ルストの旅路と恩人たち

 さらに普段から顔を見慣れた町の人たちが次々に現れては言葉を交わしていく。そして、私の所に現れたのはシミレアさんだった。


「よお」

「シミレアさん!」

「ご苦労さん。まずは無事の凱旋、おめでとう」

「はい! ありがとうございます」


 この人には本当に世話になった。イベルタルで巡り合ってからこの人の導きと手助けがあったからこそ、私は今日この場所にいることができた。


「本当にありがとうございました」


 その感謝の言葉に彼は言う。


「ルスト、お前には実力があった。だからこそ今この場にいる。自信を持て」

「はい!」


 私の元気のある返事に満足げに頷いた。


「これからお前には想像を超えるようなことが次々に起こるだろう。それでもお前ならそれを乗り越えていけるはずだ」

「わかりました。これからも諦めずに頑張ってきます」

「ああ、何かあればまた俺の店にこい」

「はい」


 彼はそう言葉を残して私のテーブルから離れていった。


 そしてそれからも色々な人たちが私に声をかけてくれた。それらの人々と言葉を交し合いながら宴は進む。


 人々がひきも切らない中で、頃合いを見て私は自ら立ち上がった。


「どうした?」


 私のすぐそばでエスコート役に徹してくれていたプロアが問いかけてくる。


「うん、こちらからも声をかけて歩こうと思って」

「そうだな」


 彼は素直に同意してくれた。私はグラスを手にプロアといっしょに歩き回ることにした。

 まずは彼女、いつも楽器で音楽を奏でてくれているホタルの所へと向かう。店の中の片隅で一番音楽が響きやすい場所を選んで今も曲を弾いていた。


「ホタル!」


 私が陽気に声をかければ彼女はにっこりと微笑んでくれた。ニ弦手琴を奏でる手が止まる。


「おめでとう」


 簡素だが心のこもった一言。


「私からもね。本当にありがとう」


 その言葉に彼女は笑みを浮かべながら頷いてくれた。そして再び音楽が始まる。彼女の人生は旅と音楽と共にあるのだから。

 ついで女将のリアヤネさん。忙しく店を切り盛りしているが、この宴の席で一通りの注文をさばき終えて一息ついているところだった。


「リアヤネさん!」

「ルストちゃん」


 わたしはリアヤネさんのところに駆け寄る。リアヤネさんから声がかけられる。


「おめでとう、よくやったわね」


 彼女から送られてきたのは労いの声。

リアヤネさんとは、私がブレンデッドの街に腰を下ろしてからの付き合いだった。

 平坦な毎日ばかりではない。苦労の方が多かったかもしれない。そんな毎日を間近で眺めていて心のこもった一言で支えてくれたのは彼女だった。

 私にとって、姉とも、母とも、言えるような人だったのだ。


「ありがとうございます。やっとここまできました」


 そう述べる言葉にリアヤネさんは心配げに問いかけてくる。


「それにしても、これから本当に大丈夫なの?」


 その心配の声の意味はよくわかる。私のこれからについて案じてくれているのだ。


「大丈夫です。生きていくのは大変だけど、世の中は敵ばかりじゃない。この2年間でそのことを心の底から学びましたから」


 そんな時、彼女の脇から声がした。


「もしどうにもならなくなったら、飛び出してこっちに帰ってきちまいな。食い扶持くらい何とかしてやるからよ」


 まだ若いと言える年頃の男性。服装からして職業傭兵なのは間違いない。リアヤネさんが紹介してくれる。


「私の旦那、普段あまり顔見ないでしょ?」


 私は彼に挨拶した。


「いつも奥様にはお世話になってます」


 その言葉に彼は相好を崩して笑いながら答えてくれた。


「世話になってるのはこっちだよ。これからもよろしくな」

「はい!」


 そして、二人に礼をしながらまた別の人のところに移る。店内をめぐって色々な人たちと会話を重ねる。

 大きな勝利を手にしたことへの賞賛もあれば、

 大きな困難にぶち当たって大変ではなかったのかと心配する声もあった、

 あるいは率直に、2級傭兵である私が指揮権を取れたことへの疑問を口にする人もいた。

 まあその辺はなんとかごまかしたが。

 

 そして巡り巡って彼らのところへとたどり着く。

 私に先に声をかけていたのはダルム老、


「よぉ、やっと来たな」


 愛用の鉄煙管をくゆらせながら酒を傾けていた。

 その隣に腰を下ろしているのがドルス、


「なんだ、二人揃ってのご登場か」


 モルトウイスキーの入ったグラスを手にしながら、私がプロアを伴って現れたことを皮肉っている。私は困り気味に言う。


「そんなんじゃないわ。エスコート役たのんだのよ」


 プロアが補足してくれた。


「いつもの傭兵装束からドレスに着替えるって言うんでな、一人で歩かせるのは危ないと思ったんだよ」

「そうだったのか。まぁ、お前なら間違いないか」


 そしてニコリとほほえみながら彼はいう。


「今回の戦いでのもうひとりの功労者はお前さんだからな」

 

 夜を徹しての伝令役。あれが成功したのが勝利につながったのだ。

 その言葉にカークさんが言う。


「そうだな。情報伝達と伝令は戦況を一番左右する」


 そこにパックさんも言った。


「これくらいは役得の範囲ですよ」

「もちろん判ってるさ」


 さらにそこにゴアズさんも言う。


「それに今回の戦いを通じて、私たちもそれぞれの〝壁〟を超えることができました」

 

 そして、言葉少なにうなずいたのがバロンさん。


「そうだな」


 そして最後を締めるかのようにプロアが言う。


「俺もだ。俺たちはお前に救われた」


 そう言いながら彼は私の肩をそっと叩いた。そこにドルスがニコリと笑いながら言う。


「月並みなセリフだが、あれだな『お前が隊長で良かった』ってやつか」

「あぁ」


 そして皆の声が揃う。


「ありがとう」


 思えば今回の任務が始まる前、部隊編成の時、私が小隊長になれたのは偶然の巡り合わせの産物だった。初めは半分以上、評価されないことへの意地だったのかもしれない。

 ダルムさんに教えられ、

 ドルスとぶつかり合い和解し、

 カークさんに信用されて、

 そして、プロア、パックさん、ゴアズさん、バロンさんに、様々な局面で助けてもらった。

 今私がここにいるのはみんなの力を貸してもらえたおかげだ。


「礼を言うのは私の方です」


 頭にかぶったベレー帽を脱いで感謝の言葉を述べた。


「皆さんがいたから今回の成果が得られたんです。誰一人欠けても私はここに立っていませんでした」


 そして一礼して感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございました」


 私の残したその言葉に皆が頷いている。私と仲間たちのその光景に皆微笑ましそうに視線を向けてくれていた。

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