軍閥候族と経済候族 ―2年前の黒い影―

「みんな」

「おう」


 そう言葉をかければ皆の返事が帰ってくる。そして、今回の事件への思いが語られようとする。まずはカークさんだ。


「それにしても。最後の最後で1番ややこしいところがでしゃばってきやがったな」


 ゴアズさんが言う。


「中央政府の賢人議会ですね」

「ああ。一番でしゃばって欲しくないところに首を掴まれた感じだ」


 バロンさんも言う。


「おそらくは今回のワルアイユ動乱に一枚噛んでいた人間がいたのでしょう」


 その言葉にドルスが同意する。


「案外それ正解かもな」


 そして怒りを交えてダルムさんが言った。


「一枚噛んでるつーより、おそらくは本当の黒幕だろうぜ」


 その言葉に皆の視線が集まる。彼は言葉を続けた。


「世間様の噂じゃ、アルガルドの上位親族であるミルゼルド家に疑いの目が行っているそうだが、そいつは候族様の内部事情を知らない連中の決めつけってやつだ」


 プロアが補足するように言った。


「ああ、今回の黒幕は中央正規軍の上層部にまで手が伸びている。そうなると絶対〝軍閥候族〟じゃないと黒幕になれないんだよ」


 その言葉に異国人であるパックさんが尋ねてきた。


「失礼、軍閥候族と言うのは?」


 その問いかけにプロアが分かりやすく答えた。


「軍閥候族って言うのは分かりやすく言ってしまえば、数多くの軍の幹部を輩出している候族の事さ。軍や政府への影響力で上級候族としての地位を維持しているんだ」

「なるほど――」


 そこにプロアの言葉は続く。


「これとは逆に経済への投資や商売による利益で権勢を維持しているのが〝経済候族〟ってやつだ」


 プロアは言葉を選びながら説明を続けた。


「軍閥候族は軍部とのつながりや軍事力で権勢を維持しているのに対して、経済候族は資産の豊かさで人脈を築いて勢力を保っている。アルガルドの上位候族であるミルゼルドは生粋の経済候族であり、その莫大な資産の力で影響力を発揮している。

 だが、さすがに正規軍の上層部にまで食い込めるほどの軍事的発言力は無い」


 その言葉に続けるように私は告げた。


「そもそも今回のワルアイユ動乱では、傭兵ギルドですら騙せるほどの精巧な偽の指令書や、本物とほとんど区別のつかない軍人徽章が使われています。これは軍の内部にまで手が伸びている連中でなければ出来ない芸当です。当然ながら経済候族には無理なのは明らか」


 それらの話を耳にしてゴアズさんが結論を述べた。


「つまり今回の一件では、軍閥候族じゃないと黒幕になれないというわけですね?」

「はいその通りです」


 そしてさらにプロアが言う。


「十三上級候族の中で軍閥候族と言いやぁ――、レオカーク家、ベルクハイド家、クラリオン家、フォルトマイヤー家と言ったあたりが有名なんだが」


 いや、まだ一つある。それだけはこの場で言っておかねばならないだろう。私は神妙な面持ちで告げる。


「いいえ、まだもう一つあります」

「なんだって?」

「それは一体?」


 誰ともなく思わず漏れる言葉に皆の視線が私の方へと集まる。その一つ一つを見返しながら私ははっきりと答えた。


「私の実家、モーデンハイム家も有数の軍閥候族です」


 それは紛れもない事実だった。だからこそ私は幼い頃から軍学校で学んでいたのだから。

 皆が言葉を失っている中で私は語りはじめた。


「私の実家であるモーデンハイムは、古い歴史を持つ最有力の軍閥候族です。古くから優秀な士官や将校を多数輩出し、軍関係はもとよりそれらを足がかりとして各種政府機関に食い込み、賢人議会にも代々にわたり代表議員を輩出してきました」


 私の語るその言葉にプロアさんが頷いている。彼自身も元上級候族であるがゆえに私の言うことが本気で理解できるのだ。


「それゆえ、その発言力・影響力は極めて絶大であり、そのモーデンハイムの当主ともなれば、その声一つで最下級の下級候族くらいなら簡単に潰してしまいます。軍そのものに対する影響力も計り知れないものがあり、たとえ現当主でなく引退した元当主であったとしても軍中央本部に指令書の一つくらいは出させることくらい簡単やってのけます」


 私のその言葉の意味が皆には通じていた。

 カークさんが気づいたように言う。


「西方国境の戦闘でお前さんが軍中央から取り寄せた〝前線指揮権の委任状〟か!!」


 まさにその通り。私はうなずいて言う。


「そうです。あれは私のお祖父じい様であるユーダイム候にお願いして発行して頂いたものなのです」


 ここまで語れば私の実家のモーデンハイム家がいかに厄介なものなのか伝わったはずだ。それを前提として私はさらに語った。


「私はこの数日間、ずっとあることを感じていました。アルガルドの人々のその裏側に存在している謎の黒幕の気配。その気配に私は既視感のようなものをずっと感じていました。私が2年前、死に物狂いで逃げてきたあの気配です」


 皆が言葉を失っているのがよく分かる。

 ドルスさんが言う。


「お前が自分自身の自由をつかむために、夜の闇に紛れて旅立ったあの日だな?」

「はい。あれはまさにあの冷酷極まりない父の気配から逃れたいがための旅立ちでした」


 苦痛の記憶を掘り起こしながら私は続けた。


「人を人とも思わない冷酷さ、幾重にも企みを講じる周到さ、権力や権勢というものに対する執着心、犠牲となった人々の苦しみに対する鈍感さ、アルガルドの連中が起こした行動の一つ一つを見ていくと、それらの特徴がはっきりと浮かび上がってきます。

 それはまさに私と私の兄マルフォスを追い詰めたあの男の特徴にほかなりませんでした」


 プロアさんが補足するように言った。


「マルフォス候か、自死なされたんだったな。お前の兄さんは」

「はい。将来を絶望して自ら死を選んでしまった私の兄上。でもあの男はマルフォス兄様の死に際しても、涙ひとつ流すことなく薄ら笑いすら浮かべていたんです。自ら死を選んだ兄を〝弱き者〟と罵りながら!」


 私は、兄の葬儀の席でのあの男の顔を生涯忘れない。


「あのデルカッツですら、自らの過ちを悔いて自決と言う結末を選びました。贖罪の言葉を残しながら。

 しかし今回の事件の黒幕には自らの罪を自覚し悔い改める素振りすらありません。それどころか、ワルアイユ領の領主地位継承問題にかこつけて妨害――、いや乗っ取りすら画策している。到底人間のやることじゃない」


 私は怒りに満ちた声を絞り出すように告げる。査察部隊の仲間たちも私が何を言わんとしているのか察してくれていた。私は荒ぶりそうになる自分の心を抑えながらはっきりと告げる。


「今回の黒幕の気配に感じた既視感はまさにあの人そのものでした」


 そして私の口から出たのは、今回の事件についてのひとつの結論だった。


「今回のワルアイユ動乱の真の黒幕の正体は〝私の父〟デライガ・ヴァン・モーデンハイムです」

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