特別なドレスと仲間たちとの絆

 パックさんが尋ねてくる。


「召喚状ということは戻ってこいと言ってきているのですか?」

「うん。とても丁寧な内容でもう何も憂えるようなことはないから安心して帰ってこい。そういう意図を文脈全体に込めてあるの」


 バロンさんが封書に手を伸ばすと中に入れられた手紙を取り出して目を通した。一通り読み終えると傍らのゴアズさんに渡す。こうして順番に一人一人が私の実家からの手紙に目を通すことになった。

 皆が読み終えて最新の口を開いたのはダルムさんだった。


「こいつはもう、逃げられねぇな」


 ドルスが言う。


「ああ」


 しみじみとした声にその手紙の内容の重さを感じずにはいられなかった。ドルスがさらに漏らした。


「向こうのご意向いかんによっちゃ、もう戻って来れないかもしれねぇな」


 カークさんも頷いた。


「そうだな」


 バロンさんが言う。


「不便なものですね身分というのは」


 ゴアズさんも言った。


「高い身分だからといって、世の中の全てが意のままになるとは限りませんからね」


 そして、パックさんも複雑な思いをにじませてこうつぶやいた。


「この世の中に自分自身すらを意志のままにできる身分などありはしませんよ」


 そして彼は私に言った。


「それで、今日は最後になるかもしれない語らい合いと言う訳なのですね」


 私は否定しなかった。


「えぇ。だからこそこれを着てきたのよ」


 積もる話は山ほどあるはずなのだがなかなか言葉が出てこなかった。

 彼らとはこの数十日間あまりの任務の中で知り合っただけにすぎない。でも10年以上も一緒に戦ってきたかのような錯覚すら覚える。こんな気分は初めてだった。


「参ったなあ。本当はいろいろ話したかったんだけど。なかなか言葉が出てこない」


 私はついつい俯いてしまう。


「帰りたくないのかと言えば嘘になる。でも、この召喚状を目の前にしていると2年間で積み上げてきた色々な絆がもう触れることすらできなくなるのかと思えて恐怖すら覚える。私わかるの。モーデンハイムの実家に帰ってしまったら、手紙すら容易には出せない状態になってしまう。上級候族の令嬢というのはそれ自体が一つの象徴のようなものだから」


 私はグラスを握る自分の手が震えていることに気づいた。

 ポツポツとテーブルの上に涙の雫が零れていく。私の傍のプロアが言う。


「泣くなよ。化粧が崩れるぞ」


 そう語りかけてきながらハンカチを取り出し私の目元の涙をそっと取ってくれる。

 その時、ダルムさんが言ってくれた。


「何泣いてんだ。そんなに人との別れが怖いか? いいか? 覚えときな」


 彼は一呼吸おいてこう言ってくれた。

 

「たとえ距離は離れても人と人との絆は絶対に切れない」


 そしてこうも言ってくれた。


「俺たちは仲間だ。共に戦った仲間だ。それは未来永劫絶対に変わらない」


 皆が頷いてくれる。否定する人は誰もいなかった。

 これは私自身の選択の結果。

 ワルアイユの人々を、アルセラを、そしてこの国を救うために決断して選んだ結果のはずだった。こうなることもわかっていた。わかっていたはずなのに――


「甘かった。自分が使った切り札がこんなに怖いものだったなんて」


 ただ家に帰るだけじゃないか? そう何度自分に言い聞かせてもどうなるかわからないという不安が湧いてくるのだ。

 そんな時だ、私の背後に立ち私の肩にそっと両手を乗せてくる人がいた。カークさんだった。


「一つ、学んで行け」


 私は驚きながら振り返る。そこにはとても優しく見つめてくる彼の姿があった。彼は言う。


「お前はまだ17歳なんだ。これから大人になるんだ。お前はまだまだたくさん多くの困難を乗り越えて傷付き学び、這い上がり、さらなる高みへと進んでいく。

 そんなお前が、しわがれた年寄りのように世の中の出来事をすべてを悟りきる事など土台無理なんだよ」


 そして彼は私にこう言ってくれた。


「今ここで、別れに涙するお前自身が一番自然な姿なんだ。英雄として、カリスマとして、強く振る舞う必要は、なにもないんだ」


 そして、ドルスが言ってくれた。


「おっさんの言う通りだぜ」


 みんなの手が一人一人伸びてきて私の手に重ねられる。

 ダルムさんが言う。


「行ってこい。胸を張って堂々と」


 そして彼はさらに言った。


「お前は何も間違ったことはしていないのだから」

「ありがとう……」


 それが限界だった。私は泣き声をあげていた。

 それを受け止め支えてくれる体の温かさが何よりも嬉しかった。


 それから少しして泣き止むと思い出話が流れ始めた。

 楽しかったこと、大変だったこと、いろんな話題が交錯する。お酒が進み気分がほぐれてくる。笑い声が絶えなかった。

 それからどれだけ彼らと語らいあっただろう。部屋の片隅に置かれた針時計が夜の11時を指し示していた。


「もうこんな時間か」


 そう呟いたのはダルムさん。それに続けてカークさんが言う。


「そろそろ頃合いだな」


 ゴアズさんが尋ねてくる。


「ちなみにここからの出発はいつですか?」

「準備もあるから明後日の早朝には」


 プロアが言う。


「見知ってる連中には何て言う?」

「少し長めに旅をしてくるって言っておくわ」

「分かった。口裏は合わせておくよ」


 そして、ドルスが言った。


「道中、気をつけてな」

「はい」


 そして私は皆へと語りかけた。


「皆もありがとう」


 私はそう礼を述べた。そしてその集まりは終わりを迎えたのだった。

 帰り道は皆で送ってもらった。一人で帰れると主張したのだったがさすがにそれは聞き入れてもらえなかった。

 家の前まで送ってくれたみんなに私は礼を述べた。


「本当にありがとうございました」

「ああ」

「それじゃおやすみなさい」


 その言葉に一人一人から声が返ってくる。私は何の憂いもなくこの街から旅立つ決意をする。


「みんな本当にありがとう」


 その言葉を残して皆と分かれると自宅の中へと入っていく。そしてドレスを脱いだそのまま姿で眠りに落ちていったのだった。

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