ご令嬢のドレス、出来上がる

 それからは再び入浴と美容の毎日が続いた。

 1日3回の入浴と体のお手入れの他に、

 爪のお手入れ、歯のお手入れと漂白、アルス先生の手技による小さな生傷の傷跡の処置と、様々な処置が続く。

 時間に余裕がある時は外出用のシュミーズドレスに着替えて保養施設の外を散策したり、メイラを小間使い役として同行させてミッターホルムの街に繰り出したりした。

 そして私がこの施設に来てから6日目に、私のために作られたあるものが届いた。

 朝起きて朝食をとり、最初の湯浴みをする。すっかり体が綺麗になりほぐれたところで、メイラが私に声をかけてきた。


「エライアお嬢様。お見せしたいものがあります」 

「あら何かしら?」

「はい。お帰りの際にお召しいただく外出用ドレスです」


 こちらに到着した二日目に体を採寸してもらいオーダーで仕立て上げてもらっていたものだ。上級候族のご令嬢と言うのは既成品ではなく、原則としてフルオーダーで作られるのが常だ。

 まさか傭兵装束のままでのこのこ帰るわけには行かないのだから、当然といえば当然の話だ。ご令孫のお召し物というのはそもそもそういうものなのだから。

 この保養施設に来てから体のお手入れとちょっとした暇つぶし程度しかしていなかったこともあって、私の中の退屈の虫はどうしようもないくらいに元気に動こうとしていた。

 私の口からメイラさんに思わず言葉が口をついて出た。


「あら?! もう見れるの?」

「はい。別室にて既にご準備は整っております」

「早速案内してちょうだい!」

「かしこまりましてございます」


 その返答するメイラに招かれて、私が寝室として借り受けた部屋の隣にある衣装支度室に向かった。


「こちらでございます」


 その言葉と同時に二人の侍女が部屋の扉を開けてくれる。そしてその扉の向こうに見えていたのは――


「うわぁ――」


 私は思わず大きな声でため息を漏らした。

 それは純白のドレス。高級なシルク地をふんだんに使い、装飾も考えられるだけのものが艶やかに彩られていた。

 それが衣装かけにかけられている。

 私はメイラさんとともに部屋の中へと入る。メイラさんが言う。


「お召しになられますか?」

「もちろんよ」


 部屋の中にはすでに10人ほどの衣装役の侍女の人たちが待機してくれていた。

 私と侍女長であるメイラとのやり取りを耳にして誰に命じられるでもなく自ら彼女達は動き出した。

 私の周りに数人が集まると私の着ているシュミーズドレスを脱がせていく。下着はそのままだがまず両足にシルク地のタイツが履かせられる。

 さらに腰から下に2枚のパニエが着せられ、いよいよその上に本命のドレスが着せられて行く。

 ドレスの衣装掛けから外され、二人がかりで上から被せるようにドレスを着せて行く。

 一旦腰までドレスを通すと、袖の穴へと両腕を通す。さらに上半身までドレスを着せると背面の合わせ目を細めの紐で編み上げて行く。

 全体のデザインはシュミーズドレスで特にエンパイアスタイルと呼ばれるものだった。エンパイアとは異国の言葉で〝帝国〟とか〝王国〟を意味する言葉らしいのだが、一説によると他国との文化の交流の中で南国のパルフィア王国や北のジジスティカン王国などとの服飾文化に触発されて、コルセットを用いない女性本来のボディラインを生かしたシュミーズドレススタイルが確立されたのが由来と言われている。そこで〝王国スタイル〟と言う意味で〝エンパイアスタイル〟という呼び名が広まったと言われている。


 肩口は広めに作られていて鎖骨の辺りから両肩までが露出しているオフショルダーライン。そしてその襟元のラインから首筋全てを覆うようにシースルーなメッシュ地でハイネックが立ち上がっている。

 ウエストの位置は高く胸元はゆったりめに作られている。腰から下が無理に広がることはなくなだらかなナチュラルなラインでスカートの広がりを形成していた。背面は肩甲骨のラインがはっきりと露出するほどに開けられており、首のハイネックの部分が首の後ろで細い紐で編んであった。

 袖はパフスリーブで、長いロンググローブがドレスに合わせられる。

 さらにはドレスの胸元の辺りを中心に水色・青・紫の3色の着色ミスリル銀糸で模様が編み込まれている。模様のデザインはモーデンハイム家を象徴する花であるアイリス。純白と水色・青・紫の3色が織りなすコントラストが目にも鮮やかだった。

 メイラさんが私を姿見の鏡の前に誘導して見せてくれた。


「いかがですか? お似合いでいらっしゃいますわ」

「ありがとう。メイラ」


 このドレスを仕立ててくれたのは紛れもなく私のお母様だ。


『このドレスを着てモーデンハイムの娘として何も憂えることなく安心して帰ってきなさい』


 そう言ってるような気がするのだ。

 私は今ようやくに心の底から安心して帰れるような気がするのだ。


 ちなみにここで一言、

 こう言う身分社会の中で『使用人の女性たちは、令嬢たちの生活を羨ましくは思わないのだろうか?』と言う疑問を感じることはないだろうか?

 何の不自由もない暮らし、苦労する必要のない暮らし、豪奢な衣装を着て、食の道楽には事欠かず、金銭的な苦労する必要もない。なんと羨ましい生活!


――などと思うのは使用人になりたてのくちばしの黄色いひよっ子ぐらいがせいぜいなのだ。


 考えても見てほしい。

 朝から晩まで側近や使用人や親族や親兄弟の目があり、友人関係から学問から将来の選択、果ては結婚相手になるまで他人の意思が介入し本人の自由になる部分はほんの少しでしかない。

 ましてや上級令嬢の婚姻というのはその家を発展させるための政略的な意味での取引でしかない。心の中に淡い恋心を抱いて〝この人と一緒になりたい〟そう思ったとしても大抵は叶わぬ夢だ。ひどい目にあうのを覚悟で家出か駆け落ちでもしない限りは自由など、どうにもならないのだ。

 それとて失敗すれば後からひどい目にあうのは既に話した通りだ。

 使用人として経験を積んでいけば世の中の現実を知る。そして平民である自分は思いの外に自由に恵まれている事を思い知るのだ。


 使用人にとって令嬢というのは、憧れではなく別世界の存在でありむしろ同情を持って接しているというのが本当のところだ。それは1度、実家から逃げ出した私自身がよく知っている。

 それでも、主家と使用人と言う立場を乗り越えて信頼関係を築き上げていく人たちもいる。


 例えばワルアイユのアルセラとノリアさん、

 私と執事のセルテスと言ったあたりか。

 そう言えばミルゼルド家の令嬢で、幼い頃からの親友だったレミチカにも、ロロと言う信頼のおける優秀な小間使い役が付き添っていた。

 そうゆう信頼のおける身内を持てた人はとても幸いである。

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