エルスト・ターナー、かく語りき

 他にも――

 村長や村の助役たちと戦場での携行食料の荷出しについてゲオルグさんや執事のオルデアさんたちが話し合っていたり、

 カークさんやゴアズさんが、村の青年義勇兵の人たちと、戦場での任務適性について議論していたり、

 戦場での救護班を企図して、女性義勇兵の一部とパックさんが準備を進めていたり、

 混乱する村内で迷子になって泣いていた小さい女の子をドルスさんが器用になだめている姿もあった。

 

 そして――西方平原への出立を皆で決めたときから小一時間程はたっただろうか。

 村を離れ、戦場へと向かうための一連の準備は整いつつあった。

 それぞれの役割分担に応じて集団が分かれている。私はそれを村長やアルセラと一緒に確認して行く。

 

 幼い子どもたちを除き、村民たちの総数は200人程度、そのなかで老齢だったり体が不自由と言う理由で戦闘参加が困難な者が40人程度いる。

 残る160人のうち20名が戦闘非参加の者たちの護衛誘導役として離脱する事となった。

 残る村民140名程度が戦闘参加可能な人員であり、私たちと行動を共にすることになるのだ。

 そこからさらに通信師1名を含む5名が物見台の見張り役として向かってもらうこととなった。夜道を行くことになり危険だが、彼らは二つ返事で役目を引き受けてくれた。

 

 こうして3つに分けられた各集団だが、そのうちの廃鉱山避難部隊は執事長のオルデアさんが引率する。そして、私たち査察部隊の人間を含めると西方平原へと向かうのは総勢で145名となる。


 準備が整い出発の時が来た事を、誰が言わずとも察していた。

 

 だがそこには希望だけがあるわけではない。

 村人たちにしてみれば、生活の場を離れなければならないことに不安と怒りを抱いているのは確かだ。

 その不安と怒りを和らげ、少しでも士気を高めてもらわねばならない。

 私は村長とアルセラさんに告げる。

 

「皆さんを集めてください。話があります」


 そう、出立前のアジテーション。指揮を執る者として全体の掌握は絶対に必要なのだ。

 村長のオルデアさんが叫ぶ。


「全員集まれ! 指揮を執るエルストさんから話がある!」


 その号令に従い、一斉に村人が集合する。

 村役場前の一番広い広場に200人以上の人々が集まり、一斉に私の方へと視線を向けていた。期待と不安とが入り混じり、その不確かな心持ちの中をまとめ上げる確かな一言を皆が求めていたのだ。

 村の青年団の人が持ってきた大型の樽の上に立ち上がると、そこから見下ろすようにして皆へと告げた。

 

「皆さん。これまで長く続いてきたかかる理不尽に対して苛立ちも怒りもあると思います」


 清寂の中、私の声が人々に響く。

 

「ですが絶望するにはまだ早すぎます。あと少し、あと少しで反撃の糸口を掴むことができます。しかしです――」


 残響を残しながら私の声はすべての人々へと届いていた。誰も異論を唱えることはない。


「メルト村を堅持し防衛する方法では混戦となり、この村に住むことにのちのち支障が出る事はすでにお話したとおりです。最悪、望まない犠牲者が出ることもありえます。それをなんとしても避けるために、戦列を構築しやすい西方平原へと向かいます。そこで我々は〝反撃体制〟を整えます!」


 抵抗ではなく反撃――、その言葉が皆の表情を変えていくのがわかる。

 さぁ、告げよう。皆を奮いたたせるあの言葉を――


「みなさん! これは困難ではありません! 千載一遇のチャンスです!」

 

 その言葉が響いたとき、右腕を突き上げて叫んだものが居た。

 

「そうだ!」


 それを叫んだのは、山火事が起きた時の混乱でパックさんの疑義を叫んだはずの彼だった。あの若者がこの場の流れを左右するいちばん大事な言葉をもたらしてくれたのだ。彼の顔には不安や疑念はもう無い。今、何をすべきかをわかっている者の顔だった。

 

「行くぞ! 西方平原へ!」

「おおぉ!」


 村人たちの叫びがこだましている。そして私は高らかに叫んでいた。

  

「全員で勝利するのです!」

「おおおおっ!!」


 叫びはとどろきとなり、轟きは戦意となる。そして、それは村人全員の覚悟となった。

 そして――総勢200人以上の人間たちは動き出したのだ。

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