特別幕2:殺手の剣と無私の拳

軽身功と槍術

 かたや――

 隊長であるルストから離れてパックは一人、役場の建物の裏側へと回り込もうとしていた。

 役場の裏手にはとある商館が立っている。その建物の方へと迂回を試みる。役場の建物を左手に見るように走っていく。そして脇路地へと入ったときだ。


――ヒュゥッ――


 微妙な風切り音がパックの頭上からする。

 その正体を彼はすでに察知していた。


「覇ィィィッ!」


 裂帛の気合一閃、彼の蹴り技が炸裂する。

 走ろうとする動きの中で、左足を踏み込んだのと同時に、上体を倒しつつ右足を斜め後方の上へと蹴り出す。

 それは下から上へと突き上げる〝槍〟であるがごとく。

 鋭く蹴り出されたつま先が、襲撃者の喉元へと食らいつく。


――ゴキッ――


 不気味な破壊音をたてて、喉笛が砕けるのがわかる。そして――


「覇ァッ!」


 右足と左足を入れ替えるようにして同じ方向へと、左のつま先を蹴り上げる。右の蹴りで動きを封じられていた襲撃者は今度は顔面を蹴り込まれる。鼻骨の周囲が陥没して明らかに絶命していた。

 

 さらに――


――ブォッ!!――


 パックの眼前に突き出されたのは一突きの槍。

 槍を手にした襲撃者は、物陰から現れると一気に間合いを詰めて肉薄してくる。

 右足を後ろに、左足を前へとしっかり踏み込み踏み出しつつ槍を突いてくる。

 その歩法と飛び出しの勢いは絶妙で一突きするたびに、腕一本分の長さは踏み込んで来た。

 

「ハッ!」


 抑揚を抑えた発声で槍の使い手は攻め込んでくる。パックの眼前を銀色に光る槍の刃先が襲った。

 パックはそれを体軸を微妙に背面方向へとずらして僅かな動きで槍をかわす。

 槍の使い手は手元を操作し、槍を3連撃で繰り出した。

 

――ヒュッ! ヒュッ! ヒュォッ!――


 槍の穂先の動きは可動範囲が広い。それを左右の手の僅かな動きで何倍もの動きに変えるのが槍の達者の絶技というもの。

 その3連撃をパックは一歩も引かずに、体を前後左右に傾斜させる動きをもってギリギリで避けていた。

 右頬が、左肩が、かすかに斬られて血が滲んでいる。だがそれでもパックは下がらなかった。

 そして、5度目――

 

 間髪容れずに、強い踏み込みと同時に一気に急所を狙ってくる。

 

――ブオッ!――


 低めに構えた姿勢から胸元を狙う。その決めの攻撃の動きに、パックは防戦から攻勢へと転ずる。

 敵がパックの胸部の急所を突くその動きを見極めると、後ろに引いた右足を踏み出しつつ、左足を前へと強く震脚する。

 同時に、右手を敵の槍へと向けて手刀を繰り出すと、パックから見て時計回りで、下から左、左から上へと螺旋に右手を繰り出す。そして、そのまま敵の槍をその螺旋の動きで抑え込む。

 攻撃手段を封じられた敵を、パックは槍ごと捕まえて引っ張り込む。

 と、同時に右膝を持ち上げ蹴りを食らわせつつ、左手の裏拳を敵の胸元へと叩き込んだ。


――ドムッ――


 鈍い音とともに敵の肉体を打ち据えた確実な感触が返ってくる。それでも敵は槍を手放さない。

 武器を持つ者は、その武器を失ってしまえば戦う手段を大きく失うことになる。そしてそれは武器戦闘を行うものなら、誰もが陥る過ちだった。

 武器を持つことの有利と不利をパックと言う男は明確に理解していた。

 左手を引くと、即座に手刀で左手を敵の顔面の眼窩へと打ち込む。

 

――ゴキッ!――


 聞こえてきたのは骨が折れる音。同時に眼球が破裂する感覚だ。

 敵がようやく槍を手放す。

 すかさずパックも右手を敵の槍から離すと、左足を軸に右半身を前へと進めながら、右手の掌底を襲撃者の胸骨へと打ち込んだ。

 

――ドオンッ!――


 小型の砲が撃たれる様な音が響いて、襲撃者の体は勢いよく飛んでいった。

 そして、その襲撃者の遺骸が飛んでいった先には一人の男が佇んでいたのだ。

 

 彼もまた焦げ茶の暗殺者装束に革製のマスクをかぶっている。ただその異様なまでの眼光が闇の中からパックへと注がれている。

 パックが追えば、その暗殺者は役場の裏側の大通りへと移動する。そして追いすがるパックを待ち構えていた。

 

 そこには彼らしか居なかった。

 パックと、眼光鋭い襲撃者と――

 それ以外は雑兵すら居ないのだ。

 そしてパックは悟った。彼こそが――

 

「奴か!?」


――襲撃者の首魁しゅかいではないのかと。

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