序文:噂は万里を越える

序文1:レミチカ思う『友は何処へ?』

[前文]作者よりお詫び――

【旧序文1:中央参謀会議】と【旧序文2:正規軍、密命動く】は、

第三章【第5話:特別幕:国境決戦】【第6話:特別編:ラインラント砦の戦い】の前に移動しました、主な内容は変わりません

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 念話装置――


 それはフェンデリオルにもたらされた技術の中でも、人々の生活に革命をもたらしたと言われている。

 250年前の精術武具の開発と普及、その中で風精系の一つとして編み出されたものだった。

 風精系の持つ特質の一つである〝情報と意思の伝達〟それを可搬可能な道具として具現化したものだった。

 当初は独立戦争における連絡手段の一つとして極秘裏に用いられていた。


【隔絶した兵の相互の連絡を瞬時にしてならしむる】


 それが念話装置の効果の一つであり、それがもたらした実績はあまりにも絶大だった。

 フェンデリオルがゲリラ戦を主体とした神出鬼没の戦闘を思想としていることもあり、より効果的に敵国へと打撃を与えることになる。

 そして、独立戦争に勝利し、精術武具の成果と並び、念話装置はフェンデリオルの軍事にとって重要機密であると同時に必要不可欠なものとなっていた。

 それから念話装置は改良と発展が続けられ、市民生活の中へと普及するに至った。

 たとえ国土の辺境の地であったとしても、念話の技術如何によっては国家の首都まで瞬く間に情報が伝達される。

 その利便性はフェンデリオルの市民生活に至るまで革命をもたらしたのだった。

 経済情報があれば離れた主要都市同士で即日に情報が共有され、

 軍事命令は最前線と首脳部との間で綿密な意思の共有が可能となった。

 事件があればそれは瞬く間に国中へと広がる。

 それはまさに〝万里の波濤はとうを超える〟が如し。


 東から伝わった古い言葉に『悪事千里を走る』という言葉がある。

 だがその言葉はいつしか、フェンデリオルでは別な言葉へと置き換わった。


【噂は万里を越える】


 それはまさに念話装置によって、情報伝達が一瞬にして国へと広がる様を表したものだった。

 そして今まさにある一つの事実が国中へと広がろうとしていた。


 西方国境での事件の詳報は様々な手段を通じて伝わっていく。

 そして、旋風のルストことエルスト・ターナーにまつわる人々へと事件の詳細は続々と届いていく。

 新たな事件の予感を伴いながら――



 †     †     † 



――噂は万里を越える――


 正規軍本部と同じく中央首都オルレアにはある人々が存在している。


〝上級候族十三家〟 


 フェンデリオルの身分階級である〝候族〟その中でも特に家格の高い十三の家系を指して言う。

 いずれもがこの国の要職・重職についており、また経済的な影響力も絶大とされている。


 その中でも序列5位にあるのが〝高家ミルゼルド家〟だ。


 経済や投資に対して強い見識を持つ上級候族であり、海外貿易や学術研究への資金援助などでも優れた実績を有している。上級候族の中でも屈指の富裕候族であり『豪商と投資のミルゼルド』とも呼び称されていた。

 だがそのミルゼルド家は困難の渦中にあった。

 なぜなら、あのワルアイユ動乱を引き起こしたアルガルドの連中は、彼らミルゼルドの傍流の家系とはいえ、彼らの親族であったためだ。

 そして、それは憶測や風聞を呼び、彼らを苦しい立場へと追い込みつつあった。

 そんな彼らにある知らせがもたらされようとしていた。


 中央首都オルレアの南部地区の一角、上級候族の巨大邸宅が軒を並べるエリア。そのひとつに居を構えているのが上級候族の一つミルゼルド家だ。

 経済や投資を得意としているだけあって、邸宅の敷地面積と建物の数と規模はオルレアの中でも1~2を争う。

 ベージュ色の漆喰で統一されたその壮麗な建物群の中の一つがミルゼルド家の令嬢の一人であるレミチカ・ワン・ミルゼルドの居宅であった。

 今年になりよわい17になったところだが、ミルゼルド家独自の教育方針の一環として13の頃から居宅の一つを預けられ若き女主人として振る舞うことを求められていた。

 それゆえに気が強く独立心が旺盛であり競争心に富むところがあったが、内面は繊細であり仲間や友人というものをことさら大切にする性分であった。

 そう言う気性であることは寝起きを共にする使用人達にも知れ渡っていたからレミチカを悪しげに揶揄するものは皆無だったのだ。


 その日、レミチカは邸宅にてくつろいでいた。

 午前を自らが通う大学で過ごし、午後からは講義がなかったので早めに切り上げて帰宅していた。

 昼食をとり、自らのお気に入りである書斎に赴いて勉学に励む。

 宅内で着ているのはモスリン生地のエンパイアスタイルドレス。その上に肩を冷やさないためのハーフローブを重ねている。

 この中央首都オルレアではコルセットで締め上げるスタイルの衣装は早い頃に衰退して用いられなくなっている。女性の社会進出が盛んになり体を動かしやすい装いが求められたためだ。

