月夜と疲労と隣家のお叱り

 私の頭の上を満月が通り過ぎていた。

 人気の絶えた夜道を歩いて私は我が家にたどり着く。

 今回の事件のあった山あいのふもとの村からは、街道筋の乗合馬車を乗り継いで2日ほどの行程だ。安宿で一晩過ごして、ようやくに家に帰り着く。途中、水浴びもできない状況が続いたのでとにかく汗臭い。

 一部屋しかない借家、そこに私はよれよれで帰り着いた。


「もう、日付が変わるころだよなぁ」


 家の扉の鍵を開けながらぼやく。疲労と苛立ちが鍵を開ける動作をもたつかせて私をさらにイラつかせる。


「本当にひどい仕事だった。隊長役をやったけど公式に記録に残ったわけじゃないから武功にならないし、生き残っただけでもめっけものって気持ちには到底ならないな。若い連中をさんさんだまくらかしてたんだろうけど、いい気味だわ」


――カシャッ!――


 私のいらだちを断ち切るように扉の鍵が開く。そしてそれと同時に。


「ちょっと、うるさいよ!」


 隣の家から私より年上の女性が顔を出す。私と同じ職業の人だ。寝間着のシュミーズ姿でのそっと顔を出す。


「すいません」


 わたしはすかさずお詫びする。現れたのは襟首の辺でまとめたショートヘアの20過ぎの女性だ。一言大声で強く怒鳴って溜飲を下げたのか、少し穏やかな言い方に変わった。


「随分苛立ってるみたいだけど、どうしたの? 詐欺られた?」

「はい、紹介票の内容と現地の状況が違ってたもので」

「あれか、簡単な仕事と言って若手を誘って、厄介事を押し付けるやつだ」

「はい、しかも集まったメンバーが戦闘力不足だったので大変苦労しました」


 私の言葉に少し沈黙していたが真剣な表情で返してくれた。


「それで? 戦った相手は?」

「山賊です。それも軍事経験者が率いる戦闘能力の高い集団でした」

「うわ。それ最悪のパターンじゃない。全員、生き残れたの?」


 私は顔を左右に振った。


「集まった当初の隊長役の人がしんがりを務めて逃げ延びる際に鉛弾を食らって亡くなりました。怪我人も一人出ました」


 人が死んだ。その事実に重い空気が流れた。


「そうかぁ、生きただけでも儲けもの、って気持ちには到底なれないよね」

「はい。もっと次善の策はなかったのか? もっと早く問題が発覚していなかったのか? そればかり考えてしまいます。亡くなった隊長さんにもご家族がいることを考えると到底やりきれません」


 最初は夜中の騒音に苛立っていた彼女だったが、今回の私の仕事の顛末に思い当たるところがあったのだろう。彼女は慰めるように言ってくれた。


「一つ教えとくよ。ここはやっぱり〝生きていただけでも儲けものだ〟そう自分に言い聞かせな」

「はい」


 力なくつぶやく私に彼女は言う。


「生きてさえいれば挽回することはある。失ったもの以上の得る物に会うこともあるだろうさ。それに〝人の死〟に何度も正面から向き合うのが傭兵って言う商売なんだよ。わかるだろう?」

「はい」


 彼女の優しい言い方には、似たような経験があるようにも思えた。彼女は私を励ますように言った。


「生還おめでとう」

「はい、ありがとうございます」

「じゃ、おやすみね」

「おやすみなさい」


 そんなやり取りの後に彼女は家の中に引っ込んでいく。彼女もまた私と同じ職業の女性なのだ。


「明日、職業傭兵ギルドに苦情入れるよう」


 私はそうボヤいて家の中に入ったのだった。

 

 私は職業傭兵、いわゆる戦闘職だ。軍や政府や企業から仕事をもらい従事する。この国では正規軍と市民義勇兵と並んで〝第3の軍隊〟と言われるほどに数が多い。無論、階級の差も。


「2級資格とっても、早々かんたんにいい仕事にはありつけないか。こればかりは巡り合わせだからなぁ」


 この仕事には階級がある。下から3級で一番上が特級、わたしは下から2番めだった。

 そもそも、わたしはまだ17だ。本当なら同年代の子のように高等学校に通っている年代だ。だが事情があってこの仕事についていた。

 扉を閉めて家の中に入り、屋根から下がっているランプに火を灯す。ランプ内部に点火装置が組み込まれているのでかんたんに明かりが灯る。

 荷物の入った背嚢をおろし、愛用の武器を腰から外す。マントローブ脱いで、腰からベルトポーチを外し、ボレロジャケットにロングのスカートジャケットを脱ぐ。さらにボタンシャツを脱ぐと下着姿になる。

 ちなみに、胸周りの下着はブラレット、腰回りの下着はパンタレットと言う。

 部屋の片隅の衣装ダンスから寝間着のネグリジェを取り出すとかぶるようにして身につける。

 着替え終えると自分の姿が大きな姿鏡に写った。

 そこには小柄でプラチナブロンドに翠目のショートカットのわたしが写っていた。流石にお疲れで目の下にクマも浮かんでいたが。

 

「ふう」


 軽くため息を吐いて戸締まりを確かめるとランプを消す。窓の外から星明かりが微かに入り込んでくる。それを頼りにベッドに腰を下ろすと布団をめくりながらわたしはつぶやく。


「でも、怪我もなかったし、山賊の撃退にも成功したのは良かったかな。正規軍にも引き継げたから討伐も成功するだろうし。今回の性悪依頼人も捕らえられて極刑が言い渡されるだろうし」


 事件の裏側にあった問題が先送りにならなかったのは良いことだと思う。村の人達が笑顔で感謝してくれてたのが脳裏に浮かんだ。


「よし、コレでこの話は終わり」


 骨まで疲れが染み付いてたが今は明日のために寝よう。

 うん、寝る。

 布団に潜り込むと即座に眠りに落ちていったのだった。


 でも――

 疲れ果てているときというのは大抵が〝夢見〟も悪いのだった。

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