■ルドルス・ノートンの場合

 ドルスは待っていた。

 祝勝会の会場の外で、彼が予想した人物がやってくるその時を。

 彼は確信していた。絶対に仕掛けられるはずだと。


 祝勝会の会場に並ぶであろう多彩な料理。それは会場から少し離れた婦人集会場で村の女性たちや駆けつけた女性使用人たちの手により作られていた。

 出来上がった料理は内外の複数の候族家の男性使用人たちの手により運ばれていく。その道筋は決まっており異なる道が使われることはまずない。

 ドルスはそれを分かった上で道端で佇んで待っていたのだ。

 そして、その時は来た。ドルスが予想を立てていた通りにその人物は姿を現したのだ。


「よし、当たりを引いたぜ」


 そう呟きながら歩き出す。向かう先には一人の給仕がその両手に、取っ手付きの大皿に盛られた大皿料理を運んでいた。

 料理は鴨肉のプディングと、野菜とキノコの詰まったオムレツ。いずれも村の女性たちによる心のこもった料理だった。

 ドルスはそれを視界に捉えながら静かに歩み寄る。


「待ちな」


 一言そう声をかけて給仕の男性を足止めする。


「いかがなさいましたか?」


 給仕が声を返してくる。だがドルスは憮然とした表情のまま尋ね続けた。


「お前、本当に給仕か?」

「な、何をおっしゃいますか? 申し訳ありませんこれを運びませんと行けませんので」


 そう言い返して先を急ごうとするその男をドルスは自ら立ち塞がって遮った。


「答えろ。どこの家の使用人だ?」

「申し訳ありません。時間がありませんので」


 ドルスの問いかけに男は答えない。ドルスはやむなしと判断して自らの考えを述べた。


「ふざけてんじゃねぇよ。どこの世界にそんなに二の腕が筋肉でパンパンに張った給仕役が居るんだよ」


 ドルスが指摘する通り、給仕役の燕尾服の袖は不似合いなくらいに筋肉で張っていた。そうまるで、


「それじゃあまるで職業傭兵か軍人みたいじゃねーかよ」


 それは給仕というより、荒事に慣れた傭兵か軍人のようだったのだ。男が引きつった顔で黙りはじめた。ドルスはなおも告げる。


「現役やめた傭兵や軍人が候族様の使用人になる場合、門番か警護役か狩場番と相場が決まってんだ。給仕役になる従僕は体力よりも見た目の美しさの方が重要視されるからな」


 そしてドルスはつかつかと歩み寄るとおもむろに、その男の運んでいた料理へとに手を突っ込んだのだ。


「あった」


 料理に手を突っ込んですぐにドルスは言った。その指先に何かを見つけたのだ。それは引き出しながらドルスは言う。


「おい、なんだこりゃ?」


 ドルスが料理の中から見つけたもの。それは一匹の死んだカエルだった。


「これどう見ても食用のカエルじゃねえよな? まぁ、食用のカエルだってさばいて肉付きのいい太もものあたりを食うんだけどな」


 そしてそのカエルを突きつけながらドルスは問い質す。


「言え、お前どこからやってきた?」


 もう言い逃れはできなかった。焦ったかのように料理の乗った大皿をドルスへと投げつける。


「くそぉっ!」

「このっ!」


 すんでのところで大皿を躱す。道端に拳の大きさほどの石を見つけるとそれを拾い上げて振りかぶった。


「逃がすか!」


 怒号一閃、ドルスの左手から放たれた大石は逃げ去ろうとする男の後頭部へと見事に命中した。その衝撃の勢いのまま男は前のめりに地面へと倒れた。

 すかさずドルスはその男の背中を両足で踏みつける。

 その騒動を聞きつけて、巡回警備していた正規軍の兵卒たちがにわかに駆け寄ってきた。


「何事ですか?」


 ドルスは兵卒へと告げる。


「妨害だ。ほれ」


 ドルスは自らの右手に掴んでいたあのカエルを指し示した。それまで料理の中に突っ込まれていたことを証明するかのようにカエルは油と料理のソースまみれだった。


「祝勝会の給仕役に化けて、料理の中に異物を仕込もうとしたのさ。候族のお歴々、特に女性がたが一番嫌がりそうな〝カエル〟なんて物をな」


 逃れようと抵抗する男を兵卒たちが瞬く間に取り押さえる。逃れる余地は一切なかった。ドルスの言葉は続く。


「候族の連中っていうのは人の手が加えられた、とても整った料理しか口にしない。髪の毛一つ入っただけでも二度と手を付けないくらいだ。また、そういう料理しかして口にしない事が候族としての格の高さの証明にもなるのさ」


 ドルスの語る言葉を兵卒たちはしっかりと耳にしていた。ドルスはなおも語った。


「そんな連中の前にこんなもんが入った料理を出してみろ。一発で責任問題だ。噂を聞きつけて『自分が食べた料理もそうだったのではないか?』そんなふうに考えて寝込んじまったり、抗議してくる連中が殺到することだってあり得る」


 兵卒の一人が言う。


「まさに、たかがカエル一匹。されどカエル一匹、ですね」

「そういうこった。おそらくこいつ一人の考えじゃねえ。入れ知恵した黒幕がいるはずだ」

「了解しました。背後関係を詳しく調べます」

「頼むぜ」


 その言葉のやり取りの後に兵卒の一人がハンカチを取り出してドルスが見つけたカエルを証拠品として受け取る。そして、3人がかりでニセ給仕役を連行していくと残りの人員が散らばった料理を片付け始めた。


「それにしてももったいない」


 その言葉にドルスが言う。


「まったくだ。日の出る前から女たちが必死になって作ったっていうのによ」


 そう言葉を漏らしながらドルスも散らばった料理を広い始めた。そしてドルスは言った。


「調理役の女性たちには俺が説明してくる」

「よろしいのですか?」


 驚く兵卒たちにドルスは言った。


「気にすんな。女に頭下げるのは慣れてるよ」


 そう語り苦笑するドルスとともに兵卒たちも笑いあっていた。

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