雷神の決断とルストの覚悟

 カークさんは静かに語り始める。その威圧感たっぷりの外見からは考えられないような落ち着いた話し方だった。

 

「俺は彼女の実力も人柄も詳しくは知りません。是非の判断は放棄します。ですが――」


 カークさんは鋭くも問いかけるような視線で私を見つめた。

 

「彼女が小隊長に任命されるのであるなら、俺はその職権に服します」


 そう、つまり彼は私に『お前の出す命令には従う。だから黙って引き受けろ』と暗に告げているのだ。生真面目な軍人気質の彼らしい答えだった。バロンさんが言う。

 

「同感です」


 ゴアズさんも言う。

 

「私もです」


 そしてダルムさんが助け舟を出してくれた。


「支部長、何かあれば俺がケツ持ちします。問題が起きたときは俺が連名で責任を取る」

「それなら心強いな。どうかね? エルスト君」


 流石にもう逃げれなかった。ましてやダルムさんにそこまで言わせてしまったのだからこれを無下にする訳には行かない。

 とは言え、心と頭では決断のタイミングが異なる。理性では引き受けるしか無いとわかっていても、心が受け入れるのを拒んでいた。正直言って怖い。失敗したらシャレにならない。

 でも、先程、私に助言をくれた女性傭兵の人は言っていた。


――地道にがんばりな、一つでも武功をたてられればこっちのもんさ――


 不意に彼女の言葉が頭をよぎる。巡ってきたチャンスはモノにしてこそ成果を得られるのだから。頭が冷え、心が冷静さを取り戻し、腹が据わる。覚悟は決まった。

 

「わかりました。小隊長職、務めさせていただきます」


 こうなったのならば自分の力を出し尽くしてでも成功させてみせよう。それに小隊長となれば俸禄も上がる。仕送り問題も解決する。皆が協力してくれるという言質もある。拒む理由はもうどこにもない。

 私は立ち上がり皆に挨拶する。

 

「小隊長を任されたエルスト・ターナーです。よろしくお願い致します!」


 皆が静かな拍手をもって迎え入れてくれる。支部長が言う。


「それでは本ミーティングのあとで小隊長の職務について改めてレクチャーするから残ってくれ。ギダルムも一緒に頼む」

「わかりました」


 でもそう言えば一人拍手をしてなかった人がいた。視線を向ければそれはあのサボり男、ドルスだった。

 嫌な予感を感じながらも私は支部長のところに歩み寄り所定の資料を受け取る。ここから先は小隊長である私が仕切ることになるからだ。やると覚悟を決めたら意外と気持ちの中は落ち着いていた。

 

「それではミーティングを開始します」


 私はりんとした声で告げる。私の小隊長職はこうして始まったのだった。

 

 

 †     †     †

 

 

 ミーティングは終わった。

 作戦行動目的地、必要物資、役割分担、日程、帰参予定日、様々なことを確認し決めていく。そして、作戦行動中に隊長である私をサポートする役目の人間が一人必要になる。いわゆる『隊長補佐』だ。これは今のうちに決めておかねばならない。

 本当ならダルムさんにやってもらえばいいのだが、彼はすでに私の小隊長職務の連帯責任を宣言している。別な人に任せるしか無い。

 だが、誰が適当かと考えると一長一短で誰に任せても問題が起きそうな気がする。それにあのだらけ男のドルスをどうするかという問題がある。作戦行動中にサボられて二人一組ツーマンセルの相方となった人の足を引っ張ることも考えられるのだ。

 集団行動では、誰が優秀かということよりも、誰が足を引っ張るのか? と言う事を注意しなければならない。この場合、この答えしか無いだろう。

 

「隊長補佐役ですが、ルドルス3級にお願いいたします」

「はあ? 俺?」

 

 私の判断にサボり男は驚いていた。いや彼だけじゃない、無論みんなも。でも支部長とダルムさんは私の意図を察してくれたようだ。

 こうなったら私の手元に置いといて監視するしか無い。その分、他の人達に効率よく動いてもらおう。

 支部長がほほえみながら言う。


「ユニークな人選だな、ルドルス、健闘期待しているぞ」

「は、はぁ」


 呆然としているサボり男をほっといて私は告げた。


「それでは本日いっぱいを事前準備とし、明日の朝、日の出時点をもって作戦行動開始とします。集合場所はブレンデッド西の外れの屋外演習場です。よろしいですね?」

「了解!」


 私の指示に皆からの威勢のいい声が返ってくる。

 

「それでは解散」


 その言葉とともに皆が一斉に動く。それぞれに出立準備に入るのだ。私とダルムさんは残って支部長との話し合いだ。小隊長としての規則や手続きについて教えてもらうことになる。

 今まさに賽は投げられたのだ。

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