戦闘終結宣言

■フェンデリオル側、中翼本隊・指揮官エルスト・ターナー――



 今、私――エルスト・ターナーは戦闘終結の報告を受けていた。

 各通信師から送られてきた通信をフェアウェルが受信する。

 

「了解です! 報告ありがとうございます」


 フェアウェルが私へと告げる。

 

「指揮官、全部隊部隊長からの報告出揃いました」

「話しなさい」


 私が告げればフェアウェルは順次報告を始めた。

 

「はい! 中翼左右翼前衛、いずれも戦闘終結、重篤な敗北状況にある部隊は無いとのことです」

「左翼後衛は?」

「左翼後衛市民義勇兵弓部隊、こちらも戦闘行動終了。重篤な損耗は無しとのことです。部隊長バルバロン2級による超遠距離狙撃も成功とのことです」

「右翼後衛は?」

「右翼後衛、高機動部隊、遊撃任務完了とのこと。敵再集結の可能性の無い事を確認次第、戦象を引き連れ本隊に帰還するとのことです」

「報告ご苦労様。次の指示があるまで待機してください」

「了解です」


 各部隊長からの報告を聞くに、致命的な状況に陥っている部隊は存在しないようだった。

 戦場から立ち上る砲火の炎もなく、小競り合いの争乱も聞こえてこない。今この西方国境の戦場は静けさを取り戻しつつあった。

 今、戦場の各地で行われているのは、勝利者・敗北者双方の怪我人の回収と、敗北を認め武器を捨て投降と恭順の意思を示した捕虜たちの誘導と監視だ。


 それらに対しても明確な指示を下さずにはおられまい。

 戦象の足元近くに控えているワイゼム大佐へと、私は語りかける。


「大佐殿、戦況ですが主要な戦闘はほぼ集結。残るは怪我人の回収と、投降した捕虜の管理方針のみです」


 その問いかけに対して大佐が言う。


「了解しました。指揮官殿におかれて指示をお願いします」


 それを受けて私は通信師のフェアウェルへと指示を下す。


「全軍へ無差別発信願います」

「了解です。無差別発信いつでも行けます」


 フェアウェルは念話装置の設定を無差別発信へとセットする。私の声を全軍へと伝えるためにだ。

 私は告げた。


「本作戦に参加する全部隊へ!」


 私の声に戦場の全てから一斉に視線が集まってくる。


「戦場におけるほぼ全ての戦闘行動の終結を確認しました。ひいては戦闘後の状況整理について指示します」


 私は一呼吸おいて言葉を続けた。


「まずは怪我人の数と未帰還者の数を計数した上で部隊長へと報告。次に重症者の回収と応急処置を進めてください。さらに捕虜の取り扱いですが、正規軍人の指示に従い職業傭兵が共同で誘導と監視にあたってください」


 そしてもう一つ重要なことがあった。


「自ら投降した捕虜に対してくれぐれも私刑行為はくれぐれも頑に慎んでください」


 実はこれは一番重要な問題だった。たとえどんなに憎い敵だったとしても、一度恭順の意思を示したのならば、それはもはや敵ではないのだ。戦争は必ず勝つとは限らない。自分が敵に捕らえられることもあるだろう。そのような時に過去に私刑行為があってしまっては、温情ある対応を求めたとしても敵は聞き入れてはくれないだろう。

 さらにもう一つ。


「6頭の戦象についてですが、メルト村へと誘導し正規軍の管理監督のもとで保護するものとします」


 異論は出てこない。後はそれぞれの部署の責任者が自発的に指示を下すことになるだろう。

 

「ワイゼム大佐は、捕虜の掌握と怪我人の回収と応急処置について総括指示をお願い致します」

「心得ました」


 これで下すべき指示は一通り伝えたことになる。

 そして最後に私は、この戦場で参加している全ての人々が待ち合わせているあの言葉を告げた。


「ここに本作戦における戦闘行動の終了と勝利を宣言します!」


 私は胸いっぱいに息を吸い込むと力強く告げた。


「勝利は我らにあり!」


 その言葉が聞こえた瞬間、割れるような声が巻き起こった。


「おおお!」

「やったぞぉ!!」


 歓喜の声と雄叫びが入り混じりながら、勝利を喜ぶ皆の姿が象の背の上から見えていた。

 腕を突き上げ勝ち誇る者。

 仲間と抱き合う者。

 冷静に振る舞いただただ頷く者。

 市民義勇兵の人と思わしき人たちの中には、顔を手で覆い明らかに泣いている人もいる。

 その喜びの表し方は実に様々であり、多彩な人間模様がそこには現れていた。

 

 同じ象の背の上にて私とともに待機してくれていたアルセラが私の方へと視線を受けてこう語りかけてくれた。


「お疲れ様です。ルスト指揮官」


 その言葉に対して私はこう答えた。


「アルセラ、あなたもね」


 それまで緊張に顔と体をこわばらせていたアルセラがようやくに柔和な笑みを浮かべていた。


 戦いは終わった。この不毛な戦いはひとまずの決着を見たのである。

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