ミ・ラール《突撃》

■トルネデアス軍・第1陣――アフマッド・セメト・カルテズ将軍 


 それは砂漠の軍勢、トルネデアス側の陣営――

 色とりどりの極彩色に彩られた民族衣装としての軍服が並んでいる。


 ゆったりとした造りのドラーマと呼ばれる長袖の上に、ドルマンと呼ばれる長袖の前合わせのコートを羽織るのが彼らのスタイルだ。ドルマンにはその階級別に様々なデザインが有り、前線で戦う重装歩兵となるとドルマンの上に小型のレザーアーマーを重ねる者も居る。

 これに加えて独特の装いのケピ帽か、下級兵卒は通気性を考えた構造の金属製のヘルムを着用している。

 

 周囲に紛れることを旨としたフェンデリオルの彩りと違い、彼らは〝威圧〟を是としていた。

 加えて主武器は、両刃直刀のサーベルか槍だ。いずれもが長い歴史の中で、フェンデリオルの民の命を吸い続けてきたものだ。

 これに遠距離攻撃としての弓隊と、特殊火器が配備されている。

 これが、トルネデアス越境侵攻軍の全容だ。

 

 部隊を率いる将軍付属の副官が問いかける。

 

「将軍、アフマッド将軍閣下」

「なんだ? ザイド」


 700人以上の大軍団を率いるのは猛将アフマッド・セメト・カルテズ将軍、そして、その傍らに控えるのが上級武官のザイドだ。

 そのザイドが将軍に何かを上申しようとしていた。

 

「敵軍が陣容を固めました。自陣先頭の物見の者によりますと横陣に密集しているとのこと」

「ふむ――」


 そう言葉を漏らすとアフマッドは右手を差し出す。

 

「どうぞ、将軍閣下」


 副官であるザイドはその右手に望遠鏡を差し出した。

 

「なるほど――守りには手堅い陣容と言えるな。しかし――」


 アフマッドは嘲笑するかのように吐き捨てた。

 

「こちらから奪った戦象を使って居るのが気に食わん。加えてあれでは指揮官が丸見えではないか。ザイドよ」

「はっ」

「お前はどう思う?」

「と、申されますと?」

「わからんか? 戦象の背中に乗っているのが象使いと女3人と言うことの意味が」


 アフマッドの言葉に上級武官のザイドは思案を巡らせる。

 

「私が記憶するに、制圧対象の領地の領主は死に、その娘が領主代行をしていると覚えております。戦象の背中に乗っているのはその領主代行の娘ではないかと」

「お前もそう思うか」

「はっ」

「どしろうとの小娘が戦場で采配を振るえるとは思えん。下手に戦場でうろちょろされては足手まといだからな。そこに我々が徴用した戦象を鹵獲したわけだ。象の背中でおとなしくさせようとしているのだろう」

「では、象の背中に居るのはその領主代行の娘とその侍女?」

「間違いあるまい。おぼろげにしか見えぬが15か17くらいの小娘が3人、あれが戦場で何らかの価値を持つとは到底思えん。それにだ――」


 アフマッドは口元を歪ませながらいやらしくつぶやいた。

 

「――制圧対象の領主が敵陣に居るのならかえって好都合だ」


 その言葉の意味を副官のザイドは即座に理解していた。

 

「では――一点突破で?」

「無論だ。象は本来、戦場には向かん。臆病すぎて矢一本ですぐに暴れだす。だからこそ、自陣先頭に押し立てて敵陣で暴走させることを前提としていたのだ」

 

 アフマッドは望遠鏡をザイドに返しながら言う。

 

「しかしまさか、素手で象を討ち取る豪腕の持ち主が居たのは想定外だったがな」

「アデア大陸人ですね」

「そうだ。例の密約にあった〝裏切り者の内通者〟に仕立てる予定だった男だ――」

 

 アフマッドは怒りを隠さずに吐き捨てる。

 

「――山ネズミのぼんくらどもが! 内通者の濡れ衣を着せれる人間かどうか、見極めもできんのか! これだからフェンデリオルの山ネズミは信用できんのだ!」

 

 その叫びとともにアフマッドは腰に下げていた直剣のサーベルを抜き放った。

 

「制圧対象の領地の領主生き残りが居るのなら好都合、戦象を暴走させれば敵陣の中枢は混乱に落ちいる。その上で領主代行の小娘が死ねば良し、生きて捕まえられればのちの交渉材料にも出来る。ザイドよ!」

「はっ!」

「方針は決まったぞ。敵中央へ一点集中! 戦象の暴走を誘発させる! 重装の突撃兵を先頭に集中させよ!」

「はっ! 百人長のマンスールに命じます!」

「よし、準備完了次第、全軍通達! 蜂矢の陣にて中央突破!」

「御意!」


 トルネデアスの軍隊は個々の兵士の意思を重視しない全体主義の軍隊だ。そしてそれを可能にするのが――

 

「太陽神に栄光あれ!!」


――揺るぎない信仰心。


 将軍たるアフマッドの叫びとともに全軍兵士の声がこだまする。


「おおおぉっ!!」


 声がうねりとなり轟いている。

 そして戦陣の先頭に立つ百人長のマンスールが叫んだ。

 

「抜剣!!」


 彼らトルネデアスの主武器であるサーベルが抜き放たれる。トルネデアスの軍勢の戦場における主武器は『両刃直刀のサーベル』だ。そして、それこそがはるか昔から長きに渡り、フェンデリオルの民の命を奪い続けたものだ。


――シャッ、シャッ――


 トルネデアス側のあちこちでサーベルが抜き放たれる音が響く。それに続いて突撃隊長となったマンスールの野太く男らしい声が響いた。


ミ・ラール突撃!」


 今まさにトルネデアス側も戦闘の口火を切ったのだ。

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