新居 ―母からの贈り物―

 ジュエルナ夫人の所を離れて指定された住所へと向かう。するとそこは街の中心地にも近く、比較的、経済状態の豊かな人たちが居を構えている場所でもあった。


「ここって、2級職より上の人たちが多い場所じゃない」


 私は思わず戸惑いを口にした。

 職業傭兵が住む場所にはその階級や経験に応じた棲み分けみたいなものが存在している。

 私がかつて住んでいたのは、傭兵としては駆け出しの範疇で、決して経済的に恵まれていない若い人たちが多いエリアだった。

 

 でも今私がいる場所は、準1級や、2級職でも経験が10数年以上だとか、何者にも代え難い優れた技術を持っているなどした、経験を積んだ人々が集う場所だったのだ。


 当然ながら表通りは衛生的で、歩いている人々もよく手入れされた身綺麗な服装の人が多い。

 経済状態の良いこともあってか、それぞれの家には一般家庭向けの雑役女中オールワークスと思わしき侍女の人の姿もあった。


 自分が果たして、このような場所にいていいのか戸惑いが心の中をよぎる。自分自身の心の中ではまだまだ駆け出しと言う思いがあるからだ。不安を振り払いながら歩いて行けば、その建物は大きい路地に入ってすぐにさりげなく佇んでいた。


「あった、ここだ」


 2階建ての一戸建てタイプ。斜めになった屋根が特徴的だった。たたずまいは簡素だが建物の造りはしっかりとしていて外見はとても綺麗だった。入り口の両脇には生垣もあり、隣の建物からは離れていて無理に密集しているということもない。

 とてもよく手入れされている良質の家と言えた。


「これが、お母様たちが選んでくれた家」


 そう呟きながら鍵を取り出して家の扉を開ける。そして恐る恐る、自分のものとなったその家の中へと入って行った。


 玄関から入ると一階フロアの中央に螺旋階段が設けられている。入って左側がリビングで、右側がダイニングになる。更にその奥が厨房と言う事になるだろう。建物の大きさにして家の中はとても空間が広めに作られており思いのほかゆったりとしている。

 リビングのソファはリクライニングで、広げればそのまま一人用のベッドにもできる。

 自分一人で暮らすというだけでなく、仲間や友達を招いたり泊めたりすることもできるだろう。

 リビングとダイニングの間には2階へと続く螺旋階段があり、螺旋階段の隣には壁に埋め込まれた暖炉がある。暖炉は両面仕様でリビングとダイニング、どちらからも暖を取ることができた。

 さらに、厨房はそのまま裏口につながっており、さらにもう一つ裏手の水回りにつながる。

 洗面台にトイレに、そして、結構な広さの浴室も設けられていた。

 

「すごい、シャワーだけじゃないんだ」


 大抵は湯船を据えるだけの広さも設備も無理だから簡易的なシャワーだけになる。でもここは違った。

 一人用のバスタブがあり、その片隅にお湯と冷水が出せる真鍮製の蛇口が取り付けられている。試しにひねってみたが、2分もしないうちに熱いお湯が溢れてくる。相当に性能の良いボイラーが設けられているのだ。

 

「温かい――」


 その手に感じるお湯のぬくもりに、この家を用意してくださったお母様の優しさを感じずには居られなかった。

 お湯を止めて手を拭いて螺旋階段を登る。そして、2階へと上がる。

 上がりきったところはホールになっていて、そこから建物裏手に面したバルコニーへとつながる。バルコニーの下はちょうどバスルームになっていて、バルコニーからはブレンデッドの街なみが見えていた。


 ホールに戻って残り2つの部屋を確かめる。

 螺旋階段からバルコニーに向かって右手の部屋、質素な仕立ての造りであり使用人を住まわせる際の部屋だということはすぐに分かった。


雑役女中オールワークスを雇ったときの部屋ね」


 使用人部屋とは言え、ベッド、机、クローゼット、ナイトスタンド、暖炉と、必要なものは揃っており暮らしの質を保証することができる。これから先、この家の管理を任せる意味で『住み込みの侍女を雇いなさい』と言う意図があるのだ。


「確かにこれから先、自分一人だけで生活を切り盛りしていくのは無理があるわよね」


 傭兵として評価が高まり依頼も増えることを考えれば、家の管理や仕事の補佐を任せられるようなそんな人にこの部屋に住んでもらわなければならないはずだ。

 おそらくはセルテス辺りがそこまで見越しているはずなのだ。あともう一つは――


「これって絶対、私に悪い虫がつかないようにお母様の意図が関わってるわよね」


 やっぱりそこは母親だ。離れて暮らしても色々なことが気になって仕方がないのだ。思えば、


「一人で暮らしてると風邪をひいて熱を出しただけでも心細くなるもんなぁ」


 熱を出して唸っている状態でドアの向こうから誰か来てくれないかと途方にくれるようなことはこれまでも何度もあった。一緒に住んでくれる人がいる。それだけでも不安の解消ができるのだ。


「誰か、信頼のできる人、紹介してもらおうかな」


 使用人部屋を出てホールに戻る。使用人部屋の隣には小さな物置と掃除用具の収納箱。そしてホールを挟んで反対側におそらくは私の寝室がある。

 その部屋をおそるおそる開く。


「失礼します」


 自分の部屋なのになんだか恐縮してしまう。私はそっと寝室の中を覗いてみた。


「うわぁ」


 私の口から思わず声が漏れた。

 まず部屋に入って目に付いたのは、入り口の向かい側の壁際に据えられた立派なベッドだった。さすがに天蓋付きのものは持ち込まれていないが、よく磨き上げられた木製のベッドのフレームはいかにも丈夫そうでしっかりとしている。布団・シーツ・ブランケット、ともに上質なものでシーツの手触りは明らかに卸したてだった。

 私は部屋の中をさらに眺めた。窓際に何段もの引き出しのついた机がある。さらにその隣にはややこじんまりとしているが鏡付きの化粧台もある。

 化粧台の引き出しを開ければ、化粧水から頬紅から白粉おしろいや口紅まで色々な化粧品がすでに用意されている。

 私の仕事上、色々な資料や書類や書籍を扱うこともあるだろうからと、立派なガラス扉付きの本棚も用意されている。となりの使用人部屋と共用する形で壁の中に暖炉も用意されていた。

 そして、部屋に入って右側の壁は一面が木製の扉になっていた。思い切ってそれを全開にしたのだがそこにあったのは――


「衣装がこんなに」


 普段着から訪問着、夜用の室内着、仕事の時に着るいつもの傭兵装束も予備が二着すでに用意してあった。私が今までの暮らしで贈られたり自分で買ったりしたお気に入りのドレスもちゃんと手入れされて収納してある。

 ウォークインクローゼットと言っていいような容量のあるその場所には、立派な金庫も用意されていて、モーデンハイム家の紋章のペンダントや、アルセラからもらった三重円環の銀蛍も安全にしまえるようになっていた。

 ジュエルナ夫人からもらった書類には金庫の開け方も書いてある。試しに開けてみるとそこには立派な宝石箱が置いてあった。

 中を開けるとイヤリングやネックレスや指輪など、いざという時のおめかしの時に不自由させないようにと色々と揃っている。数や種類こそ厳選されていたが、お母様がどんな物がふさわしいのかと時間をかけて選んでくれたのだろう。


「やっぱり、私の好みとか分かってたのかな」


 クローゼットの中には、お母様の私への思いがいっぱい詰まっていた。

 今までの私の歩みをしっかりと認めてくれた上で、遠くに離れていても母親として娘を大切にしたいという思いがそこにはあふれていたのだった。

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