ウォークインクローゼット ―母の愛―
それから私はお母様に導かれて、かつて私が過ごしていた自室へと案内してもらった。
2年ぶりにたどり着いた自分の部屋は、雰囲気も、調度品も、色合いも、全てが当時のままだった。
お母様と一緒に自分の部屋へとたどり着くと一歩一歩踏みしめながらその部屋の光景を確かめていく。
寂しさを押し殺しながら眠りについた天蓋付きのベッド、
勉学のために毎日のように向かった机、
友と時間を忘れて語らったテーブルと椅子
物憂い時に何度も夜空を眺めたバルコニー
何もかもが昔のままだ。
お母様が私に尋ねてくる。
「どう? 2年ぶりの自分のお部屋は?」
辺りを見回しながら私はベッドの端に腰掛けた。
「何も変わっていません。あの時のままです」
変わっていないのではない。変えなかったのだ。2年の歳月を動かすことなく止めたかのように。
お母様が言う。
「気に入らなければ模様替えしてもいいわよ?」
私は顔を左右に振った。
「いいえ。このままで結構です」
私は立ち上がりお母様の顔を見つめながら言う。
「嬉しかったことも、つらかったことも、みんな含めてこの家で暮らした思い出ですから」
2年の間の時間の流れもあって今の流行りとは少し違うところもあるのだろうがあえて無理に直す必要もないだろう。
お母様の優しい声が響く。
「外出着から、普段着に着替えてらっしゃい。侍女たちにはそれに命じてあるから」
そしてお母様は私に付き添っているメイラさんにも告げる。
「メイラさん。あなたにはお話があります。私と一緒に来てちょうだいな」
「はいかしこまりました。母上君様」
本来こうゆう上流階級の家庭では令嬢の母親というのは奥方であるのが普通だ。でもご存じの理由で今のミライルお母様には夫はいない。
どう呼んでいいのか一生迷ったのだろう。メイラさんなりに考えての呼び名だった。でもお母様お笑いながら言った。
「ほほ、面倒だから奥様でいいわよ? 他の者にもそう申し伝えてあるの」
「かしこまりました。奥様」
「それでいいわ、では参りましょう」
「はい」
そして、メイラは私の方を振り向き告げる。
「それでは、エライアお嬢様。後ほどあらためて」
「ええ、お疲れさま」
後に残された私は近くにいた数人の侍女たちに声をかけた。
「衣類を、邸内で着るものに着替えます」
「承知いたしました」
そううやうやしく頭を垂れるとその中の一人がこう告げた。
「お着替え用のドレッサールームがあります。そちらへご案内いたします」
こうゆう上級候族のご令嬢ともなるとクローゼットなどというものではないのだ。
部屋ひとつまるごと衣装やドレスを収納する場所として用いる。当然ながらそれらの衣装を管理する専門の役割がいるほどだ。
侍女たちに案内されてドレッサールームへと移動する。私の自室の隣にある部屋だ。そして2年前、婚礼衣装を暖炉の中で燃やした部屋だ。
「さ、こちらでございます」
当時の記憶が思い起こされる中、ウォークインクローゼットに直結したドレッサールームへ足を踏み入れる。
姿見の鏡に化粧机セットをはじめとして、着飾るための必要な家具や機材が所狭しと並んでいる。壁一面の大きな鏡があり、その反対側ではウォークインクローゼットが見える。
そこにはずらりと並ぶ衣装が収納されていた。
苦い記憶と懐かしさが入り混じる中、収納された衣装の数々を眺めて歩く。
当世流行りのドレスや衣装もあれば、古典的な礼装もある。軍学校時代の制服や礼服もあった。そしてそれらはいずれも真新しく新調されていた。
その中の正規軍の制服に手を伸ばす。今となっては体が成長してしまったので、袖も入らないと思われたが体の前側に合わせてみて今の自分にぴったりのサイズであることに気づいた。
「サイズまで新調されてる?」
今はもう着ることはないだろう衣装にまで配慮が行き届いていることになるのだ。
侍女の一人が事の仔細を説明する。
「奥様はお嬢様のご帰還がお決まりになられた時に、すべての衣装の改めをご指示くださいました。体に合わないご衣装でご苦労なされないようにと」
「そうなの」
そう呟きながら、私はお母様の思いが詰まった衣装の一つ一つを確かめていく。
お母様が私が帰ってくるのをまさに心待ちにしていたのが痛いほどに伝わってくるのだ。それは嬉しくもあり申し訳なくも思う。
私は侍女たちに指示する。
「もう少しゆったりめのシュミーズドレスに着替えるわ。上にはフレンチジャケットを重ねてちょうだい」
「承知しました。ただいまご用意いたします」
その言葉と同時に数人の侍女たちが速やかに動き始める。私の希望に合うドレスを選び出して用意するのだ。
私はドレッサールームの真ん中へと案内されて着替えの準備に入る。衣装が順番に脱がされて行き下着姿へとなっていく。
私は侍女たちに身を委ねたまま衣装を着替えて行く。その一方で、これからの自分についてどう振る舞うべきかの思いが脳裏をめぐっていたのだった。
着替えを終えて昼食をとる。昼食はパンとパスタとスープで簡単に済ませる。昼食用のコース料理も勧められたがそういう気分じゃない。
その日の残りの時間は旅の疲れを癒すということもあり、のんびりと過ごすことになった。
お母様とお茶を飲み、お爺様とは
その席上、譲っていただいたモーデンハイム家の家宝である
一応、打頭部以外のパーツは、取り外して武器職人のシミレアさんの所に託してある。私がこちらに腰を落ち着けたら送ってもらう手はずになっていた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと家宝の状態に戻せますから」
「そ、そうか? それならいいんだ」
私があまりに思い切ったことをしたので焦り驚いているようだった。
ちなみに
私は本当に実に2年ぶりに家族水入らずの時を過ごさせてもらえた。あれだけ不安だったのが嘘のように笑いと喜びと温もりに満ちている。
ありがとうお母様、ありがとうお爺様。
ここは私の家です。ここには私の居場所が確かにありました。
帰ってきて本当に良かった。
心から御礼申し上げます。
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