最後のプライド

■中翼正面、部隊長ギダルム・ジーバス――



 戦いの趨勢はもはや決していた。

 中翼部隊を率いるダルムと、正規軍人を統括するエルセイ少佐、二人は周囲の職業傭兵と正規軍人を率いながら、敵残存兵の確認と無力化を行いつつあった。

 ダルムが激を飛ばす。


「抵抗の意思を示す豪の者は一気にとどめを刺してやれ! 恭順の意思を示す者は武装を解除させた上で捕虜として丁重に扱え! 無抵抗な者で怪我をしているものがあれば可能な限り治療してやれ!」


 さらにエルセイが告げる。


「良いか! 戦いが終われば憎しみは可能な限り消して行かねばならん!  それに戦いは必ず勝つとは限らん! いつ自分が逆の立場になるとも限らん。捕虜は丁重に扱いくれぐれも無意味な攻撃や虐待は厳に慎め!」

「はっ!」


 二人の指示に周囲の者たちはみな頷いている。

 ダルムがエルセイに語りかける。


「こちら側の怪我人も確認しないとな」


 エルセイが頷きながら答えた。


「無論です、正規兵から負傷者・未帰還者の確認を飛ばしましょう」


〝未帰還者〟――すなわち死亡者のことだ。戦場では死んだという言葉を用いない。戦場に赴き帰ってこなかったという意味で未帰還と言う言葉を用いるのだ。


「ルスト嬢ちゃんの初采配だからな。未帰還者が多くなければいいんだが」


 ダルムのその呟きにエルセイが怪訝そうな顔を浮かべる。


「〝嬢ちゃん〟?」

「おっとこれは失礼」


 ダルムが笑いながら言う。


「ルスト指揮官がブレンデッドの街に来てから、ずっと面倒を見てるからな。俺みたいな年寄りからだとどうしても娘か孫みたいに見えちまってな」


 その言葉にはダルムがいかにルストを大切に思っているかが滲み出ていた。


「俺には家族が居ねえ。だからだろうな、あんな若いのに傭兵って言う荒っぽい世界に飛び込んできたアイツを見捨てておけねえのさ。それにだ」


 ダルムは苦笑いしながら告げる。


「傭兵も正規軍人も〝新人〟には意地悪だろ? 誰かがかばってやらねぇとな」

「全くです。時々徹底して底意地が悪いのがいますから」


 同じく苦笑いで答えるエルセイにダルムは突っ込んだ。


「なんだ? 少佐殿も新兵の時にやられた口かい?」

「否定はしませんよ」


 戦場の重い空気を吹き飛ばすかのように、二人は雑談しながら歩いて行く。

 そしてそこに彼らは重要なものを見つける。

 戦場のど真ん中で昏倒している敵指揮官のアフマッドだ。


「おいあれ見ろ」


 ダルムがエルセイに告げる。


「あれは、敵の指揮官ですね。死んでるわけではなさそうだ」


 地面の上に突っ走って倒れているアフマッドに歩み寄り、意識がないことを確かめながら腰に下げたサーベルを抜き取り放り投げる。さらにはトルネデアス男子の象徴である儀礼用ナイフのジャンビーヤも抜き取る。一切の抵抗ができないようにしてから、ダルムがアフマッドの二の腕を掴んでねじり上げて告げた。


「おら! さっさと目を覚ませ!」


 エルセイがアフマッドの頭を掴み持ち上げる。それでもなお目を覚まさないのに気づくとあらん限りの力で平手打ちを食らわせた。


――パアン!――


 涼しい音が鳴り響く。アフマッドは漸くにして意識を取り戻した。エルセイはアフマッドが声を発するよりも早く自ら問いかける。


『私の言葉がわかるか』


 エルセイはトルネデアスの公用語である帝国語で語りかけた。アフマッドがうなずいている。


『聞こえる、分かる』

『所属と姓名を言え』


 そう問われてアフマッドは観念したかのように答えた。


『第2帝都ハルファド前線基地所属、第7将軍のアフマッドだ』

『今一度問う。なおも抵抗するか? 恭順の意思を示すか? どちらだ?』


 重く響く声でエルセイは訪ねた。そこには返答次第では命を奪いかねない凄みがあった。無論、事ここに至っては抵抗することに何の意味もない。


『投降する。神の名において武器を捨て恭順する』

『ならばお前の意志において、敗北と投降を部下たちに対して宣言しろ』


 アフマッドの背後からダルムが告げた。


『負けを認めるのも、指揮官たる者の大切な役目だぜ』


 そう告げられてアフマッドは自らの意思で立ち上がるとダルムの言葉に同意した。


『もちろんだ。それくらい分かっている』


 そう答えた後でアフマッドは天を仰ぎながら力強く叫んだ。トルネデアスの軍人として最後の矜持だった。


「者ども! よく聞け!」


 アフマッドの声が荒れ地に響き渡る。


「戦いは終わった! 我らに神は微笑まなかった! お前たちの咎は指揮官たる私にある! 全ての罪は私が背負う! 今は勝者たる者たちの意思に従え! それが戦場の掟である!」


 痩せても枯れてもアフマッドには軍人としての矜持が残されていた。そこには指揮官としての威厳が残されていた。

 最後まで抵抗していた者たちが次々に武器を捨てる。両手を上に上げて降伏の意思を示す。

 エルセイが言う。


『ご協力感謝する。あなたには尋ねたいことが山ほどある。だが今は強制はせず丁重に扱わせていただく』


 そしてエルセイはアフマッドにトルネデアスへの格別の礼をもってこう告げた。


『あなたに太陽神のご加護があるように』


 そしてアフマッドが答えた。


『ありがとう』


 その言葉を残してアフマッドは数人の正規軍人に囲まれながら連行されていった。

 ダルムが言う。


「これでひとまず終わったな」

「はい」


 エルセイが答える。


「あとは指揮官からの宣言のみです」


 そして傍らの通信師に告げる。


「指揮官に打伝、敵指揮官を捕縛したと伝えよ」

「了解、打伝します!」


 戦いの終結の手続きはルストへと渡されたのだ。

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