支部長のお小言と正式復帰辞令

 支部長は少しおかんむりだった。まぁ、当然なのだが。


「ミッターホルムの正規軍本部からお前について傭兵資格の問い合わせがあったんで驚いてたんだ。そしたら今日、捉えた逃亡兵と一緒にお前が帰ってくると言うじゃないか? そこで戻ってくるお前をこうして待っていたんだ」


 私は照れくさそうに言う。


「お騒がせして申し訳ありません」

「ああ、元気そうだな」

「はい」


 そして、支部長は言った。


「詳しい話は、傭兵ギルドの詰所で聞く。一緒に来い」


 そこには深い優しさを湛えた威厳に満ちた視線があった。私はその姿勢に感謝の念を抱きながらもこう答えた。


「はいっ!」


 喜びに満ちたその声を響かせながら、支部長が乗ってきた簡素な馬車に乗り込んで、一路、傭兵ギルドの事務局へと向かったのだった。



 †     †     †

 

 

 私は去年の秋口まで、あれほど通い慣れた傭兵ギルドの事務局に来ていた。建物の裏側から人目を避けるようにして支部長室に直行する。


 先を歩くワイアルド支部長の後を追い支部長室に入る。指定席に座った支部長と事務机を挟んで向かい合い立つ。

 お互いの場所が決まり私たちは対話を始めた。


「さて」


 肘掛付の椅子の背もたれに寄りかかりながら支部長は私へと言葉をかけてくる。少し苛立たしそうに、かなり嬉しそうに。


「それにしてもお前は本当に静かに帰って来ることができないんだな」


 こう言われてしまうのは当たり前かもしれない。


「お前はまだ、正式復帰の辞令交付前なんだぞ? 謹慎処分が開けてない状態で山岳ゲリラを討伐して壊滅に追い込むなんて何を考えているんだ!」


 こうはっきり言われてしまうとどう答えていいかわからない。


「ほんと申し訳ないです。真っ直ぐ帰ってからとも思ったんですが、どうしても見捨てておけなくて」


 見捨てておけない。その言葉に支部長は反応した。


「どっちがだ? 襲われた村人たちか? 盗賊に成り下がった逃亡兵たちか?」


 その問いかけに私は答えた。


「両方です。誰かが理不尽に抵抗する力をまとめ上げなければ市民の犠牲者はもっと増えていました」


 支部長が少し前のめりになり、事務机の上に肘を付き両指を組んでいた。支部長は言う。


「それで、戦闘技能を持った一般市民を糾合して即席の討伐部隊を作ったわけか」

「はい。市民義勇兵として参戦した経験のある年長者を中心として、弓や猟銃を所持した狩猟経験者を加えて山狩り部隊を組織、山中の洞穴に立てこもるトルネデアス逃亡兵を追い詰め、これを説得して投降させました」


 一呼吸おいて支部長が聞いてくる。


「被害状況は」

「軽症の怪我人が3名。それ以外は損失なしです」

「まったく――」


 ため息をつきながら支部長は頭を掻いた。


「状況がフェンデリオル正規軍の軍警察本部経由で知らされた時、俺はもとより職業傭兵ギルドの本部の方でも大変な騒ぎになったと言うぞ」


 あ、それは初耳。ちょっとやばいかも。


「確かにお前に与えた半年間の資格停止処分は半年という期間は既に終了している。しかしだ資格の回復はあくまでも事務局からの正式な辞令交付を受けてから再開するものだ。また本部の方から怒られた!」


 そこで支部長は机の引き出しの一つを開けるとそこから数枚の書類を取り出した。


「まずこれを見ろ」

「はい」


 渡された1枚目の書類は――


「今回の件に対する始末書だ。緊急事態に対応する必要があったという事実は認めるから、とりあえず反省文を一筆書いて出せという話だ」


 物事には順番がある。順番には意味がある。それをひっくり返してしまった以上、申し訳ありませんでしたとお詫びしてそれを公的に記録する必要があるのは致し方がないことだ。


「わかりました」

「なるべく早く書いて出せよ。時間がかかると事務局の上の方がへそを曲げるぞ? それともう一つがこれ。正式な辞令だ」


 2枚目に渡されたのは職務停止処分を解除して、職業傭兵としての全ての通常業務を認めると言う辞令交付文だった。


「これで以前のように職業傭兵の仕事に戻れるわけですね?」

「ああ。お前の復帰の噂を聞いて直接指名がすでに殺到している。どれを引き受けるかはお前自身の裁量に任せるが内容をよく吟味して引き受けろ」

「はい」


 支部長は私に言い含めるように慎重な口調で語り始めた。


「大きい武功をあげると、そういう実績のある傭兵を手元に置くことが、ある種のステータスみたいに考えている馬鹿な候族が集まってくる。そういう奴に捕まると自分のやりたいことも思うようにいかなくなる。くれぐれも注意しろ」

「はい!」


 素直に返事を返す私に支部長は優しく諭すように言葉を続けた。


「女性の傭兵というのはそれだけで余計な欲望や願望を集めやすい。大きな実績を積み上げたならなおさらだ。いいか? お前は自分が何のためにこの場所に戻ってきたのか? と言う事を絶対に忘れるな」


 その厳しい言葉は私へのある種の親心だった。


「肝に銘じます」

「よし。そして最後にこれだ」


 渡された3枚目の書類。それにはこう記してあった。


「特別報奨金? 今回の事件に対してですか?」


 さすがにその文字には驚かざるを得なかった。傭兵ギルド経由で引き受けた正式な任務ではないからだ。


「確かに辞令交付前と言うルール違反があったのは事実だが。緊急事態ということを考慮すれば、さしたる問題ではない。それよりむしろ、少ない手勢で、敵味方双方犠牲者を出すことなく、捕縛対象を無傷で捉えたことが大きく評価された」


 支部長はにこやかに微笑みながら言った。


「事実経過を報告してきた軍警察の先遣部隊の隊長が自分たちの出る幕がなかったと感心しきりだったそうだ。決して処罰することなく、適正に評価してほしい、そう上申がされたそうだ」

「はい。覚えてます。事実経過を報告した際にものすごく驚かれました」

「だろうな」


 支部長は言う。


「傭兵ギルド総本部はその上申を快諾した。今回、支払われる特別報奨金の額は20オーロ。同様の山腹立てこもりの討伐任務の大隊長職務に相当する額だ。それだけの金額が支払われたその意味。お前なら分かるな?」

「はい分かります。私のこれからの活躍にそれだけの〝期待〟が込められているという事です」


 私の答えに支部長は頷いた。


「そうだ」


 そして笑みを浮かべてこう言ってくれたのだ。


「よく帰ってきたな。ルスト」

「ただいま戻ってまいりました!」

「まったく! この跳ねっ返り娘!」


 そこには素直な喜びがあった。お互いの職務上の立場を交えない本音の上での喜びがあったのだ。

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