第2話:西方辺境国境地帯偵察任務

炎天下とルストの苛立ち

 朝早く、日の出と同時に行動を開始する。


 集合予定地のブレンデッド西部の合同演習場の敷地片隅で集まると、隊列を組んで出発する。そこからは8日間の行程だ。

 そして任務地、西方国境地帯のとある場所。地名もなく、軍事地図上で地点コードでしか呼ばれない場所に私達は到達していた。ここで拠点を決めて哨戒行動を行い、敵であるトルネデアス軍の動向を調べ、また決められた帰投ルートをたどって帰還する。

 この地点での滞在日数は実質2日間。到着当日は野営拠点構築と野営地周辺を詳細に調べ、そして、あくる日から哨戒行動に入る。

 哨戒行動は二人一組となって行う。小隊は10人だからペアは5つ。そのうち、私と補佐役であるドルスさんが拠点地で留守居の歩哨となる。残る8人、4つのペアに事前に見当をつけておいたルートをたどって探ってもらう。その組み合わせは、ダルムさんとプロアの非軍人ペア、ゴアズさんとバロンさんの元軍人ペア、カークさんとパックさんの武闘派ペア、残る2人の新人さんたちとなる。


 朝、日の出と同時に簡易糧食で朝食をとり、簡単な打ち合わせをして行動を開始する。隊員を見送り、私はあのサボり男とお留守番をすることになるのだが――

 これがまたけっこうしんどかった。

 時に、精霊邂逅歴3260年7月1日の事だった。

 


 †     †     †


 

「暑い……」


 頭からマントをかぶり日差しをこらえながら歩哨に立つ。 

 ここは辺境、温暖で緑豊かなフェンデリオルの国土の中にあって西方の最辺境と言える地点だ。しかも、フェンデリオル西方外れに広がる砂漠地帯の〝ふち〟なので、気温は尋常じゃないくらいに上がっていく。

 だがそれでも、砂漠のど真ん中よりは過ごしやすい方だ。

 ここはフェンデリオルとトルネデアスとの境目に当たり、200年に渡る奪い合いの舞台だ。国境線は存在しているが、守られた試しはない。奪い合いの一進一退を繰り返しているので哨戒行動で歩いていて、突然鉢合わせるなんて珍しくない。

 そう――

 野営拠点を決めて待機するだけでも危険と隣り合わせなのだ。

 

 周囲は砂よりも岩のほうが多い岩砂漠で、植物は低木がまばらに生えている。吹き抜ける風は熱く、頭上からは焼けるような日差しが照りつけていた。普通に立っていたのではあっという間に血液が沸騰してお亡くなりになってしまう。

 なので、体調への影響を考慮して交代は1時間おきだ。

 

 私の普段の服装――ボタンシャツ・ロングのジャケットスカート、その上にフード付き外套を羽織るが、この辺境地帯ではさらにその上にラクダの毛で編まれた大きな純白の布を頭からかぶる。

 その状態で周囲を警戒しながら、視線を配り続ける。

 

 とは言え――

 一緒にいる隊員が問題だった。

 片方が歩哨役として立っている間、相方は日よけの天蓋の下で休憩を許可される。だが、休憩の間も何かあれば即座に動けるように準待機しているのが暗黙の了解だ。

 私は、天蓋の下で待機しているサボり親父のドルスの事を横目で睨んだ。準待機どころか寝そべって仰向けになっている。それはまさに怠け癖の権化。ダルムさんの言ったとおりで、まるで状況というものを理解してない。

 私は、いらだちを抑え穏やかに告げる。

 

「ルドルス3級、作戦時間中です。完全休憩ではありませんよ」

 

 完全休憩――、軍務に通じている人間なら理解できる言葉だ。

 作戦行動にすぐに戻る可能性があるときは、寝そべったり、ましてや靴を脱いだりするようなことは禁じられる。それができるのが完全休憩なのだが、通常は夜間か作戦行動領域から離れたときに許されるものだ。なのにこいつは――

 ドルスが仰向けのままで言い訳をする。

 

「いいじゃねえかよ、早々簡単に敵襲なんて来ねえよ」


 まるで緊張感のない言い訳がやる気の無さを物語っている。ダルムさんにも彼には注意をはらうように言われていたが、まさかコレほどとは思わなかった。それに寝そべるだけでなく別な問題もある。手のひら大の粗雑な文庫雑誌を手にして眺めていたのだ。

 もうコレ以上は見過ごせなかった。私はつかつかと歩み寄るとひったくる。

 

「あ? おい!」

「休むのは構いませんが、これは駄目です」

「ちょっとくらい良いじゃねえかよ」


 その反論に対して、私は鋭くにらみながら強く言い返した。


「全体での完全休憩ならともかく準待機です。しかも他の人たちは哨戒行動中です。控えてください」


 そう、他の隊員たちはこの炎天の下、行動中だ。個人の勝手は許されない。そして、その個人の勝手が許される限度について采配を振るうのは隊長の役目だった。

 それは一般に〝風説本〟とか〝銅貨本〟とか呼ばれる安雑誌で、低俗な噂話が書かれている事で有名だ。出どころも怪しい風説がまことしやかに書かれている。私達のような職業傭兵の中には休憩時の暇つぶしに丁度いいと持ち歩く人も居る。

 しかも、風説記事のほか、成人男性が好みそうな、その手の読み物が書かれていることもあるから始末におえない。

 

「まったく――、なんでこんな低俗なもの」


 私は苛立ちを口にしたが、それに対してさぼり親父が反論してくる。


「バカ、そっちじゃねえよ。10ページ目見てみろ」

「え?」


 言われるままに広げればそこに書かれていたのは――

 

「2年前の【モーデンハイム家令嬢失踪事件】の最新情報?」

「お前も知ってるだろう? 当事、国中で騒動になった〝あの話〟だ」

「それは知ってますけど」


 今を去ること2年前、とある上流階級のご令嬢が謎の失踪事件を起こした。

 この国に13ある高家の上流階級の一つ『モーデンハイム家』のご令嬢。それが軍学校を卒業直後、突如失踪したとされている。

 表向きは海外留学と説明されているらしいが否定する意見もあり、市井の人々の間では諸説飛び交ってゴシップ好きには格好のネタとなっていた。

 失踪事件から2年経過した今でも、その令嬢本人は衆目の前に姿を表していないと言う。私は文庫雑誌を少しだけ眺めてドルスさんに返した。

 

「なんで今さら?」


 私が困惑してそう問えば、彼は言う。

 

「〝今さら〟じゃねえ、〝今でも〟だ」

「え?」


 ドルスさんは真剣な表情で言う。

 

「こう言う風聞本や新聞記事とかじゃ、今でも失踪した令嬢の消息はネタになってるんだよ。なにしろ〝姿が見えない〟と言うのは事実なんだからよ。有力な情報には賞金も出るって話だ」

「まさか、賞金狙いですか?」

「まぁな。不確かなネタでも向こうが気に入れば手間賃くらいは出るって話だ」

「それ任務中にやる事ですか?」


 もはや呆れるよりなかった。だが彼は言う。

 

「どうだお前も一口乗るか? 家賃厳しいんだろ?」

「いりません! それに私が懐具合厳しいのは、家族への毎月の仕送りのためです! 自分でなんとかします」

「そうかよ、そりゃ悪かったな」


 まるで到底、プライドある職業傭兵とは言えないような言いっぷりに嫌悪を覚えた。

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