執事セルテスの配慮

 プロアも告げる。

 

「その首謀者が、フェンデリオル正規軍中央本部と中央政府の上層部に存在していると言う事実です。敵の謀略の一つ一つは荒く粗雑なものですが、重要な地位に居る者が後押しをしている事で強引に事実認定をされている恐れもある。このままではワルアイユ領が不正に領有されるのみならず、トルネデアスの侵犯を受ける恐れもあります」

「で、あろうな。軍属ならばワルアイユのこの混乱を見逃すはずがない」


 それは、エライアが抱いていた不安の一端をユーダイムが理解したことの表れだった。プロアもエライア=ルストが、ユーダイムに求めた支援要請の核心を口にした。


「そこで、それらを前提としてですが、エライア様はワルアイユ領救済のために戦闘的行動の承認の担保となる〝前線指揮権の承認証〟の発行を望んでおられます。不当な私的戦闘行動の疑いを回避するためです」


 そしてそれこそがルストが講じた【特別な策】だったのだ。

 ユーダイムが大きくうなずきプロアの求めに答えた。

  

「職業傭兵を中心として市民義勇兵を緊急動員をするために必要条件となる物だな? よかろう。大至急発行させよう。エライアはもとより、無垢なる市民たちをこれ以上危険にさらすわけにはいかん!」


 そう叫びながら立ち上がるとユーダイムは歩き出した。部屋の入口の扉を開けると廊下に向けて大きく叫ぶ。

  

「セルテス! セルテスはおるか! 火急の用件だ」


 その叫びから2分も立たぬ間に足音が聞こえる。

 ボタンシャツにベスト、襟元にはクラバットと呼ばれる飾り襟、その上にルタンゴートスーツを身に着けた姿で彼は現れた。

 ユーダイムの執事である〝セルテス・セルダイアス〟である。

 

「旦那様? いかがなされました?」


 まだ朝日の登らぬ早朝だと言うのにセルテスの支度は早かった。そんな彼にユーダイムが告げる。


「クラリオン家のメイハラ君のところへ向かう。すぐ仕度せい!」

「かしこまりました。5分ほどお待ちを」

 

 返答するセルテスにユーダイムはなおも告げる。


「そして〝彼〟に休憩する場を用意させよ。西方国境から飛んできたのだ」

「これは――? バーゼラル家のデルプロア様!?」


 セルテスは聡明だった。主人の寝所に夜分に忍び込んでいた人物を一瞥してその正体を即座に理解したのだ。疲れた顔で佇んでいるプロアのその正体を。

 

「久しぶりだな。セルテス、元気そうでなによりだ」

「はい。お久しぶりです。デルプロア様」


 上体を軽く傾斜させて礼を示すと即座に判断を口にした。


「少々お待ちを。ゲストルームを用意させます」


 そしてセルテスは腰に下げていた小型の鐘を鳴らす。フェンデリオルの侯族階級で用いられている使用人を呼び出すための呼び鐘である。

 

――コォーーーーーン――


 その独特の響きがこだましてから数分と待たずしてすぐに3人ほどの侍女が現れる。ロングのエプロンドレス姿の侍女たちはセルテスたちの様相に何があったのかを即座に理解した。

 

「御用でしょうか?」

「こちらの方にゲストルームで休んでいただきなさい。休息と食事、その他、必要なものは適時判断を」

「はい、承知いたしました」


 うやうやしく頭を傾け礼を示す侍女たちにセルテスは言う。

 

「かつてのバーゼラル家の方だ。くれぐれも粗相のないように」

「はい。承知してございます」


 その言葉と同時に侍女たちにプロアの下へと歩み寄る。それと入れ替わるようにユーダイムもまた歩き出す。


「旦那様は、お着替えを。その間に馬車を用意させます」


 そしてさらに2名ほどの侍女が現れユーダイムを着替えための別室へと促していく。部屋を出る際にユーダイムは言葉を残した。

 

「しばし待て、昼過ぎには発行手続きを終えて戻ってくる。それまでゆっくり体を休めてくれ」


 ユーダイムは察していた。

 プロアが無理に無理を重ねて西方辺境から駆けつけていることを。必要な情報を引き継いだ以上、彼には休んでもらう事が当然の筋と言うことだ。

 

「ご厚情、ありがたくお受けいたします」

「では後ほど――」


 そう言葉を残してユーダイムたちは去っていった。後はプロアと3人の侍女たちだ。

 

「デルプロア様、ゲストルームへご案内いたします」


 侍女の一人がプロアの名を呼んでいた。事前に知っていたはずはないから、セルテスたちとのやり取りの中で得た情報から推察したに違いない。もしかしたら以前に見かけた事があるのやもしれない。

 侍女が問うてくる。

 

「まずはご就寝なさいますか?」

「あぁ、頼む。少し仮眠を取らせてくれ」

「承知しました、その間にお召し物のお手入れと食事の用意をさせていただきます。なにかお有りでしたらご遠慮無くお申し付けください」

「ありがたい。そうさせてもらうよ」


 そんなやり取りをしながらプロアはゲストルームへと案内された。

 戦場での汚れにまみれた衣装を脱ぐと促されるままにベッドへと身を横たえる。

 不意に西方のワルアイユで苦闘を続けている仲間たちの事が頭をよぎるが、体を休められる時にはしっかりと休めるのもまた職業傭兵としては必要な事だった。

 

「――悪いなみんな」


 そうポツリと漏らしながらもプロアは眠りへと落ちていったのである。 

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