マイストとバトマイ
ドルスたち高機動部隊の本隊から離れて駆け出した二人がいた。
ブレンデッドの街所属の職業傭兵〝マイスト・デックス〟と〝バトマイ・ホーレック〟だ。
二人ともまだ傭兵としては駆け出しに近い。戦歴こそあるものの傭兵として重要な〝二つ名〟はまだ得られていなかった。
二つ名は傭兵にとって第2の顔のようなものだ。
その傭兵の生き様や戦う姿を象徴する物として、周囲の傭兵たちが納得ずくの上で与えられる物なのだ。
『マイスト、聞こえるか?』
その声は意外なところから聞こえてくる。
『あぁ、聞こえる。バトマイ! 後どれくらいで効果的な位置に行ける?』
それはマイストとバトマイのそれぞれが握りしめている『牙剣』から聞こえてきていた。厳密には通信師の者たちが持っている念話装置と同じ理屈で互いの声が聞こえていた。
バトマイはマイストに声を送った。
『そう急かすな! こっちは戦場の反対側に向かってるんだからよ! 失敗したら砂モグラにとっ捕まる可能性だってあるんだぞ!』
苛立ち気味のバトマイの答えにマイストはなだめるように告げた。
『解ってるよんなこたぁ! だから足の早いお前に任せたんだろ。その代わり精術の発動と駆動はこっちで引き受ける。走って帰ってくる余力は残るようにするよ』
『頼むぜ、おそらく今までで一番大規模な発動になる。成功すれば戦局を一気に決定づけられる』
『あぁ、そして二つ名を名乗る最大のチャンスだ』
『そう言うこった! 他の連中の記憶に焼き付かせようぜ!』
『あぁ、俺達の炎をな!』
会話を終えるとバトマイは精術武具駆動のための聖句を詠唱した。
「精術駆動! 瞬走火!」
バトマイが右手に握りしめていた片手用の中振りの牙剣がほのかに赤く輝くとバトマイの体表を瞬間的に雷火が走った。そして、その雷火は彼の脚底へと収束され炎を吹き上げる。吹き上がった炎は使用者たるバトマイの速力を飛躍的に上昇させた。
「急げよ。バトマイ」
相棒たるマイストが焦れる気持ちを抑えながら周囲を警戒する。すると地平彼方に居たはずだったトルネデアス軍の第2陣はその進軍速度を早め、そのシルエットは次第に大きくなっていく。それはまさに時間との戦いだった。
マイストも準備を始める。
「精術駆動! 火勢充填!」
左手に握りしめていた牙剣を水平にかまえて力を込める。すると彼が握っていた牙剣はほのかな輝きを放ち始めた。使用者たるマイストから精術を駆動させるための力が込められ始めたのだ。
「まだか――」
視界前方に迫ってくる敵軍を前にしてマイストの不安と焦りは尽きない。だが――
『待たせた! 準備良いぞ!』
――相棒たるバトマイから声が届いた。
『来たか!』
『おうよ!』
戦場の離れた地点で言葉をかわし合う。その媒介となっているのは互いが握りしめているのと同型の中型片手用牙剣だった。
『行くぞ! 相棒!』
『おう!』
先に聖句詠唱を始めたのはマイストだった。次いでバトマイが聖句を続ける。それは他には無い特殊な聖句詠唱であった、
『今こそ聞け、音に聞こえし我らの牙の名を!』
『相は火炎! 銘は相克!』
そしてまずマイストが叫んだ。
『我が名は〝カイン〟――東の山河を焼き尽くす者なり!』
次いでバトマイが叫んだ。
『我が名は〝アベル〟――西の地平を平らげる者なり!』
そして二人が同時に叫ぶ。その技の名を!
『精術駆動! ――紅蓮天幕!――』
二人はそれぞれの牙剣を同時に突き上げる。天を衝くように、天上世界を突き破るように。次の瞬間二人の牙剣からほとばしるように火柱が吹き上がる。さらにその火柱が互いをつなぎ合うように〝炎のカーテン〟が広がっていく。
そして――
『見たか! 俺たちの精術武具の威力を!』
『これが俺たちの〝カインとアベルの相克〟の力だ!』
そう、二人の牙剣が放った巨大な炎のカーテンによりトルネデアス軍は完全に断ち切られる形となった。
その壮烈なる光景を前にして、進軍できる軍隊はありはしない。
ついにトルネデアス軍第2陣の動きは停止したのだ。
だが、マイストがさらに叫ぶ。
『これで終わりじゃねえぞ!』
次いで、バトマイが叫んだ。
『こいつを喰らいやがれ!』
そして二人が同時にさらに聖句を詠唱する。
『精術駆動 ――鳳翼天翔!――』
マイストが左で握りしめた〝カイン〟の牙剣を、バトマイが右で握りしめた〝アベル〟の牙剣を、全力を込めて後方から前方へと振り抜く。二人の間に広がっていた炎の天幕は速やかに形を変えて巨大な鳥へと変化していく。
『おおおおおおおっ!』
マイストが雄叫びを上げる。
『行けぇ!!』
バトマイが轟きを上げた。
いま二人が形成した炎は、巨大な炎の不死鳥へと姿を変えて羽ばたき始める。そして、トルネデアスの第2陣へと襲いかかったのだ。
――炎の不死鳥の洗礼――
それは神を信じ、精霊を信じる者たちにとっては〝恐怖〟そのものに他ならなかったのだ。
今まさに、トルネデアス軍は〝恐慌状態〟へと陥ったのである。
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