クラリオン家の軍人

 そして昼前――

 仮眠をとったプロアが再び目を覚ましたのは10時を過ぎてからだ。

 すでに太陽は高く登っていた。彼が目を覚ましたのを侍女の一人が気づいて声をかけてくる。栗色の髪の少女で長い髪を後頭部で丁寧に丸くまとめ上げている。

 

「お目覚めになられましたか?」

「あぁ、十分休ませてもらったよ」

「それはなにより。今、軽めのお食事をお持ちします」


 にこやかに微笑みながらそう告げると食事を用意しに去っていく。程なくしてパンとスープと卵料理を中心とした軽食が運ばれてきてプロアはそれを食することになる。

 そして、自分が改めて想像以上に汗臭い事に気づいてシャワーを借りることにする。

 さらに汚れが落とされ、丁寧に仕上げられた傭兵装束が返されるとそれを身に着けて身支度する。

 仮眠をとり、食事をもらい、一通り休息を終えたプロア。ユーダイムが戻ってくるまでゲストルームで静かに待機する事にしていたが、

 

「またせたな。必要な書状が発行された」


――そう告げながらユーダイムが帰還してきた。

 だが彼は一人ではなかった。その傍らには長身の一人の人物が居た。

 

「お久しぶりですね。デルプロアさん」

「メイハラ?」


 その呼声の方へと視線を向ければ佇んでいたのは見知った顔だった。


――メイハラ・ユウム・クラリオン――


 フェンデリオル中央政府正規軍・人事院上級事務管理官で階級は中佐である。

 フェンデリオル正規軍の軍服姿であり、裾が斜めにカットされたフラックコートと白のベスト、さらにレギンス形式のズボンを身に着けていた。ちなみに制服であるフラックコートの色は〝鉄色〟と呼ばれる黒みがかった濃緑でありフェンデリオルの軍服を象徴する色である。

 そのメイハラに気づいたプロアは速やかに立ち上がり、彼らの下へと歩み寄った。

 そして、軽く握手を交わすと早速に会話を始めた。メイハラがプロアに言う。


「事情はお聞きしました。軍内部の複数の部署と人物に声をかけて最優先で発行させました。〝あの〟エライア嬢の危機と聞いて、皆、好意的に協力してくれました。そのため通常なら3日はかかるのですが、即日発行させる事に成功しました」


 そしてメイハラはプロアへと一通の書状を手渡した。すなわち〝前線指揮権の承認証〟である。

 

「これが」

「はい。前線指揮権承認証です。今回の一件においてエライア様が指揮権を行使する正当な理由となります」


 厚手の羊皮紙を加工したもので、前線で所持していても濡れても傷まない丈夫な紙で作られていた。両手の平を広げた倍のサイズほどがある。三つ折りになっていて懐へとしまう事が出来る大きさだ。

 だがメイハラはさらにプロアへと渡そうとしていた。


「今回、エライアさんを知る人達からこれを渡されました」


 メイハラから渡されたのは3つある。

 

「これは――旗?」


 プロアが思わず漏らすが、まさにそれは旗だった。すなわちフェンデリオルの国旗と正規軍の旗印だった。さらに――

  

「荷物を増やしてしまって申し訳ありません。それとこれは前線指揮官で有ることを示す『指揮官徽章』です。紙の承認証だけでは心もとない。誰が見ても指揮官と分かるようにと、そして、あのエライアさんの危機であるならと特別に預託していただけました」


 その言葉と同時に、銀合金で作られた手のひらサイズの大振りなエンブレムであり、銅と金とを刻み込んで紋章のように形作られている。フェンデリオル市民を示す戦杖と、フェンデリオル正規軍と職業傭兵を示す牙剣が交差して描かれているものだ。

 それが丈夫なケースに収められていた。

 それを手渡しながら真剣な表情でメイハラが告げた。

 

「エライア様の味方はそこかしこに居られます。『たとえ離れていても我々は戦友で同士だ』みなそう仰ってます。無論、私も――」

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