大自然の兵士

■フェンデリオル側、中翼本隊・指揮官エルスト・ターナー――


 

 敵が迫ってくる――

 地響きが鳴っている。大地が泣き叫ぶような揺らめく音が響いている。

 

――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――


 その音が否応にも、戦闘という状況にあることを思い知らせてくれる。

 傍らのアルセラは緊張を隠しきれていない。大軍団を相手の戦況は初めてなのだろう。

 後ろの通信師の少女は沈黙したままだ。外見に似合わず豪胆な性格らしい。

 象使いのホアンは泰然自若としてどっしりと構えている。その雰囲気から感じるのはこう言う状況に慣れているのではないか? ということだ。

 政情不安な国では子供でも戦火に巻き込まれることがあると言う。この世界に、子供といえど安寧に暮らせる場所は少ないと言う。この子がどんな人生を歩んできたというのか――

 

『大丈夫?』


――私はホアンに問う。すると笑みを絶やさずに彼は言う。


『平気だよ。カンドゥラも居るし、これだけたくさんの兵隊さんたちも居るし』

『そう』


 すると彼が驚く言葉を放った。

 

『父さんが死んだ戦争に巻き込まれた時に比べたら、全然怖くないよ』


 やっぱりだった。この子も戦争経験者だったのだ。ならば――

 

『この戦いに勝って〝お母さん〟のところに帰ろうね』


――彼にも残された家族がいるはずなのだ。私の言葉に彼は力強く頷いた。彼もまた小さいながらも強い義侠心をもっていた。

 そして、それはこの場に参陣してくれているすべての人に言えることなのだ。私は通信師の少女に告げる。

 

「右翼左翼前衛に打伝! 接敵直前に左右に展開! 中翼に道を開けなさい」

「了解、打伝します!」


 通信師の少女が右翼左翼のそれぞれの通信師の少女に念話通信を行う。


「右翼左翼前衛、接敵直前に左右に展開してください、中翼に道を開けろとのことです」

 

 その通信が終わるのを見越して

 

「続いて、中翼左右の通信師に私の言葉を中継打伝」

「了解!」


 彼女はその耳で聞いた私の言葉をそのまま打伝する。

 

「中翼、全員に告げます! 接敵直前に横陣第1層の右翼左翼前衛が左右に展開します! その後の戦闘に備えてください!」


 そして私は叫んだ。

 

「抜剣!!」


――チャッ、ガチャッ、ガチッ――


 私たちフェンデリオルの民族武器である牙剣バインを構える音がする。中翼にて戦闘参加している者ならば、防御性能の高い装衣と、大型の牙剣を備えているはずだ。

 正規軍人たちを押しのけ、その戦列の最前列に並ぶのは〝フェンデリオルの華〟――職業傭兵――

 契約よりも金よりも、義侠心により戦火の真っ只中へと躍り出ることを厭わない勇猛果敢な人々。

 『キラーソ』と呼ばれる野外戦闘用のジャケット・スーツに、『スケレート』と呼ばれるカーゴパンツと言う装いは、ともすると地味そのものだ。極彩色の軍装姿のトルネデアスから見れば見劣りすると言う人もいる。


 だが、それは違う。


 私たちフェンデリオルは、その戦闘思想は〝ゲリラ戦〟を主体としている。

 大国であるトルネデアスを相手に山林や岩砂漠を駆け巡りながら、一撃離脱のゲリラ戦で戦闘理論を築き上げてきた。身軽で素早く動き、神出鬼没である事が意味を持つ。

 極彩色の制服も、光り輝く輝くプレートメイルもない。鎧を身につけることもなく、防具としてはわずかに衣類の中に金属のプレートを仕込んでおいたり、布地に丈夫な鋼線を編み込んでおくのがせいぜいだ。

 だがそれでいいのだ。


――大自然と一体化して戦う――


 それがフェンデリオルだ。土埃と血しぶきとにまみれていても、彼らは輝いているのだから。

 象の足元で正規軍人の一人、ワイゼム大佐たちの副官が叫んだ。

 

「接敵します!」


 それに応じるように私は叫ぶ。


「戦闘開始!!」


 闘いはそれぞれの状況で始まっていたのだ。

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