ワイアルドと言う男の真実
私たちは声をあげて笑いあった。
「結局戻ってきちまったのか、家出娘が」
「だれが家出娘ですか! 今度は家出じゃありません。きちんと認めてもらって帰ってきました」
「お前がそう言うなら本当なんだろうが、おふくろさんもよく認めてくれたな」
しみじみとした口調でこう言ってくる。
「しかし、本当に良かったのか? オルレアの親御さんたちのところに居なくて。本当は手放したくなかったじゃないのか? お前のことを?」
当然の疑問だった。でもお母様は私の思いを許してくれた。そして背中を押してくれた。それは紛れもない事実だ。
私は晴れやかな顔で告げた。
「私が自分で選んだ道です。母も背中を押してくれましたから」
「そうか」
支部長はそれ以上何も言わなかった。だから私もそれ以上は尋ねなかった。
そして支部長は話題を変えるかのように別な話を始めた。
「ちなみにだが――俺のところへも内密にモーデンハイム家から使者が書状を届けてくれた。お前のことを頼むというメッセージと、何かあれば詳細に知らせてくれとの事だ。特に、お前の体の具合についてはかなり心配しているようだったぞ?」
それは当然のこと。心配するなというほうがそもそも無理だ。
「それは――はい、気をつけます」
「傭兵に、死ぬなと言うのはそもそも無理な話だが、それでも親や家族は死なないでくれ、無事息災で帰ってきてくれと心の底から願うものなんだ。親御さんが持っているその思い、決して
「はい! 肝に銘じます」
私がそう答えたのを聞いて、支部長は別の引き出しを開けて、そこから一つの封書を取り出した。それを私へと差し出しながら支部長は言った。
「お前さんのおふくろさんからだ」
「えっ?」
四つ目に私に渡されたのは白い封書だった。赤い蜜蝋で封がしてある。そしてそこにはお母様の花押の彫られた蝋印が押されてあった。
支部長は言う。
「家に帰ってから後でじっくり読め」
支部長はこうも言った。
「お前が職業傭兵に復帰するにあたって、色々と手を尽くしてくれている。お前が充実したこれからの毎日を送れるように丹精に心を込めてな」
手紙の重さと支部長のその言葉が何よりも私の心に響いた。
「はい。ありがとうございます」
手紙を今ここで開けてしまいたい衝動に駆られる。でも私はそれをグッと堪えた。そして私は支部長がなぜ私を、傭兵ギルドの表からではなく裏からここへと招き入れたのかが理解できたのだ。
「裏口から静かに帰らせて頂きます」
「あぁ、そうしろ。他の連中に見つかるなよ」
知っている顔に見つかってもみくちゃにされないようにとの配慮だったのだ。
支部長はこうも言った。
「お前の家だが、新しいものに変わっている。詳しくは大家さんの所に言って聞いてこい」
大家さん。このブレンデッドに来てから私の暮らしを陰ながら見守ってくれた人だ。
私は本当にたくさんの人に支えられて毎日送ってこれたことを気づかずにはいられなかった。
私は自分の心の中に感謝の念を溢れさせながらはっきりと頷いた。
「ありがとうございます」
そして私は一呼吸置くと、この半年間の実家での生活の中で確信を抱いたある事実について、とある言葉を投げかけた。
「本当に今までありがとうございました〝叔父様〟」
その言葉を聞かされた時、支部長は今までにないような驚いた顔していた。
私は遠慮することなくはっきりと伝えた。
「支部長の本当の名前。〝エルダイア〟って言いませんか?」
「何の話だ?」
支部長はしらを切った。素直に認める気はないらしい。でも私は遠慮なく言う。
「実家に帰ってから半年間、お爺様やお母様と言った方たちとお話をさせていただいて言葉の端々に引っかかるように出ていた話題があったんです。私が出生するとほぼ同時に姿を消した家族がもう一人いるって」
支部長は沈黙したままだった。
「親族の中で軍人ではなく職業傭兵として活動していて、かつて私の父だった〝あの人〟との軋轢に耐えかねて姿を消してしまった人物。ユーダイムお爺様のもう一人の息子。フルネームは〝エルダイア・フォン・モーデンハイム〟」
明確に名前を告げても支部長は顔を縦には振らなかった。
「人違いだ」
ぼそりとたった一言そう答えただけだった。
私は苦笑しながら言う。
「お認めにならないんですね」
憮然とした表情で視線を外してしまう。そしてガリガリと頭をかきはじめた。
「俺の名前は〝ワイアルド〟それ以外の名前は全て存在しない。傭兵ギルドの総本部に極秘に掛け合って元の名前を消してもらったからな。今更名乗りを上げることもできん」
それは言外に、私の告げた言葉が事実であると、認めたにほかならなかった。そしてなぜ家族の名乗りをあげることができないかも示してくれていた。
傭兵として生きていくために過去のすべてを抹消したのだ。だからユーダイムお爺様がどんなに手を尽くして探しても見つからなかったのだ。
ただ少しだけ悲しそうにぽつりと言葉を漏らす。
「〝おやじ〟には悪いと思っているよ」
私はそれ以上は問い詰めなかった。
「ごめんなさい。今の話、忘れてください」
「あぁ」
「一度家に戻って落ち着いてからまた来ます」
「そうだな。その方がいいだろう。くれぐれも他の連中に見つかるなよ」
「はい」
私があの父親から逃げるために必死になったように、この人も自分の人生を切り開くために多大な苦労を積み重ねたに違いないのだ。
だからこそだ。姪であるはずの私を見つけた時に、私を全力で守る覚悟をしてくれたのだ。私が今まで実家筋に見つからずにやってこれたのは、間違いなくこの人の温情あってのことだったのだ。
私は深々と頭を下げた。精一杯の感謝の心を込めながら。
そして無言で支部長室から出て行ったのだった。
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