神がかる男

――ヒュッ!――


 通常なら弦が弓にあたって甲高い音を立てるのだが、バロンの弓は狙撃用として工夫がされている。弓と弦が当たって音を立てることがないのだ。無音のまま放たれる矢は暗闇において恐るべき殺意の牙となる。

 空を切る矢は確実に襲撃者の集団に襲いかかった。

 

――ドッ!――


 矢は狙撃対象を斜め上左から肩口へと命中し心臓を一突きにする。バロンの視界の中で襲撃者が崩れ落ちる。

 それを視界の中で把握すると同時にバロンの右手は次の矢を催促した。

 

「はい」

 

 ラジア少年が素早く次矢を手渡す。それを弓につがえて第2の矢を放つ。

 

――ヒュォッ――


 次に射落としたのは屋根上に頭をのぞかせていた一人だ。眼孔の隙間から脳髄を狙い撃ちにする。

 同時に崩れ落ちたその者の体が屋根を転げ落ちたことで、襲撃者たちの意識は明確にバロンの方へと向いた。

 

――!!!――


 異国語で何かを指摘している。バロンの存在に気づき敵意を向けてくる。それはさらなる戦いの始まりだ。

 

「来るぞ」

 

 バロンがラジア少年に警告する。下の襲撃者たちからの反撃が考えられるのだ。

 襲撃者のうちの2人が矢をつがえる。持ち運びに優れた短弓矢だ。騎馬民族が馬上弓として使われることが多い。

 近距離では高威力だ――

 

 バロンの右手がさらなる矢を催促する。その際、バロンは2本指をたてて示した。

 

――2本同時――


 そう理解したラジア少年は矢を2本手渡した。

 そしてラジア少年は見る。一本道のバロンと言う男の狙撃手の神がかりを――

 

「無駄だ――」


 そう呟きつつ弓を水平に構えると、2本同時にそれをつがえた。

 右手の握りで矢の射出角度を微妙に調整する。狙いを素早く定める。そして――

 

――ビュッ!!――


 つがえるが速いか、即座に矢を放つ。2本の矢は闇夜を斬り、二人のターゲットを射抜いぬき殺した。

 一人は首、一人は頭側部。無論、即死だ。

 だが敵も無能ではない。闇に紛れることを是とする暗殺者だ。反撃が不利と知れば逃れるし、身を隠す。

 だが――

 

「愚か者が」


 そう吐き捨てつつバロンはラジア少年に告げる。

 

はがね矢を」

「はい」


 ラジア少年は矢立の中から総金属製の重量のある矢を取り出した。先端が鋭利な鋼鉄製となっているものだ。

 それを受け取ったバロンがはがね矢をつがえる。弓は水平に構えて、矢の先が下を向かないように配慮する。

 そしてバロンは気配を探る。目に見えなくなった敵の存在を追えば彼の勘は一つの漆喰仕上げの土塀に注目した。

 

「そこだ!!」


 その土塀の向こうへと敵の存在を察知する。鋭い形相で睨みつけながら狙いを定め矢を放った。

 

――ドォオン!――


 まるで大砲でも打ち込んだような音をたてて、そのはがね矢は土塀を貫く。そして――

 

――ザッ、ザッ――


――土塀の向こうから足音がする。地面を足を引きずりつま先を擦って歩いている。そして現れた襲撃者は背中越しに心臓を一突きにされていた。


――ドザッ――


 壁ごとはがね矢を打ち込まれて仲間が殺されれば、襲撃者たちのもとへと残されるのは『多大な恐怖心』だけだった。

 彼らとて命あっての物だねだ。蜘蛛の子を散らすように逃散していく。あるいはバロンから見えぬ位置へと移動をしたのかも知れない。

 

「よし――役場表の通りは良いだろう。次は――」


 バロンの視線は役場の裏側へと向いていた。だが物陰が多く射線を取りづらいはず。

 

「――裏手に回るぞ。隣の建物の屋根へと移るが付いてこれるか?」


 建物の屋根上での移動と攻撃は危険を伴う。狙撃手として長い経験のあるバロンなら容易いが、補助のこのラジア少年では一抹の不安が残る。だがラジア少年は言う。

 

「やります。ついて行きます!」

 

 その言葉にバロンは頷く。

 

「行くぞ」

「はい!」


 お互いの意思を確認し合うと、二人は屋根上を歩いてその端へと向かう。さらなる隣には商館の建物があり、その平屋根がある。

 建物と建物の間を飛び越えて別棟の上へと向かう。なおもメルト村の夜に潜む襲撃者を討つために。

 バロンの狙撃手としての戦いはなおも続いていた――

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