戦場の中の道標

■トルネデアス軍・第1陣――アフマッド・セメト・カルテズ将軍



 それはまさに〝破竹の勢い〟

 とどまることを知らずに目標めがけて一気に進んでいく。

 それはまさに〝猛り狂う悍馬〟

 近寄る者全てを振るい落とし飛ばさずにはいられない。


 戦いとは、そして、戦争とは巨大な熱病のようなもの。一度罹患したならば容易には寛解することはない。

 彼らは突進し、ひたすら走り続ける。

 右手にはサーベルを、左手には信仰心を、

 天上における唯一なる神が自らを祝福しその勝利を確約してくれている。そう信じているからこそ彼らは一切合切を恐れない。


 だがその勇猛果敢さは薄氷のごとき危ういものだった――


 アフメッド将軍の怒号が響く。


「行け! フェンデリオルの山ねずみどもをくびり殺せ! 天界への供物とするのだ!」

「おおおお!!」


 将軍の声を受けるかのように兵士たちは叫びを上げる。

 700人余りの極彩色の兵軍団――

 その猛攻の先頭を切るのは英雄と称された一人の男。百人長マンスール。


「ふはははは! 先頭に立つのはあの〝双剣のマンスール〟! ランストラル山岳戦で山ねずみどもの一団を壊滅させた猛将中の猛将よ!」


 一軍の将であるはずのアフマッドを慢心させているのはひとえに彼の視界の中で、英雄と謳われたマンスールが次々にフェンデリオルの戦士たちを追い詰めているからに他ならない。

 一人、また一人と撫で斬りにしていく。

 斬られた者が次々に後方へと下がっていく。新たな戦い手が現れるもマンスール率いる切り込み部隊の前には成す術がないように〝見えていた〟

 それゆえに――


「喜べ! 皆のもの! 勝利は間近ぞ!」


――歓喜が彼らを覆い尽くそうとしていた。一切の不安をも疑わなかったからこそ真正面に立ちはだかる一頭の象めがけて走り抜ける。


「ワルアイユの小娘め! 誰の入れ知恵かは知らぬが小細工を弄しをろうしおって! その浅はかさが命取りになるのだ!」


 アフマッドの視界の中、フェンデリオルの兵たちは恐慌を起こして逃げ回っているように〝見える〟

 その逃走者たちの群れの中に〝灯標〟のように戦象が立ち尽くしていた。象が怯えて、戦場の真っ只中で逃げ場を求めて後ずさっている。

 副官である上級武官のザイドが言う。


「ご覧ください! 将軍閣下! 戦象が敵陣に取り残されています!」

「見えるぞ! 見えるとも! ザイドよ!」

「はい! ワルアイユ領の小娘には喪に服しているらしく黒衣を纏った若い女性の姿も見えます。おそらくは側近の侍女かと」

「愚かな! 戦場で葬式でもするつもりか!」

「さらにはフェンデリオルの兵どもも無様に逃げ回っております。有能な指揮官のおらぬ兵軍団など所詮は寄せ集め!」

「烏合の衆よ! 守るべきものを守らず逃げ回るなど戦場に立つ資格もない! 捕囚になることを許さず皆殺しにせよ!」


 将軍たるアフマッドが歓喜のうちにそう叫んだ時だった。


「勝利は目前!」


 その言葉と引き換えにするかのようにその出来事が起こる。どこからともなく疑問の声が出た。

 

「なんだ?!」


 一人の兵がさけぶ。


「左右に割れるぞ?!」

「どういうことだ?」

「何か、向こう側から現れるぞ!」


 その言葉の数々を入院して副官のザイドが思わず言葉を漏らした。


「まさか?」


 その言葉に続いてアフマッドも言葉を漏らす。


「そんなバカな? なぜここで左右に割れる?」


 そして、天幕が左右に割れるかのように速やかに退避していくフェンデリオルの兵たちのその向こう側に彼らは〝恐るべきもの〟の姿を見る。

 どこからともなく声が上がる。


「弓兵だぁ!」


 そう――

 彼らがまさに攻め落とそうとしていたワルアイユの人々だった。

 そう彼らが弓をつがえ弦を引き狙いを定めていた。

 その光景はまさに〝恐怖〟

 トルネデアスの兵たちはその歩みを止める。砂漠の軍勢を大きな混乱が覆い尽くそうとしていた――


「ひ、引けぇぇ!」


 アフマッドは思わず叫んでいたのである。

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