熱く感じている。

 周囲の音が瞬間的に無音になったその時だ。


――ブォッ!――


 私の眼前に肉厚な一振りの牛刀ナイフが視界の外からおもむろに突きつけられた。

 手にしていた戦杖を下から上へと引き起こす動作で敵のナイフを弾き飛ばそうとする。


――ガキィン!――


 私の戦杖の打頭部を、ナイフを横合いに叩きつける。返す動きで戦杖の握りの柄尻を引き起こして敵の腕めがけて叩きつける。


――ヒュオッ――


 こちらの攻撃は空振りする。敵がとっさに後方へと退いたのだ。

 敵の様子を視認する。そこに居たのは年の頃40は過ぎているだろう実戦経験を重ねた荒くれ男だ。牛革のズボンに編み上げブーツ、木綿のシャツに熊の毛皮のチョッキベストにツバ無し帽と言う装いは、いかにも山林の中で住み暮らしていると感じさせる。その眼光は鋭く、ギラついた目の光が凶暴さを漂わせていた。

 武器として身につけているのは一本の巨大なナイフ。刃渡り1ファルド(約33センチ)で獲物の体をさばくための屠殺用に用いられる牛刀ナイフと呼ばれるものだ。牛の骨すら断ち切るために作られているから非常に頑丈、かつ肉厚だ。その戦い方もそのナイフを使うことに特化しているだろう。

 髭面の男が言う。


「お前が隊長か」

「暫定ですが」


 彼が私を睨んで言う。


「おめぇ、名前は?」


 名前――おそらく二つ名のことだろう。我々職業傭兵は名前と実績が売れてくると〝二つ名〟を持つようになる。それは一人前であることの証でもある。


「ルスト――、二つ名はまだ有りません」


 その答えに男がため息を付いた。


「なんだ〝名無し〟か」

 

 そう吐き捨てると男は軽く半歩下がる。そして飛び出しながら叫んだ。


「名無しに殺られるほど耄碌もうろくしちゃいないんだよ!」


 私は反論する。


「名無しでも――」


 右手にしていた戦杖の竿の中程を握って半転させると、打頭部ではなく握りの柄尻の方を敵へと向けた。そして、槍のように両手で戦杖を握ると敵めがけて構える。私の戦杖の柄尻は鋭く鋭利に円錐形に尖らせてある。

 私はそれを手槍のよう繰り出しながら叫んだ。


「名前で戦うわけでは有りません!」


 互いに繰り出すナイフの切っ先と、戦杖の柄尻の切っ先が、ぶつかり合い火花を散らす。

 ナイフが突き出され、それを私が戦杖で弾く。返す刀で敵の喉元を狙えば、横薙ぎにナイフでそれを弾いた。

 突き出し払われ、さらに再び突いていなされる。

 私とナイフ男、お互いに一歩も引かない状況が続く。

 やり取りが9度目に近かった時、敵の方が先に動く。

 突いたナイフを引く動作とともに左足を横から回して蹴り込むように回し蹴りを放ってきたのだ。

 私はとっさに判断する。

 距離は取れない。こちらが距離を取れば敵はこちらの方に突進するための助走を取れる。ならばひとつしかない。

 私は、両手でしっかりと戦杖をホールドして、自ら飛び出し敵へと体当たりを食らわせる。

 その時、次の言葉を唱えた。


「精術駆動 反動障壁!」


 体の正面のあたりに斜めに構えた戦杖を中心として目に見えない仮想障壁が生み出される。そしてそれは体当たりの瞬間に凄まじい反発力を産む。

 私に襲いかかってきたナイフ男は障壁の生み出す反発力に吹き飛ばされた。

 私は一気に畳み掛ける。


「精術駆動! 重打撃!」


 手にしている戦杖の打頭部がかすかに火花を散らす。

 吹き飛ばされて、なんとかそこに踏みとどまろうとしたナイフ男に戦杖の打頭部を渾身の力を込めて叩きつける。


「ちぃいっ!」


 男は食いしばった歯の隙間から荒い吐息を漏らした。ナイフを頭の少し斜め上で横に構えて、私の戦杖を受け止めようとする。

 私の手にしている戦杖はハンマー型の武器としては決して重くは作られていない。普通に打ち込んだのでは威力に決め手に欠ける。だが――


――ドォオン!――


 ナイフと戦杖とがぶつかり合った瞬間、大音響が鳴り響く。戦杖がナイフを打ち砕く。まるで重量のある巨大なハンマーで打ち据えられたかのように。

 私の攻撃は止まらない。敵のナイフを砕き、そのまま敵の顔面へと叩きつける。一瞬、ザクロのように敵の頭が砕け炸裂する。

 敵はそれ以上、抵抗することなくその場に崩れ落ちた。

 場の空気が変わった。

 敵の側のものたちの気配が勢いを無くした。戸惑いと驚きが彼らの勢いを殺したのだ。


「こいつが指揮役!」


 私は叫んだ。


「一気に畳み掛けろ! 敵は〝頭〟を失った!」


 その言葉が呼び水となる。

 大杖を所持していたキーファーが聖句を唱えた。


「精術駆動! ノームの大地礫弾ランドクラッカー!」


 大杖を地面へと突き立てていた。すると私たちのメンバーと鍔迫り合いをしていた襲撃者たちは地面から吹き上げるような礫弾を無数にくらって行動を阻害された。

 これをチャンスとばかりに残りのメンバーが敵1人1人を着実に討ち取った。

 私もさらに1人、敵を葬る。一気に接近して肉薄すると、横薙ぎに戦杖を打ち込んでその胸部を破壊する。

 軍人崩れのマイツェンが言う。


「全機撃破。敵生存無し」

「了解。確認しました」


 これで終わりか? 撤退するなら今だ。

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