象の背の上の少女たち

■フェンデリオル側、中翼本隊・指揮官エルスト・ターナー――


 

 私――ルストは状況をひたすら冷静に見つめていた。

 私の眼前には極彩色の軍服――ドルマンを身に着けたトルネデアス兵士たちが矢じりのような蜂矢の陣で進軍を続けていた。

 それに対して、暗褐色や鉄色の戦衣のフェンデリオルの者たちが、トルネデアスの勢いに押し負けているかのように一気に下がり続けている。

 

「来る――」


 そう言葉を漏らしつつ私はかたわらのアルセラの肩をしっかりと抱く。

 私の前には象使いの少年ホアン――彼は真剣な表情で象を操っている。

 喧騒が聞こえる。

 トルネデアスの直剣であるサーベルと、フェンデリオルの民族武具である牙剣が打ち合う音だ。

 そして戦場の者たちが大地を踏み鳴らして走り回る――

 

 その地響きを体感しながら私は状況を判断する。

 

「敵は間違いなく食いついてきている――中翼の全速後退を〝潰走している〟と誤認しているはず。ならば盤上のコマを次の手に進める!」


 私は背後の通信師の少女へと告げた。

 

「左翼後衛に伝達」

「はい」

「〝一斉掃射〟準備」

「了解、打伝します」


 そう答えて通信師に必須の念話装置を操作する。

 念話装置は金属製の箱でできており、厚手の辞書本を立てて置いたようなシルエットをしている。それを丈夫な革紐で肩からかけて携帯するようにできている。

 その上面には0から9までの数字が円周に刻まれた円盤が筐体に対して直角に取り付けられている。その数8枚――予め知らされていた念話相手の番号を、その数字円盤を回転させることで指定し、念話発動のキーとなるミスリル水晶整流子にその手を触れて念話を実行する。

 左翼後衛の通信師の番号を即座にセットすると、ミスリル水晶整流子を左の指で触れてから、送信指定ノブを押し込むと念話開始だ。

 

「こちら中翼本隊!」


 通信相手の声は通信師の聴覚中枢へと直接入り込んでくるので、術者以外には聞く事ができない。

 

「返信了解、一斉掃射準備、指示あるまで待機」


 こちらからの伝聞を伝えてから相手からの声を待つ。

 

「返信了解、次の送信をこのまま待ってください」


 そして、彼女は顔をあげて結果を報告してきた。

 

「指揮官へ、左翼後衛弓部隊、いつでも攻撃可能だそうです」

「ご苦労です、一斉掃射の合図は私が発します。確実に伝えてください」


 私のその声に通信師の少女ははっきりと頷いた。敵が、間違いなく、敵が迫っている。だが――

 

「もう少し――もう少しよ」


――反撃のときが迫っていた。

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