 体を締め上げるコルセットに変わり、ブラレットやシュミーズやズロースやショーツと言った立体裁断された布地下着が主流となる。当然その上に着るドレスはごく自然なシルエットを描くような装いが世の中の流行りとなっていた。

 大都市オルレアで暮らすレミチカは世の中の流行り廃りには敏感だった。そして、それは世間で起きている事件に対しても鋭敏な見識をもっていた。

 そして今もまた彼女に新しい情報がもたらされようとしていたのだ。


 書斎の入り口の扉がノックされる。それに対してレミチカは返事を返す。


「入りなさい」


 シンプルで明確な答えを受けてドアが開いた。


「失礼いたします」


 控えめなトーンながらよく通る心地よい声で答えたのはレミチカの専属侍女を務める2歳年下の少女だった。

 名前はノツカサ・ロロ、若いながらもよく気が付く聡明な少女で、主人であるレミチカに常に付き添いどこへでも同行することから、世の中の事情はもとより候族社会の決まり事に至るまで事細かに把握している。

 下手に年を重ねた中年侍女よりも利発で聡明であるとのもっぱらの評判だった。

 そのノツカサがレミチカに告げる。


「お嬢様、火急のお知らせです」


 語学の書物を羽ペンで勉学用のノートへと書き写していたレミチカだったが、ノツカサの言葉にレミチカの手が止まる。


「何事ですか?」


 またも問いかけはシンプルだった。ノツカサは速やかに用件を伝える。


「西方辺境でただいま国境紛争が起きているのはご存知かと存じます」

「もちろんよ。お父様のお仕事の筋合いから、世の中の様々な事件や出来事のお話が舞い込んでくるもの。西方辺境のワルアイユ領に謀反の疑いがあるとして緊急の制圧部隊が派遣されたという話でしょ? それがどうしたの?」

「はい」


 そう答えながらノツカサは部屋の中への入り後ろ手で扉を閉める。その行為が彼女が持ってきた情報が外部には容易に漏らすことができないものだということを明確に表していた。


「そのワルアイユ領の案件が紛争へと発展、市民義勇兵・正規軍人・職業傭兵を糾合した臨時の防衛部隊が編成され、本日未明より国境防衛戦闘が開始され、本日正午終結したとのことです」


 ノツカサがもたらした情報を耳にしてもレミチカの表情は怪訝そうだった。


「それがどうかしたの? このフェンデリオルでは国境紛争なんか珍しいことではないでしょう?」


 それは事実だ。何しろ250年間も断続的・散発的に紛争と事実上休戦状態を幾度も繰り返しているのだ。争いは無いのが理想的であるが、それが容易ならざることであることくらいはレミチカにも十分わかっていた。ましてや商業に明るい一族の一員であるなら世の中の現実というものに対して冷静であって当然だった。

 だがノツカサは言う。


「はい、お嬢様のおっしゃる通りこの国では珍しくありません。ですが私がお伝えしたいのは紛争そのものではなく、その紛争を終結へと導いた〝指揮官〟についてです」


 レミチカは手にしていた羽ペンを机の上のペン置きに戻して尋ね返す。


「指揮官がどうかしたの?」

「はい」


 ノツカサは一呼吸おいて言葉を続けた。


「指揮を執っていたのは正規軍人ではなく、若干17歳の女性傭兵です」

「えっ?」


 ノツカサがもたらした情報がいかに非常識なものであるかはすぐに分かった。卓越した能力を持つ職業傭兵が前線で指揮をとることは決して珍しくない。だがそれが自分と同じ17歳の少女となると常識的にはありえない。

 驚きを隠さないレミチカに対してノツカサは続けた。


「この17歳の女性傭兵、エルスト・ターナーについて調べましたところ、西部領域のブレンデッド所属であることが分かったため該当地区の傭兵ギルドに身辺情報について問い合わせました」


 レミチカはその言葉に両指を組みながら真剣な表情で問いかけた。


「それで?」

「はい、銀髪・碧眼の女性と言うのはフェンデリオルでは珍しくありません。

 ですが身長が4ファルド1ディカ(約156センチ)、得意とする技能は精術学、傭兵になり1年足らずで2級資格を取得する学力と才覚を持ち、戦場においては600人を超える規模の軍勢を従えて見事に指揮をとり、勝利を得るほどの戦術的才覚を持ち合わせる人物など、そう簡単に居るものでしょうか?」


 ノツカサがもたらした言葉にレミチカは蒼白になった。


「まさか! エライア!?」


 2年前に姿を消した大切な親友だった。


「私もそう思います」


 だがレミチカの驚きは消えない。


「なぜ? エライア、なぜそんなところに居るの?」


 消息不明の親友、それがなぜ西方辺境と言う土地に赴いているのか? レミチカには想像すらつかなかった。

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