帰還後の毎日 ―怒涛の来客たち―

 その日は夕食を終えると早めに就寝した。長旅の疲れを翌日に残したくなかったからだ。

 純シルクの純白のネグリジェに身を包んで眠りにつく。心地よい夜を過ごして朝を迎える。次の日からは怒涛の毎日の始まりだった。


 目覚めるとすぐそばにいてくれたのはメイラさんだった。

 目覚めて早々にお母様も現れる。そして、お母様の口から驚くことが伝えられた。


「アルメイラさんをこのまま当家で雇用します。そして、エライア、あなた専属の小間使い役侍女として配属いたします」


 その言葉を受けてメイラさんがあらためて挨拶をしてくれた。


「アルメイラ・リンケンズです。お側居の小間使い役として従事させていただきます」

「ありがとう! これからもよろしくお願いね」

「はい、お嬢様」


 メイラさんが私の小間使役となれたのは、前のマシュー家で侍女長まで努めた実績と、私と気心が通じているところが評価されたのだ。小間使役は単なる召使いではない。孤独な立場に置かれやすいご令嬢の補佐役であると同時に話し相手、いわば友人的立場を担うのだ。

 まるで別な人間をあてがうより、彼女をこのまま当家に招いて小間使い役を任せた方が良いだろうということになったのだ。


「先日は、当家のご事情について学ばせていただいておりましたが、本日から小間使い役のお役目に入らせていただきます」

「えぇ、お願いね」

「はい」


 私達のやり取りを見たお母様は満足げにほほえみながらあとを託して離れていった。


「早速ですが、本日は午前はドレスの仕立て職人を招いて夜会用ドレスの採寸と仕立てを行います。オルレアで最も人気があると言う仕立て職人にお願いをいたしております」

「ええ、承知したわ」

「では、朝のお支度を始めさせていただきます」


 そうつげて、朝の顔の手入れと着替えの準備に入ったのだった。

 そして、ドレスの仕立て職人がやってきて夜会用ドレスの準備が始まった。体を採寸してもらっている時に仕立て人の人はこんなことを口にする。


「見事なお体をしてらっしゃいますね」

「そうですか?」

「ええ。ご令嬢様というのはどなたも華奢な体をしてらっしゃるのですが、エライア様におかれてはとても理想的な形で鍛えていらっしゃいますね」


 当然だ。傭兵として毎日体を鍛え戦闘に備えていたのだから。


「お恥ずかしいです。変に筋肉がついていないといいのですが」


 私が当惑していると彼は言う。


「いえいえ、あまり華奢すぎるとドレスの見栄えを決める際になかなかうまくまとまらないのですよ。私としてはエライア様のようなお体が一番理想的なのですがね」

「そうおっしゃって頂けてとても光栄です」


 ドレスを作る者としては私の体はそういう物らしかった。考えてみれば筋肉ムキムキの御令嬢というのもあまり見た目のいいものではない。そう考えると今の自分は一番理想的なのかもしれない。


 そして昼食をはさんで午後、衣装をあらためて訪問客の応接をする。私が帰ってきたことを聞きつけて様々な人達がやって来たのだ。

 まずは先に訪れてきたのはフェンデリオル正規軍の幹部の方たち。その中には西方国境戦闘で指揮官権限の委任状の発行に尽力してもらったメイハラ・ユウム・クラリオン候の姿もあった。

 彼の話では、2年前の一件で私を正規軍入りさせることができなかった事を軍では今でも後悔しているのだという。

 ただ私が傭兵となり軍といつでも協力しあえる立場になったというのは好意的に受け止められているのだという。


「エライアさん、軍にお戻りになるおつもりはありませんか?」


 聞けば私は今でも2年前当時の予備役扱いになっているのだという。私さえ望めば正規軍入りも可能なのだとか。気持ちはわかるがさすがにそれは無理がある。私は丁重にお断りをしておいた。


 彼らの次は上級候族十三家の当主や当主代理の人たち。形式的な礼儀挨拶をした上で何気ない身の上話。社交辞令的な応接をすることとなる。

 正直言って気を遣うし、迂闊なことを話せないので神経的に疲れるがこれもまた一つの仕事だと割り切って応対し続けた。


 その次は中央政府の官僚や大臣クラスが顔を出しに来る。大手銀行の頭取や、商業ギルド連合の大幹部。このオルレアの街に多大な影響力持っている人たちも引きも切らなかった。

 こういう場合、顔を出しに来るのが早ければいいというものでもないのだが、何を焦っているのか一番に挨拶をしようとやってる人たちが結構いるので、訪問受付の対応をしている筆頭執事のセルテスは、その対応に終始追われっぱなしだった。

 複数の訪問客がかち合った場合、特に意識的に譲るのでなければ身分が格下の方が譲るのが暗黙のルールとなっているのだ。

 さらには民間人より候族、候族より軍人と言う、暗黙のルールもあるらしい。世知辛い世の中、こうした順序にまつわる基本ルールを忘れて格下の者が抜け駆けのように挨拶を済ましてしまう場合、それ自体さしたる問題はないのだが無作法ものと疎まれる理由にもなるので注意が必要なのは間違いない。


 翌日も同じような応接が続き、さらにその翌日は午後からこちらから訪問してモーデンハイムの分家筋の人たちのところへとお詫びを兼ねた挨拶回りに歩く。

 私が皆を騒がせたことへのお詫びの言葉を口にすれば、むしろ2年前に騒動の発端となったデライガの暴走を止められなかったことへのお詫びの言葉を聞かされることとなった。


 そして、私が帰還してから7日目に私が帰還したことを祝う歓迎会が催されることとなった。多くの人たちに招待状が出され私はその主賓として準備に追われることとなった。

 そうだ、お察しの通り全身てっぺんからつま先まで徹底した理美容と体のお手入れだ。ミッターホルムの保養施設で受けた物と同じかそれ以上の体のお手入れを受けることとなった。

 もうこういうのはご令嬢としての一緒の仕事のようなもののかもしれない。もっともこの辺はお母様のご意向も働いてはいるのだとおもうが。


 日にちは巡り私が帰還してから7日目になる。

 その7日目の午前、依頼してあった夜会用のドレスがいよいよ出来上がった。

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