ルスト、出立
それから翌日に1日かけて出発準備をする。とはいえ身支度の方よりも半年間戻って来れない事の方をどうするかが問題だった。
家賃の方はすでに半年分払い込んであった。
食べ物などは、食べれるものは食べて、食べきれないのはお隣さんに分けてしまった。水回りや火元を整理して、当面必要な着替えだけを残してクローゼットの中にしまってクローゼットそのものに鍵をかける。
まずはこんなところだろう。
そして親しい人たちに挨拶回り。
新聞配達のポールに少し長めに旅をしてくると説明する。
「いつ帰ってくるの?」
と尋ねられたが、かなりの長旅になるのでまだ分からないとだけ答えておいた。また会えると思っている彼に対して良心が痛んだ。
そして、天使の小羽根亭、
忙しい時間帯をずらして顔を出せばちょうど客のいない時間帯だった。女将のリアヤネさんに声をかけて店の裏で対話する。
半年間、旅に出ると伝えるとものすごく悲しい顔をされた。そしてポツリと一言、
「もしかして、西方の国境の戦闘で戦闘の指揮を執ったことが影響してない?」
あまりに鋭い指摘に言葉を失う。沈黙がそのまま肯定となってしまう。
「やっぱり」
そう言ってリアヤネさんは苦笑しながらこう言ってくれた。
「気をつけてね。借りている家の管理とか時々目をかけておくから」
「よろしくお願いします」
その優しい対応が何よりも嬉しかった。
そして一番肝心なのがホタルとマオ。この街での私の唯一無二の親友。道端で会ったのを呼び止めると人目につかない脇路地に入って話をする。
半年間、この街にいないこと。帰りがいつになるかわからないとだけ伝えておく。必要情報が足りないのだがそこは柔軟な頭の彼女たちだ。
「気をつけてね」
「怪我するなよ」
余計な詮索はせず、別れの挨拶だけはしっかりとしてくれた。
そして、傭兵ギルドの事務局に裏口から入るとワイアルド支部長に挨拶をする。
「明日出発しようと思います」
「わかった。気をつけてな」
「はい」
シンプルなやり取りだったがそれだけで十分だった。モーデンハイムとのやり取りは支部長が行なってくれるはずだ。
一通り終えて自宅に戻り、夜食は自宅でありあわせのもので食べる。早めに就寝して日の出とともに出発をする。
誰にも会わずに行こうと思っていた。
でも――
ブレンデッドの市街地の東のはずれに差し掛かった時だった。
「おい待てよ!」
私の背中にかけられる声がある。
「えっ?」
驚いて振り向けばそれは――
「何も言わずに行っちまう気かよ」
「水臭いぞ! 旋風のルストよぉ!」
「別れの挨拶くらい言ってけ!」
「みんな――」
そこにいたのは傭兵仲間たちだった。
驚いて、立ちすくむ私に皆が駆け寄ってくる。
「旅に出るんだってな」
「長旅になるんだろう?」
私にかけられるそれらの声に続いて頭を掻きながら現れたのはドルスだった。
「わりぃ、バレた」
私は思わず苦笑いした。予定通りのオチと言えなくもない。
「静かに出発するつもりだったのに」
ドルスは言う。
「一昨日の夜にお前を自宅に送っただろう? アレを見かけたやつが居ていつもと様子が違うってんで質問攻めにされた」
「それで陥落したの?」
「まぁな。20人以上に囲まれて尋問されたらどうにもならねぇ」
ドルスは渋い顔でそう答えた。傭兵らしい力技にまけたようだ。
「仕方ないなぁ」
私は苦笑せざるを得ない。見れば他の査察部隊の仲間たちの姿も見える。彼らも見送りに来てくれたのだ。人垣の中から声がする。
「半年間は旅の空なんだろう?」
そう問うてくるのはいつぞや私に餞別を集めて渡してくれた人、それに続いて声を発したのは仕事探しのときに私を励ましてくれた女性傭兵の人。
「あんただったら、どこに行ったってやってけるって」
バトマイとマイストの姿もある。
「くれぐれも怪我だけには気をつけてくださいよ」
「また、元気な姿を見るの楽しみにしてますからね」
いろいろな声が私へと届く。だが彼らはどこに行くのか? とは一言も聞かなかった。なぜなら他人の過去や込み入った事情に深く立ち入らないのは職業傭兵家業の一番の流儀だからだ。
傭兵ギルドの事務員のお姉さんたちも居た。
「元気でね」
「帰ってくるの待ってるからね」
そして、彼らはこう言ってくれたのだ。
「いつかまた会おう!」
きっと会える。そう信じている彼らの思いが何よりも嬉しかった。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる。でもすぐには顔をあげられなかった。なぜなら――
「なんだどうした?」
「泣いてんのか?」
涙を拭うのに必死だったからだ。
「今生の別れってわけじゃあるめぇ」
「笑って出発しろや! 旋風の!」
「えぇ、そうよね」
涙を拭い、笑顔をつくる。そして、ようやくに顔を起こすと涙をこらえて別れの言葉を口にした。
「それじゃ、行って参ります」
その言葉にみんなが頷いてくれる。
そして私は歩き出す。
今までの2年間を清算するかのように。
時々振り向くがずっと私を見送ってくれていた。ブレンデッドの街が遠ざかる。そして私の視界から、仲間たちの姿は消えた。そして私は自らの2年間を携えて実家であるモーデンハイムへと向かったのだった。
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